活性化を生む規制合理化 
原子力発電回帰をみせる海外諸国

 

「エネルギー問題に発言する会」            

元東芝エネルギー事業本部首席技監  工学博士  益田恭尚

1. はじめに

多くの国民の期待の中で、わが国に原子力の灯が点って40年、先進諸国の技術を基にして、関係者の努力で、わが国の原子力技術は世界最高のレベルに育ってきた。将来のエネルギー問題を考える時、環境問題からも、資源問題からも化石燃料に頼り続けることには無理があり、自然エネルギーの利用にも自ら限界がある。最も頼りとすべき原子力に対して、依然として国民の理解が得られていないのは残念であり、憂慮すべきことである。日頃我々が議論している問題点を整理し、どうしたら原子力の活性化を図ることができるか、軽水炉を中心に考えて見たい。

2. 原子力の現状

原子力の基本計画は、昭和31年以来、原子力委員会が中心となり各界の意見を聞きながら策定してきた。最近では1999年に21世紀を見通した長期計画が策定されている。遅ればせながら2002年6「エネルギー政策基本法」が施行され、それに基づいて「エネルギー基本計画」が閣議決定された。その基本は安定供給、環境への適合、自由化であり、原子力は安定供給と環境適合の点で基幹電源として推進することが明記されている。

このような国の方針にもかかわらず、2010年までに原子力発電所十基の建設計画も、漸く6基を数えるのみで、中央環境審議会でも二酸化炭素発生量2,000万〜3,000万トンの減が不可能になったと報じている。この傾向は次の10年をみると更に深刻な事態が予想される。一方、高速増殖炉もんじゅはトラブル発生後8年間も停止したままで、実用化に向けた開発は進められない状況である。立地県の理解が得られないことからプルトニウムを混合したMOX燃料の利用計画も進まず、余分なプルトニウムを持たないとの国際公約を前に、漸く完成を迎えようとしている六ヶ所村の再処理工場のフル稼働についても懸念する声が聞こえている。

これらの原因は、先進諸国におけるプラント新設の停滞、原子力のトラブル対応などに起因する規制当局・事業者への不信、立地地域の発言力増大、電力自由化の導入に伴う事業環境の変化、二酸化炭素削減について世界の合意形成の遅れ等々の要因があり単純ではない。

(ア)  海外の原子力への期待の現状

わが国のエネルギー消費の伸びは、人口の低減化傾向、省エネ技術の進展に伴い、減少傾向をたどるとの予測がある。しかし一方、世界のエネルギー消費の伸びは、開発途上国の人口増加と生活水準の向上により、2025年には現在より54%の増加が見込まれると試算されている。

このような中、海外諸国では原子力への回帰の動きも芽生え始めている。わが国が原子力先進国であるとの幻想の中で停滞を続けている間に、世界から取り残されないことを願うものである。

●アジアにおける原子力への期待

アジアの人口増加と経済発展は目覚しく、電力不足は深刻な問題となっている。石油消費の伸びは顕著で、遠からず国際間の石油争奪が厳しさを増すことが懸念されている。

このためアジア各国の原子力発電所建設のニーズは高い。現在アジアに100基7.600万KWを数えるに至っているが、最近中国では2020年までに30基2,700万KWの建設計画を発表している。

●欧米諸国の状況

米国ではエネルギー省(DOE)が国際協力で次世代炉開発の計画を進めている。原子力発電所建設についても計画が具体化し初めている。

北欧諸国では気象異常による水力不足に悩まされ、フィンランドのTVO社は仏・独連合のアレバ社に160万KWのEPR型原子力発電所を発注した。スエーデンでも原子力廃棄方針変換が検討され始めた。

●運転プラントの状況

現在、世界の原子力発電所の総計は434基、37,600万KWの設備容量を有し、石油消費量を抑え、石油価格上昇の大きな歯止めとなっている。注目に値する点はこの10年間の稼働率の向上である。わが国が世界24位と低迷する間に、海外プラントの実績は顕著なものがあり、この結果、発電単価の大幅な低減を達成している。プラント寿命延長も進んでおり、設計寿命30年と言われていたものが、今や60年は十分持つことが示されている。

