応力腐食割れ(SCC) 普通の鉄鋼材料は腐食環境下で赤錆のような表面全体にわたる腐食が発生し進行します。一方、一般に錆び難い材料、例えばステンレス鋼や、ある種の銅合金などは、表面に極めて薄い腐食膜ができ、腐食の進行を防いでいます。 このような材料は、引張り応力と腐食環境の相互作用で、材料にき裂が発生し、その亀裂が時間と共に進展するという現象が起ることがあります。この現象を応力腐食割れ(SCC:Stress Corrosion Cracking)と呼んでいます。 1)オーステナイトステンレス鋼の特徴 原子炉の構造材や配管には腐食に強いオーステナイト系ステンレス鋼がよく使われます。オーステナイト系ステンレス鋼は表面が薄い酸化皮膜で覆われていて、この皮膜が保護しているため全面腐食の進行が非常に遅いのです。オーステナイト系ステンレス鋼で最も一般的でしかも耐食性の優れた材料は、JISの材料記号でSUS304と称する材料です。SUS304は鉄に約18%のクロムと約8%のニッケルを混ぜた合金です。 SUS304は1,100℃前後に十分な時間保持し急冷すると(固溶化処理)合金成分が一様に混ざり合った安定な材料となります。しかし、これを600〜700℃程度に加熱すると材料中のクロムと炭素が結合し鋭敏化という現象を起こし、塩素やフッ素のようなハロゲンが含まれた腐食性のある環境下で、SCCが発生することは早くから知られていました。 そこで、SUS304を使用するに当たっては応力除去焼鈍を始め不必要な加熱の禁止、塩素などハロゲンを含んだ液による洗浄や薬品との接触の禁止、汗、鉄さび、ごみの付着等から守る等、清浄さを保つことに気を付けて取り扱ってきました 2)BWRでの経験 沸騰水型原子力(BWR)発電所が世界中で盛んに建設され、運転を始めて暫くした1974年頃から、BWRの原子炉系配管にSCCの発生が見られるようになり大きな問題となりました。世界中のBWRメーカーは電力会社と協力して、原因の追究と対策の立案に精力的な研究を実施してきました。そしていろいろなことが分ってきました。 3)BWRにおけるSCCの原因 SUS304を溶接するとき溶接による加熱が何回か行われます。加熱が行われることにより材質中の炭素がクロムと結合し、結晶粒界に沿ってクロムカーバイトが析出します。するとその近傍に沿ってクロム欠乏域ができ、 耐食性が低下します。 クロム欠乏域が発達した組織では、大きな(降伏点以上の)引っ張り応力が加わっていると、高温純水中でも、酸素濃度が高い場合には、結晶粒界に沿って局部的な腐食が発生しSCCにまで発展していくということが分ってきました。 当初、SCCの原因となる引っ張り応力は外部応力が支配的であると考えられていましたが、材質内に蓄積している残留応力が場合によっては支配的であることも分ってきました。残留応力は溶接の歪、材料の冷間加工、機械切削などでも生じます。SUS304は温度を上げると鋭敏化してしまうため、応力除去焼鈍ができませんので、残留応力が残ってしまうのです。 4)SCC対策 SCCの早期発見のため超音波探傷等の検査手法の開発に努めました。 同時にSCC対策についても国や電力からの援助をえながら、国際共同で研究・開発を進めました。先ず、材料、応力、環境の一つでも改善すればSCCの発生が防げることを実証し、材料、応力、環境の改善策を検討しました。研究の成果は順次新設プラントに適用したのは勿論ですが、運転プラントについては配管の交換を始め、各プラントに最も適した対策を順次採用してきました。 (@)材料開発 材質中の炭素を少なくすればクロムカーバイドができにくくなりますので、熱を加えてもクロム欠乏層ができません。このため炭素含有量を0.03%以下に抑えたSUS304Lの採用が検討されました。しかし炭素含有量を減らすと強度が落ちてしまいます。シュラウドなどの付加応力の低い機器には比較的早い時期に導入することにしました。しかし、配管のように強度を要する部分には使えません。 各種の試験研究の結果、耐SCC性を確実にするために、さらに、炭素含有量を0.02%以下に抑えると有効であること、またモリブデンを添加したSUS316(18%Cr,12%Ni,2.5%Mo)の方が耐食性に優れていることが分り ました。