国の責任の明確化を
―電力自由化と原子力発電―
エネルギー問題に発言する会 池亀 亮
1:電力自由化の進展
◎規制下の電気事業
わが国の電気事業は、戦後、地域別の9つの電力会社に再編成され、それぞれの電力会社がその地域内の電力供給を独占的に行うことが認められてきた。一方、その電気料金は規制され、総括原価(発電、送電、配電、営業等すべての費用を積み上げた原価)にもとづいて、規制当局による認可が必要とされた。
80年代、わが国においても、行政改革論議が高まり,国鉄、電電公社を始め公的事業の民営化が進み、電気事業も規制緩和の対象とされることとなった。
◎発電事業の一部自由化
わが国における電力自由化は、1995年4月の電気事業法の改正で始まった。この改正により、従来の電力会社とは別の独立系発電事業者(IPP)が卸電気供給事業に参入することが可能となった。
また、特定の地点内の需要家にのみ直接電力の供給が認められる、特定電気事業の創設が認められた。これは電力小売自由化の先駆けともなった。
◎電力小売自由化の進展
1999年5月には再び電気事業法が改正され、地点制約のない発電・電力小売事業が初めてできるようになった。この特定規模電気事業者(PPS:発電・供給事業者)の販売可能対象は大口需要家(契約電力が2000KW以上,受電電圧2万V以上の需要家)に限られたが、本格的な小売市場での競争が始まった。
さらに、2002年12月、総合エネルギー調査会・電気事業分科会は、電力市場自由化の拡大に関する決定を行った。すなわち、2004年4月以降契約電力500KW、供給電圧20,000V以上の中規模工場やスーパー、中小ビルの電力小売(全電力量の約40%)が自由化され、続いて2005年4月には、契約電力50KW以上、供給電圧6000V以上のすべての小売市場(全電力量の約60%)が自由化されることとなった。
なお,一般家庭を含む全面自由化については、慎重な意見も多く、部分自由化の成果を見極め,2007年4月以降検討を開始することとされた。
◎原子力の取り扱いは先送り
最大の論点の一つとされた、自由化の中で原子力をどう取り扱うかについては、電気事業分科会においても先送りされ、バックエンドのコスト構造、原子力発電全体の収益性などを分析した上で,官民の役割分担、既存の制度との整合性を整理して、2004年末を目途に経済的措置など具体的な制度・措置のあり方を検討することになった。
電力供給の40%近くを占める原子力を、自由化の中で如何に生かして行くかという課題は、本来、自由化論議の最初に他電源の自由化と総合的に基本設計すべきであった。
2:原子力発電の現状と自由化
◎
原子力発電の現状
原子力は無資源国日本にとって、エネルギー・セキュリティ上不可欠であり、またエネルギー起源の環境悪化防止の切り札として期待されている。原子力技術の現状を見ると、フロントエンドと発電部門については、発電所の運転経験も積み、成熟の域に達しつつある。一方、使用済燃料の処理に関しては、世界的にも経験が少なく、技術的にも解決すべき課題が多い。さらにわが国では、原爆体験に起因して、放射能に対する恐怖感が強く、原子力全体に対する国民の受容性に問題が残っている。
◎
料金認可制の終焉
電力自由化の進展に伴って、これまで電気事業者の原子力開発を支えて来た規制の枠組みにも大きな変化が起こっている。
規制下では、総括原価にもとづく料金認可が行われ,国策である原子力への事業者の投資は、このシステムによる認可を経て電気料金として回収されて来た。 総括原価は多くの設備の投資や費用の集成によっているので、多額の原子力関係投資も総括原価の中で希釈され、この中で行われた原子力に対する支援は、総括原価が異状に高騰しない限り、消費者からも国会からも特に問題にされることはなかった。
競争市場では、原子力発電は新規参入者の火力発電と直接競合する立場となり、既存電力会社は経済的メリットとリスクを評価して原子力への投資の可否を決定することになる。国策といえども経済的メリットをもたらさない投資は株主の支持が得られなくなる。原子力の所謂「国策民営」路線は、投入資金の認可料金による回収というメカニズムの消滅とともに終焉を迎える。
自由市場における官民の役割分担は明確であり、民間事業者は競争により低コストと高品質の実現を求められ、そのために行動する。国は技術基準、安定供給上の規則、環境保護の基準等、競争のルールを制定し、その遵守を監督する役割を担うことになる。国は国策達成上必要があると判断する場合、減免税、補助金、市場ルール等によって原子力を支援することができるが、その理由を明確に説明することが求められる。
◎
競争市場における原子力のリスク
自由市場は本質的に先行きが不透明で、長期投資のリスクが大きい中で、原子力の場合,火力と比較して投資が巨大で資金回収に長期を要すること、バックエンドを中心にコストが不確実で、かつ管理が超長期にわたること、さらに加
えて立地地域住民の放射能への恐れに起因する予測不能な停止リスクが存在する。
自由市場では、認可料金による投資資金の回収が保証されないため、事業者
のリスクは格段に大きくなる。
◎
未回収費用の回収
さらに、料金認可制から自由化という制度変更に伴って未回収となった費用の回収という厄介な問題がある。規制下の既発電電力量に相当する使用済燃料分のバックエンド費用の内、費用が不確定のため発電原価に計上できず、電気料金で回収されていない費用として、TRU廃棄物の処理費用や、再処理施設等の廃止措置費用等がある。これらは今後、PPS顧客を含む全ての電力顧客から回収する必要がある。
3:国の支援は不要か?