3.          運転プラントの有効利用

世界およびわが国を対比して運転プラントの実情を見てみたい。

(ア)  規制についての米国の例

米国では1963年以来急速に原子力開発が進んだが、初期故障の続出、規制の強化などで、建設工期が軒並みに遅れを来し、その結果経済性への疑問が生じ、1974年以降全く発注されなくなってしまった。その上、運転プラントの運転成績も低迷した。一方、日本では各種の改良の結果、稼働率向上、作業員被ばくの低減を達成した。米国の電力界および原子力規制委員会(NRC)は米国流の進め方について危機感を持ち、日本調査も行われた。

反省点として挙げられた点は、NRCによる膨大な量の書類による審査、罰則の乱発、規制・許認可の非効率、NRCと電力のいがみ合いなどであった。そして書類審査のQCではなく、品質の実態を見るQM(Quality management )が大切であるとの反省が醸成された。プラントの性能指標を定め、成績の良いプラントは基本検査のみとし、悪いプラントは検査を増やす方法が導入された。性能指標には原子炉安全、放射線防護、安全保障の大項目の下に細分項目を設け、改善目標を明確にしている。

このような施策の導入により、事業者に改善意欲が生まれ、運転性能は著しく改善した。この英断は関係者の自覚もさることながら、NRC長官に抜擢されたジャクソン女史の原子力発電の安全評価はリスク情報にもとづく規制が基本だという方針に負うところが大きかった。

さらに改善の一環として、地域住民の原子力発電所への信頼感向上のため、検査官の日常の検査報告の公開、地域コミュニティーとの交流等が大きな成果を挙げている。

(イ)  稼働率向上の工夫

設備費が巨額な原子力発電所の発電コスト低減には稼働率向上、定格出力の増大が効果的である。稼働率は計画外停止回数の低減が基本であるが、停止期間の短縮と運転期間の延長がそれにも増して重要である。

●計画外プラント停止期間

わが国の計画外停止の回数は世界最低のレベルにある。しかし、ちょっとした漏洩や故障でも安心という世論の動向を踏まえ、プラントを停止し、プレス発表される。規制当局、行政当局、関係学識経験者に対し、状況説明を行い、トラブル原因を明確に証明し、対策を実施した報告が公表されるまで再立ち上げできないのが通例である。このため停止期間が長期化している。

原子炉の安全性に関係が低い場合、原因調査と復旧・運転再開の切り離し等、諸外国並みに早期立ち上げを実現することが結局国民の利益に繋がることを認識しなければならない。

長期サイクル運転

燃料交換から次の燃料交換までの運転期間は、海外諸国では事業者にまかされ、燃料寿命から18ヶ月乃至24ヶ月運転が一般的になっている。わが国では、13ヶ月に一回のプラントの定期検査が法律で義務付けられており、燃料交換とは関係なく、定期検査のためにプラントを停止せざるを得ない。この不合理性について1987年以来議論され、官民による海外調査も行われた。

規制緩和を目指した1995年の電気事業法の改定に当たり、タービン系の定期検査は火力発電と共に2年に一回と改定された。しかし原子炉系は改定が見送られ、同じプラントで検査間隔が違うという矛盾が現れている

定期検査期間の短縮

わが国の定期検査はあらかじめ計画した手順に従って主要機器を分解・点検することが原則となっている。さらに運転中の機器故障を少しでも少なくしようとの意識から、冗長すぎる分解・点検と、部品交換が実施されている。

定期検査期間の短縮の努力が続けられているが、諸外国に比べ分解・点検と検査項目が多く、平均定検日数は米国の40日、フィンランドやスエーデンの20~30日などに比べ60日以上と世界最長の部に属している。

