第175回エネルギー問題に発言する会 座談会議事録

 

座談会演題:スロバキアから見た世界・・・エネルギー問題に焦点を当てて・・・

講   師:高松 明氏(元・在スロバキア日本国大使)

日   時:2017年3月16日16:00~17:45

場   所:日本原子力安全推進協会(JANSI)13階 第2・第3会議室

座   長:荒井 利治氏

参 加 者:約30名

議事録作成:峰松 昭義

 

講演概要:

中欧の国スロバキアは1993年1月1日に当時のチェコスロバキアから分離独立した。1918年にチェコスロバキアとして独立する前は、スロバキア人は約1000年間に渡りハンガリー王国北部に住む少数民族として、また、第2次大戦後は、社会主義圏の国として40年以上、困難な時代を過ごしたが、現在、EUおよびNATO加盟国として、また、EURO圏の国として着実に発展している。その自然は山地が多く、日本によく似ており、また国民性も寡黙・勤勉で日本人に似ている。農業国というより工業国である。その国スロバキアから世界がどのように見えるのか、エネルギー問題に触れつつ述べてみたい。

 

講師略歴:

1974年3月  京都大学法学部卒業

1974年4月  外務省入省

1978年7月~1979年10月  在ソ連邦日本国大使館にて勤務(二等書記官)

1986年12月~1989年7月  在ソ連邦日本国大使館にて勤務(一等書記官)

1989年8月~1992年6月  在仏日本国大使館にて勤務(参事官)

1994年  外務省国連局軍縮課長

1996年  在大韓民国日本国大使館(公使)(経済担当)

1998年  在ジュネーブ日本国代表部(公使)(総務担当)

2001年  在ウラジオストック総領事

2003年  官房審議官(総合外交政策局)

2004年  内閣官房審議官(遺棄化学兵器処理担当室長)

2006年  在キューバ日本国大使

2009年  査察担当大使

2009年  科学技術振興機構(国際関係担当審議役、国際担当本部長)

2011年  在スロバキア日本国大使

2013年11月  外務省退官

講演内容:

(1)ソ連について

○1977年~1979年頃、モスクワ勤務をしていた頃のモスクワの印象は、「昼が短く、夜が長い。又、町全体も暗く感じた。物資や食料品が乏しく(新鮮な魚は無く、又、肉の種類も非常に限定されていた)、一般のロシア人の生活は非常に大変だと感じた。医療機関も、一般の人が行ける病院は数時間待ち。」といった状態であった。社会主義国といっても実態は大変厳しい生活という印象であった。

○10年後(ゴルバチョフ時代)、ソ連邦は変わり始めた。1989年11月12日、パリで、東西ベルリンの壁が無くなったことを聞いた。それに続いて、東欧でも東西を隔てる壁が一挙に無くなって行った。

○1991年、ソ連邦が崩壊した。

(2)ヨーロッパ(欧州)について

バチカン市国のような特別な国やその他の小国、ロシア南部のコーカサス諸国まで含めれば、地理的には50ヶ国近い国からなる。そのうち、欧州連合(EU)加盟国は28ヶ国である。

(3)スロバキアが位置する「中欧」とは

○1991年に東西冷戦が終わった後の欧州において、徐々に使われてきた地域名である。

○一般には、ポーランド、チェコ、スロバキア、ハンガリーそしてオーストリアの5ヶ国が中欧の国と呼ばれることが多い。

○現在、「欧州」は、大きく、西欧、中欧、東欧(南バルカン諸国を含む)そしてロシアに分けられることが多い。

○もっとも、「欧州」を西欧と東欧の二つに分ける例も散見される。

(4)スロバキア共和国とその特色

○自然・文化:「山(国土の約8割)」と「ドナウ河」と「城」の国で、自然は日本とよく似ている。スロバキア東北部にあるスピシュ城はスロバキアで一番有名な城であるが、12世紀にハンガリー王が築城し、以後、現在までその壮大な規模を保っている。そして、「蒸留酒(度数が60度以上、時には80度と非常に高い)」と「民族舞踊」の国である。

○面積:オーストリア、チェコ、ポーランド、ウクライナ、ハンガリーの5カ国と接しており、49,037km2で、日本の約7分の1である。

○人口:542.6万人

○民族:スロバキア人80.7%、ハンガリー人8.5%、残りはロマ人、ドイツ人等。

○言語:スロバキア語(西スラブ語の一種)

○宗教:カトリック(62%)、プロテスタント(6%)