◎
原子力発電コストの評価
原子力発電に対する支援の必要性を見るためには、不明確なバックエンド費用の想定を含む原子力発電の全コストと他電源の発電コストとの比較が必要である。これについては、1999年に総合エネルギー調査会原子力部会が示した試算がある。試算の数字を見ると、40年償却を仮定して,「原子力発電コストは他電源と比べて遜色ない」とされた。最近では、電気事業連合会が2003年12月,総合エネルギー調査会・電気事業分科会・コスト等検討小委員会に報告した「モデル試算による各電源の発電コスト比較」がある。この試算結果は、大筋で1999年試算を追認するものとなっている。
言うまでもなく、この試算は多くの仮定に基づいている。たとえば、再処理は800トン/年とし、これを超える使用済燃料は中間貯蔵した後再処理されると仮定している。従って、まだ実現されていない中間貯蔵が仮定されている。
また、使用済燃料の処理に関連する事業,即ちバックエンド事業の多くは、未経験或いは経験に乏しく、そのコスト評価には多くの不確実性が含まれる。
さらに、この試算に算入されていないコストがある。例えば、一般に原子力発電所は遠隔地に立地を余儀なくされているため、高価な送電線の建設が必要であるが、このコストは算入されていない。さらに、原子力発電事業者にとって時に致命的となりうる、地元自治体の意向等による予知不能の停止リスクは評価されていない。
以上を勘案すれば、電力会社はこの試算に含まれるリスクを評価し、原子力発電を選択する明らかなメリットがなければ、化石燃料発電に替えて原子力発電を選択するリスクを冒さないであろう。
◎
自由化と原子力の取り扱い
電力市場の自由化が進む中で、原子力をどう扱うかについて、これまで各方面で議論されて来た。「エネルギー問題に発言する会」においても、03年7月14日,同9月17日の二回に亘って座談会を開いて意見を交換した。ここで紹介された各方面の意見を整理すると、自由化慎重論から、条件付或いは部分自由化論、さらには完全自由化論に至るまで様々な意見を包含している。
自由化慎重論としては、日本のようなエネルギーに脆弱な国が、国のエネルギー・セキュリティーに重要な役割を持つ原子力の自由化を進めるのは国益に反するとする意見がある。しかし、全発電量の40%近くを占める原子力を競争市場から隔離することは、電力市場の競争原理に大きな歪みを残し、新たな利権を生み、大きな弊害をもたらすおそれがある。
一方、バックエンド事業の商業化が未完成な原子力をこの時点で完全自由化すれば、民間事業者はリスクを恐れ、新規投資を躊躇するため、国の原子力政策は頓挫する可能性が高い。
従って、電力自由化と原子力政策を両立させるための現実的な方策は両者の中間にあり、可能な限り競争原理を生かしながら、国策としての原子力開発を進めるための国の支援策を模索することになる。
4:自由化と原子力の共存策
◎
積立金制度による国の支援
コスト試算を見て分かるように、事業者に最大のリスクはバックエンドに係る将来費用の算定とその回収の不確実性にある、しかも、使用済燃料の処理に当たっては、発電時点と実際のバックエンド費用の発生時点の間に数年から数十年の時間差があり、事業者は将来発生する費用を評価し、発電時点で消費者から徴収し、費用発生時に備えて積み立てておく必要がある。国はこれを支援するため、無税での積み立てを認めるべきである。
また、この積立金制度に将来の不測の事態に備える保険の役割を持たせることを考慮すべきである。この場合、当然、積立金会計の透明性の確保についての厳格な規定が求められる。
◎
国の責任の明確化