材料メーカーとの協力により、僅かな窒素を添加することで、炭素を0.02%以下に抑えても強度を維持できることも分りました。そして燐や硫黄分等の不純物含有量を抑えたSUS316N(ニュークリアーグレイド)の開発に成功し、原子炉系配管に採用しています。 材料という面では溶接金属にSCCが発生していないという現象を利用し、早い時期に、表面を溶着金属で覆う内面バタリング工法CRC(Corrosion Resistant Cladding)を開発し採用しました。 (A)応力改善 溶接後の冷却過程で溶接部近傍に引っ張り残留応力が生じ、これがSCCを引き起こす要因の一つであることが分りました。そこで、腐食環境にさらされている部位で鋭敏化している部分の引っ張り残留応力を低減ないしは圧縮側に変える工夫を開発しました。 その一つは、表面を電磁誘導により加熱し急冷することにより配管内面を圧縮応力にかえる工法で、IHSI(Induction Heating Stress Improvement)と命名しました。 表面にショットピーニングする工法も有効なことを確認しました。当初、ピーニングは材質をマルテンサイト化する恐れもあり、一様なピーニングが行えない場合は残留応力的にも害がある可能性があるとの懸念から禁じていましたが、制御した状態で実施すれば効果があることを確認し、実施に移しています。 これの応用としてアイスブラストやレーザーピーニングの技術も開発しました。これらは氷片をぶつけたり、レーザーを照射したりして材料の表面を圧縮の残留応力にし ようというものです。 (B)環境改善 先ず原子炉冷却水の純度の向上に努めました。次いで起動時に水中に溶けている酸素を温度が上がる前に抜く、起動時脱気法を採用しました。 BWRの原子炉冷却水は0.2ppm程度の酸素が溶け込んでいますが、原子炉水中に水素を注入することにより、この酸素濃度を低下できることは知られていました。しかし、BWRの場合注入した水素は蒸気と共にタービンに持ち去られて しまうこと、水素注入により放射性同位元素16Nの生成量が増加し、タービン建屋の放射線レベルが高くなるという難点がありました。海外との協力による研究の結果、水素注入法を開発し一部導入しています。詳しくは技術・用語解説、水素注入を参照してください。 さらに、環境改善を狙い貴金属注入法NMCA (Noble Metal Chemical Addition)と呼ばれる手法が開発され、一部プラントに適応されています。詳しくは技術・用語解説、貴金属注入を参照してください。 5)其の他のSCC (@)インコネルのSCC: ニッケル基合金であるインコネル(商品名)はSCCが起りにくい材料と考えられてきましたが、BWR一次冷却系環境下でのSCCがみられるようになりました。これもSUS304の場合と同様に、主たる材料要因は粒界近傍のクロム欠乏によるものです。ただし、SUS304の場合は溶接熱影響部が発生部位ですが、インコネルは溶接金属部位にも発生します。共金(ともがね)溶加棒及び母体のインコネルに、ニオブを追加することにより溶接金属中の炭素を安定化させSCCの発生を防止できることが分り、最近はニオブを添加したインコネルを採用しています。 (A)湿潤大気応力腐食割れ: オーステナイト系ステンレス鋼の表面に引っ張り残留応力がある状態で高い濃度のハロゲン化合物が接触すると常温でも孔食(ピッティング)を起点としたSCCが起ることがあります。これは割れが結晶の粒内を貫通していくタイプのSCCです。残留応力の低減とハロゲン化合物の付着を最小に抑えることが大切です。 (B)中性子照射誘起応力腐食割れ: オーステナイトステンレス鋼は中性子照射によって僅かながら炭素がクロムと結合します。これが結晶粒界に集まることによりクロム欠乏域ができ、中性子照射の総量が程度以上になると、これらが関与していると考えられる粒界割れが発生することがあります。これをIASCC(Irradiation Assisted Stress Corrosion Cracking)と呼んでいます。BWRのシュラウド部分では30年間でレベルの照射量ですが、IASCCのしきい値に近く、その可能性も否定できないと云えます。(益田恭尚) |