○国民性:寡黙、勤勉で日本人に似ている。

○都市:首都ブラチスラバと東部の中心コシツェが主な都市で、首都ブラチスラバは隣国のオーストリアの首都ウィーンとは60kmしか離れておらず、世界で首都間距離が一番近い。

○経済:自動車製造業を中心とした工業国である。1人当たりの名目GDPは15,992米ドル(IMF2015)で、日本の約半分。(日本の1人当たりの名目GDPは32,485米ドル(IMF2015))

(5)スロバキアの歴史(中世から現代まで)

○10世紀、大モラビア王国が滅亡。スロバキア人はハンガリー人に支配されるようになり、以後、約1000年間にわたり、ハンガリー王国北部の少数民族としての地位に甘んじていた。19世紀、“スロバキア人”の国民意識が顕在化した。

 ○1918年~1939年:オーストリア帝国が崩壊して、チェコスロバキア共和国が独立。

 ○1939年~1945年:ナチス・ドイツの庇護下、“スロバキア共和国”として初めて“独立”した。

 ○1944年:反ナチスでスロバキア国民が蜂起したが、ナチスに鎮圧され、その後、ソ連邦が解放軍として進出してきた。

 ○1945年:第2次大戦が終結し、チェコスロバキア共和国が復活した。

 ○1948年:東西冷戦下、共産党が政権を握り、ソ連邦圏へ組み込まれた。

 ○1968年:“プラハの春”(ワルシャワ条約機構軍によるチェコスロバキア軍事介入)

 ○1989年11月:「ベルリンの壁」が崩壊した。

 ○1989年12月:チェコスロバキアで“ビロード革命”。一切、血を流さずに民主化が実現。

○1993年:チェコスロバキアはチェコ共和国(首都プラハ)とスロバキア共和国(首都ブラチスラバ)に分離独立した。スロバキア共和国の誕生!! (この際の“財産分与”において、日本の野村総研が協力した。)

 ○2004年:NATOとEUに加盟した。

 ○2009年:EUROを導入した。

(6)EU加盟国として

○2004年:スロバキアは、EUの東方拡大政策の下、ポーランド、チェコ、ハンガリー、バルト3国等、9か国と共にNATOとEUに加盟した。

○加盟による3つの意義:

①国家としての安全保障(=確実な安全性)をNATOへの加盟により確保でき、ハンガリーとの関係も安定化(スロバキアの南部には、沢山のハンガリー人が居住)。

②EUの民主的な価値観を受容。

③欧州共同市場に参加することにより、人、モノ、資金、サービスの自由な交流が可能となった。(経済社会をEU圏に統合し、2007年からシェンゲン協定加盟国となり、2009年からEURO圏に。)(シェンゲン協定:EU諸条約とは、本来、別の協定で、ヨーロッパの26カ国間で締結されている協定。この協定により、協定加盟国間では、国境審査が無くなり、人々はパスポートやIDカードをチェックされることなく自由に国境を行き来出来る。ブルガリアやルーマニア等は国境管理能力等の観点からまだこの協定への加盟が認められていない。[議事録作成者の注釈])

○EU(欧州連合)は、米国と国連の“中間のシステム”と言える。米国は、中央政府が上にあり、50の州政府は憲法、連邦法の下で州の自治を行う。一方、国連は、主権国家である加盟国が協力して国際的対応を行う。EUは、加盟国(現在、28カ国)が条約に基づき欧州レベルで協力する方が各国の個別対応より効果的な場合、国家主権の一部をEUに譲り、EUとして対応する。譲り渡された具体的な国家主権としては、金融政策(EURO圏諸国(19か国)の場合)、基本的な共通外交政策(安全保障問題など)、人権重視の基本原則、共通関税(EU加盟国間では掛からないが、EU圏へ入って来る時に共通関税が掛かる。)等々がある。

(7)中欧の国として

 ○V4(ヴィシェグラード・グループ)の国々との関係

V4(ヴィシェグラード・グループ)とは、ポーランド、チェコ、ハンガリー、スロバキアの4カ国のことを言う。スロバキア(543万人)は、隣国のポーランド(3800万人)、チェコ(1055万人)、ハンガリー(990万人)と共に、EU加盟に向けての協力およびEU内部での協力(ヴィシェグラード基金等)関係を有し、これらを通じてハンガリーとの関係も安定化しつつある。

