読売新聞_論点 2004年9月2日(木)
原発の安全 日本流の欠点〜美浜事故から学ぶこと〜
原子力安全基盤機構技術顧問 石川 迪夫
死者が五名となった美浜原発3号機の事故の、正式な調査結果の発表はまだないが、その原因は、配管の肉厚が削られて薄くなる「減肉」による復水配管の破裂と断定してよかろう。
破裂部分は点検リストから漏れたまま二十七年間放置されていた。それと気付いて検査基準にかかった矢先、突如噴出した蒸気を浴びて作業員がやけど、死亡に至ったものだ。痛ましい。
経済産業省原子力安全・保安院の調査によれば、全国の火力発電所の発電設備の半数以上が、配管の肉厚検査を行っていないという。この種の事故が、これまで起きなかったのが不思議に思える。
だが世間の驚きは別で、放射能漏れや炉心溶融とは無縁の、一般産業面の事故で死傷者が出た点にあった。安全と言われる原子力発電所でなぜ、というところだ。
安全に差別や区分はないが、原子力と言えば放射能災害だけが注目され、関係者もいわば原子力安全の向上にのみ没頭していた。その結果、原子力発電所での事故による死亡リスクは、一般産業の千倍以上も低いと計算されるまでになった。その反面、一般労働安全の面は、一般産業並みですまされてきた。今回の事故の問題点は、このアンバランスさにあると言えるだろう。
皮肉な話だが、原子力安全という観点から言えば、今回の事故に際して、原子力発電所のシステムは、設計通り万全の対応をした。
噴出蒸気の分だけ目減りした給水量が検知されて、原子炉は自動停止し、補助給水が作動し、タービン発電系統も停止隔離されたからだ。
今回の事故の最大の教訓は、原子力安全のみに憂き身をやつさず、バランスの取れた安全管理を行えということだろう。仮定に仮定を重ねた事故シナリオ対策に投じる巨万の金額、数百bの地下から数万年かかって地表に漏れ出す放射能の研究に費やされる頭脳の、幾分かを現実的な一般安全に割けということだ。
だが、実現には、世間の理解と協力が不可欠だ。世間の要求は、今なお原子力安全の強化にあるからだ。しかし、諸外国では事情が異なる。
停電に苦しんだ米国では、原子力安全を過度に求める規制を改め、いま好成績を上げている。四十年の原発運転実績を踏まえ、政府も社会も、原子力発電を特別視する度合いを薄めたためだ。事故直後ではあるが、あえてこの事実を披歴しておきたい。
さて、破断原因となった減肉は長年の使用によるもの、いわゆる経年劣化の仕業だ。この防止対策として維持基準があり、検査があるのだ。
悔やみきれないのが、点検リストの記載漏れと、二十七年間放置していた技術的判断だ。真摯な調査と批判が望まれる。それに対する反省が明日の安全を作ることになる。
今回の事故を発電所の老朽化ととらえる論が浮上しているが、いささか性急な話に思える。老朽化とは物が全体として傷み、使用不能になっていく状態を言い、今回のように部分的な劣化とは趣を異にする。劣化した部品を取り換えることで、新たな健全性を保ちうるからだ。企業組織体が定年による人の入れ替えで、活性を維持し得るのに似ている。今回の事故は、この点に大きな失敗があった。
不祥事続きの日本、世界の原子力運営状況を今一度勉強し直し、日本流の欠点を認知、対策を取ることが、事故の教訓になる。これは企業も政府も同じだ。