これについても●リスク評価を用いた定期検査周期や検査方法の見直し、●運転中保全や状態監視保全の導入、●タービン分解検査周期、方法の見直しと原子炉施設の定期検査周期との整合性、●国および国から委託を受けた独立検査法人の検査の簡素化、実施方法の改善、●定期検査中に発見されたトラブルの処置の迅速化等の検討が急がれるところである。

(ウ)  定格出力増強

世界の動向を見ると、原子炉本体はそのままで定格出力を上げる動きが活発に行われている。米国では設計余裕の吐き出し、大幅改造などにより、合計420万KWに上る定格出力の向上を行っている。スエーデンは以前から熱心であったが、水力不足から更なる出力増強計画が検討されている。わが国では最近漸く、冬季に冷却水温度が下がりタービン効率が上昇した際、原子炉の定格出力はそのままで、定格電気出力以上の運転を認めるようになったが、出力増強については殆ど俎上に上がらないのが現状である。

4.          新設プラントの建設促進

新規プラントの建設を強力に推進しなければならないと考える。第一点は石油危機が予測される中、エネルギーセキュリティーの見地であり、目標年次を決めて、エネルギー国産化率(原子力は準国産エネルギーと位置付ける)50%を目指す。第二点は地球環境問題の見地であり、既に批准した京都議定書の実現を目指す。第三点は、技術伝承の見地である。バトンタッチすべきエネルギーが見出せない状況下、原子力技術を衰退させてしまうことは、世界の将来にとって大きな禍根を残すことを懸念する。

@計画的な原子力発電所の建設

電力料金認可制度の基、電力需要の伸びが急であった時代、電力供給責任からも電力会社は原子力発電所の建設に熱心であった。しかし、電力の自由化が進み、需要増加も見込めない現状では、事業者としては敢えてリスクの大きい事業には手を出したくないのは当然の方向である。

原子力発電コストは20年償却でキロワット時当り5円90銭と他の発電方式に比べ最も有利と試算されている。しかし、税法上認められている16年定率償却方式ではまだまだであり。建設コストと、運転コストの低減は大きな課題である。

国は原子力発電の建設計画を公表するだけでなく、実現の責任を明確にし、国家の将来のために国策を遂行していくことが必要である。

電力会社の納得の上で数量目標を明示すると共に、何らかのインセンティブを与え、旧式化石燃料発電所の廃止などを含めた積極的政策を採ることにより、原子力発電所の建設を促すべきであろう。

原子力発電所の建設には、環境調査、許認可を含め最低でも20年の歳月を要する。石油入手が困難になってから建設を始めても間に合わないのである。

A国の責任の明確化

原子力には各種の経営リスクが存在するが、特にバックエンドに関連する部分は電力だけではどうにもならない不確定要素が多い。処理・処分の費用は発電コストに含めるのは当然としても、国が責任を持つという体制が必要である。それがエネルギーセキュリティーのためのコストということができよう。

B建設コスト低減の努力

わが国の原子力発電所は諸外国に比べて高いという非難はオイルショック以来言われ続けてきた。将来のプラント輸出を想定しても大きな命題である。しかし、建設費が高い原因はメーカーだけの責任であろうか。

善悪は別としても完璧主義という国民的習性の上に、世論の動向を気にして規制緩和を進められないのみか、むしろ規制強化に向かいがちな監督官庁、その指導に従いトラブル零を目指してきた電力会社、その意向に従い良い製品を追い続けたメーカーが相乗効果を発揮して日本の原子力発電所を世界常識に比べ冗長なものとしてしまった。特に、多重検査を含め杓子定規な検査制度は高建設費の大きな要因として挙げられる。検査強化から品質保証制度の監査への移行等の検査制度の改革、膨大な量の品質管理関係書類の簡素化、基準類の簡素化や、無駄と考えられる規制の合理化等について抜本的改善が望まれるところである。