積立金制度による国の支援が得られたとしても、使用済燃料の処理に関する国の責任の明確化は避けて通れない課題である。そもそも、使用済燃料の再処理事業は規制下の電気事業者が進めてきたものであるが、プルサーマル計画が計画どおり進んでいない現状から、自由化に当たって、そのプルトニウムを生み出す再処理事業をどうすべきか議論を呼んでいる。
明らかにウラン燃料に比べて高コストのプルトニウムを燃料に使用しなければならないには、リサイクル路線を進める国の責任である。制度変更に伴い認可料金での資金回収が保証されない競争市場で、民間事業者にその増分コストの負担を求めることは不合理であり、国が民間事業者に代わって、リサイクル路線保持のためのコストを負担するのが筋である。
また、使用済燃料処理の分野は、超長期にわたる管理を必要とするため、民間企業の責任範囲を超える部分が多く、国が最終責任を負うことが求められている。既にHLWの処理については国の最終責任が法律で認められた。しかし、これはHLWに限った問題ではない。TRU廃棄物やMOX使用済燃料の処理、使用済燃料の中間貯蔵についても民間事業者の責任範囲を超える最終処理の保証が国に求められている。すなわち、国は使用済燃料とこれから派生する全ての物質について国の最終処理責任を法的に明確にしなければならない。
使用済燃料に関する国の最終責任を明確にするとともに、自由市場で国がリサイクル路線を推進するために、最も簡明でかつ将来解釈を廻る紛糾の種を残さない方策は、国が使用済燃料を所有することである。即ち、民間事業者がバックエンド処理の費用を国に支払って国に使用済燃料を引き取って貰う米国方式である。
この方式によれば,問題の多いバック・エンド事業に対する国の責任が明確になる。また、使用済燃料の国の引き取り価格を除き、原子力は他電源と自由市場で競争する立場に置かれ、米国での実績が示すように、競争によるコスト低下という望ましい結果が期待できる。
使用済燃料の所有権は国に移管されるが、バックエンド事業の実施は、現に民間事業者が実施中、または準備中であるのでこれらの事業者を利用することが望ましい。また、国の引き取り価格については、すでに、民間事業者の団体である電気事業連合会のコスト試算が公開されているので、これを交渉の基礎とすることができよう。
使用済燃料の引き取り価格は、長期的には、バックエンド事業の進展とともにコストの絶対値もその不確実性も低下するであろうから、適時調整され、エネルギー・セキュリティーへの貢献、環境負荷の低減という原子力のメリット
に見合う合理的な線に落着くことが期待される。
◎
安全規制の問題点
自由化の進展とともに安全規制のあり方についても変革が求められている。
特に規制と振興の分離は重要である。この問題は、既に原子力安全委員会を原子力委員会から独立させた時点でも議論された。この時は、通産省(現経産省)に組織防衛の意識が強く、安全審査については、行政と安全委員会のダブルチェックという変則的な解決が図られた。しかし、現実にはダブルチェックは名目的なものとなって、手足の無い原子力安全委員会は鼎の軽重を問われている。
経産省にとっては、従来どおり振興と規制を一手に握ることによって事業者をコントロールできるわけであるが、結果として安全行政の機能不全を助長した。
近年、安全規制部局は原子力安全・保安院として独立性を高めているが、依然として経産省に所属している。民間事業者と安全規制当局の合理的関係を再構築するためには、安全規制部局を経産省から完全に切離して原子力安全委員会の下に置き、安全委員会を米国のNRCに相当する実効ある規制機関に移行することを目指すべきである。
たまたま現在、自治体側から同趣旨の要求が出されているが、国は過去の経緯に拘泥することなく、虚心坦懐にこの要求に向き合うことが求められる。
以上