 ○オーストリアとの関係

隣国オーストリア(870万人)は、歴史的に旧宗主国であり、冷戦時代には鉄のカーテンの向こう側の国(但し中立国)であった。1人当たりの国民所得は、スロバキアの2.73倍(2015年)。なお、首都のウィーンとブラチスラバは世界で最も近い首都同士であり、約60kmしか離れておらず、双子都市協定を締結している。

 ○ウクライナとの関係

ウクライナとは国境を接しているが、ウクライナがシェンゲン協定外の国なので厳しい国境管理(シェンゲン国境管理)をしている。EUがロシアから輸入する石油・天然ガスの経由国である。クリミヤのロシアへの強制編入に反対するウクライナをスロバキアはEU加盟国として支持している。

(8)大国の狭間で

○米国とEU加盟国との関係が最も重要で、NATO加盟国として協力関係にあるが、ロシアとの間には一種の“親近感”が存在する。それは、「①冷戦時代のロシア語教育からの“文化的な親近感”②ソ連軍によるナチス・ドイツ支配からの解放(1944年)の記憶 ③冷戦下で多くの指導者層がソ連に留学したこと等から来ている。それに対して、チェコ共和国にはロシアに対する“親近感”が存在しない。

○ドイツに対して相対的に親近感を有している。チェコと比べて、“反ドイツ感情”が少ない。スロバキアにはフォルクスワーゲンの大製造工場が存在することに加え、ドイツは輸出入の最大の相手国(2015年の輸出22.7%、輸入15.2%)である。首都ブラチスラバの名称として、嘗ては、プレスブルグ(ドイツ語)、ボジョニ(ハンガリー語)も使われていた。

(9)エネルギー問題と原子力発電

○スロバキアのエネルギー供給

2010年、スロバキアで使用する原油、天然ガスは、ほぼ100%近くを全部ウクライナ経由でのロシアからの輸入であった。スロバキアにとってロシアは重要なエネルギー資源供給国である。電力の53%が原子力、20%が火力、14%が水力で発電している。原子力発電重視である。2014年のウクライナ危機を契機に、「ロシア -> ウクライナ -> スロバキア -> ドイツ、チェコ、オーストリア」の天然ガスパイプラインを使って、ウクライナへドイツ等から天然ガスを一部逆送している状況も存在している。また、EUとしても、ロシア・ガスプロムへの過度の依存を避けたいとの基本姿勢がある。なお、北海油田のみには頼れなくなってきている。{(注)ロシアからの天然ガス輸送ルートとしては、①ウクライナ経由 ②バルト海経由ノルトスツリーム1 ③計画中のノルトスツリーム2 がある。)

○チェルノブイリ事故(1986年)、福島原発事故(2011年)にも拘らず、原子力発電重視は変わっていない。EUへの加盟条件として2基の廃炉(2006年に1基、2008年に1基)を要求された。現在、4基(ボフニツェ原発2基、モホウツェ原発2基。全てロシア製のVVER型)が稼働中で、更に8基まで増設する計画(モホウツェ原発に新しく建設中のものを含め)がある。ベースはロシア技術であるが、スロバキアも原子力発電の安全管理技術を蓄積している。アジア等の途上国へ技術輸出しようとしている。これに対し、隣国オーストリアは原子力発電を停止・廃棄し、再生可能エネルギーを推進している。

(10)スロバキアの苦悩と希望

○現在の政府は、中道左派と中道右派の一部との連立政権である。

○大統領は、国民の直接投票により2015年にリベラルな知米派の実業家が選ばれている。

○2015年来のシリア難民問題への対応については、現政権は、EUによる難民割り当てに対し、各国の任意的な受け入れを重視すべきと異議を唱えている。

○極右勢力が台頭してきており、現在12議席(8%)を獲得している。失業率の高い中央の山間部を中心に、現状に対する不満が高まっていることが背景にある。

○高い失業率は、2013年13.6%、2015年最初の9カ月11.6%、2016年9%台と徐々に改善している。

○経済成長率は、2016年3%台とEU内でも屈指の高い伸びを示している。

○「働かないで社会福祉の対象になっている。」「子供を学校に行かせない。」等の問題を有するロマ人(いわゆるジプシー、ロマ語を話す人達)問題がある。

○国際世界へ積極的に関与している。例えば、国連安全保障活動への参加、ライチャーク外相の国連事務総長立候補、国際司法裁判所のスロバキア人の裁判官、2016年7月よりEU議長国。2016年9月には欧州首脳会議(EUROPEAN COUNCIL){BREXIT後(イギリスのEU離脱後)の最初の首脳会議}をブラチスラバで開催、等。