改良の成果が基準類に中々反映されない、また基準に縛られて改良が進まないとことになっては、技術進歩を阻害し、国際競争力の上からも大きな問題であり、制度改革が必要である。

5.          原子力活性化に向けて

エネルギー資源に乏しいわが国が、政情不安定な中東諸国にエネルギーの80%以上を頼り、環境問題についても京都議定書で宣言しかつこれを批准しながら、二酸化炭素の排出量削減はおろか、年々排出量を上昇させている現状を見る時、このまま手を拱いていてよいものであろうか。科学的・合理的思考により、信頼関係にもとづいた、原子力のあり方について、共通認識作りが極めて大切であると考える。

@共通認識の醸成のために

将来のエネルギー問題を考えたとき、識者の間にさえ再生可能エネルギーだけでやっていけるとの希望的観測がある。果たして事実なのか、基幹エネルギーは原子力に頼らなければならないのか、データーベースを基に徹底的な科学的議論を展開することが先ず必要である。

このような議論を通して、例え合意はできなくとも、それなりの共通認識が生まれ、その上に立ってエネルギー問題をどう解決すべきか、政策合意が生まれるものと考える。

A同じ土俵に立って

21世紀の環境とエネルギー問題を解決する現実的な手段は原子力であり、原子力発電を進めなければ地球の明日はないという認識を共有した上で、官・民を問わず、規制する側もされる側も、プラント設置を頼む側も、設置を認める地元も、主張すべき点は主張しあい、安全上重要な事項についてはそれぞれの立場で厳しく対処することが大切であろう。

失敗を認めないという雰囲気は産業界のみならず、国民にとっても不幸である。相互信頼に基づき、事業者の自主的判断を尊重し、失敗から学び、同じ失敗を繰り返さない努力と、失敗を世の中に正しく伝えることを要求すべきではないだろうか。

情報公開については新聞発表以外認めないというやり方から、広範囲な情報を、的確に公開する具体的方法について検討することが必要だと考える。

B議論の場の設定

わが国ではエネルギー問題のような国策に関する重要な問題について真剣に議論する場が欠けているように思えてならない。

米国では国益についての議論が活発である。運転プラントの規制については原子力エネルギー協会(NEI)が設立され、規制当局・議会・政府、さらには公衆とのコミュニケーションが進み、事業者の施策とも相俟って効果を挙げている。

わが国でもそのような場の設定が必要であると、我々は主張してきたが、原子力産業会議を中心に実現に向けた動きがあると聞く。実現に当たっては、原子力産業界の総力を結集し、そのトップに立つ人の不退転の決意とリーダーシップが最も大切であると考えている。

プラントの情報、現場の問題点を徹底的に集め、改善策を立て、その上に立って規制当局に対等の立場で進言し、議論することが求められる。

議員への説明と理解、政策へのアドバイス、地方自治体との話し合い、専門技術上のアシスタンス、サイト住民への意見の陳述なども大きな任務となるであろう。

C行政機構の見直し

それにも増して、国民が信頼する実効ある原子力安全委員会と安全規制部局の独立体制の確立、エネルギー政策を一元的に遂行するためのエネルギー省の設置と原子力委員会の権限強化等、行政機構の見直しが強く望まれるところである。

D規制の合理化

わが国の原子力は広い範囲に亘り、法律によって規制されている。そのため改定が難しいだけでなく、運用に当たり杓子定規な法解釈や行政判断が入り込んでいる。民間基準を大幅に採用し、技術の進歩に合わせた規格・基準体系を作り、これを維持管理していくシステムを育てる必要がある。

国民の安全と、安価な電力供給のために規制があるという原点に立ち返り、より合理的な規制に向けた動きが望まれるところである。

E教育の充実

エネルギー問題の理解には、常識問題を学校教育で教えることが近道であると訴えてきた。それには教える先生の理解と教育が基本となる。

マスメディアには眞に国民の立場に立ってエネルギー問題を認識し、正しく報道することを期待したい。