(11) スロバキアと日本

○1993年に外交関係を設立し、今年で24年目になる。基本的に良好である。2012年、ガシュパロヴィッチ大統領夫妻が日本を公式訪問し、2013年、秋篠宮・同妃殿下がスロバキアを訪問されている。

○2016年1月現在、約50社の日本企業がスロバキアで活動中で、自動車部品製造関係の企業が多い。在スロバキア日本人は200人弱、在日スロバキア人は約350人である。

○日・EU経済連携協定の交渉中。又、日・スロバキアワーキングホリデー合意により、2016年6月1日から相互に30歳未満の若者が1年間滞在してスロバキアについて学びながら働くことが出来るようになった。これまでに日本は計17か国と合意し、若い世代の交流を促進している。

○欧州の若い世代も、日本のアニメ文化に強い関心を持っている。

○自己主張の少ないスロバキア人の国民性は日本人に比較的似ている。

(12)最近、講師が気になっていること(その1):欧米における大衆迎合主義(ポピュリズム)勢力の台頭

○英国の場合、EU域内からの移民の急増に反発する民意を反映。

○イギリス以外のEU加盟国内で、極右勢力が唱える反EU感情にどこまで国民の共感が得られるかが今後の焦点。

○反難民と反移民を混同してはいけない。シリア難民の大量流入に加え、EU圏内からの「移民」に対する反発が少なからずある。

(13) 最近、講師が気になっていること(その2):トランプ大統領の誕生

○トランプ政権が米国第一主義を唱えていること。

○大統領がツィッターで一方的に発信していること。

○経済政策:多国間交渉で纏まっていたことを2国間交渉で見直ししようとしていること。

○安全保障政策:政権幹部には軍出身者が多いので、従来のコミットが維持されることを期待している。

○環境問題:パリ協定から脱退するとしているが、環境問題の議論を大きく後退させる懸念がある。

 

質疑応答:

Q1:4基の原子力発電所を運転し、更に増設した場合、運転・管理する人材はどのようにして確保するのか。

A1:福島事故後の2013年3月、ブラチスラバで原子力安全に関する国際シンポジウムを大使館主催で開催した。日本からも関係者が出席。ブラチスラバはウィーンに近く、ウィーンにはIAEAがある。スロバキアの原子力発電所は全てロシア製であるが安全運営に関してはシーメンスの機器等を使用している。IAEAのストレステスト、EUのストレステストを実施し、原子力安全には万全を期しているように思われる。ロス・アトムがハードを供給し、スロバキアで人材育成をやっている。

Q2:チェコ語とスロバキア語は違うのか。また、チェコとスロバキアでは人種は違うのか。

A2:チェコ語とスロバキア語は異なるが、共に西スラブ語族に含まれ、チェコの人もスロバキアの人も、お互いが話していることの8割ぐらいは、理解出来るようである。人種は異なる。オーストリアにはスロバキア人が多く働いている。

Q3:スロバキアは工業国と言うことであったが、原子力発電所はロシアから輸入しているとのこと。原子力発電所のもので、スロバキアで作っているものはないのではないか。

A3:ソ連邦時代、スロバキアは装甲車両等の兵器を作っていた。その関係で自動車を作る外国資本がスロバキアを拠点として活動するようになり、工業国になった。(原子力機器を製作しているスコダはチェコの企業である。)

Q4:環境問題に関して、トランプ政権の環境庁(EPA)長官が「CO2は地球温暖化問題の原因ではない」という考えを持っているというが、どうなると思うか。

A4:そうだとすると、世界の趨勢と反することになる。しかし、トランプ氏は実業家なので、最初に非常に厳しいことを言うが、仮に最後まで額面通りに「CO2は地球温暖化問題の原因ではない」と言っていても、交渉の過程で少しずつ妥協する可能性はあるのではないかと思う。

Q5:スロバキアでは、3.11の福島事故はどのように受け止められていたか。

A5:非常に正確に、即ち重大事故として受け止められていた。他方、スロバキアではほとんど地震が無い。大地震と言うことよりも、運転ミス等に関心の重点を置いているのではないかと思う。地震に係わる安全文化はそれほどを必要としていないかと思う。

Q6:スロバキア人はスラブ系だと思うが、ドイツ人とはどう違うか。

A6:ドイツ人はゲルマン系で、原則を曲げず、融通が利かない国民性を持つと言われるが、スロバキア人はスラブ系で、おおらかではあるが、勤勉で寡黙な国民性を持っている。

                                    以 上