原子力発電所の被ばくに関連して
(本内容は長瀬ランダウア「NLだより」2003年6月発行No306トップコラムに掲載された物です。)
「エネルギー問題に発言する会」会員
工学博士 益田恭尚
医療をはじめ放射線利用に関わる方々が放射線についてどのように感じておられるかは、原子力業界で被ばく低減に苦労してきた一技術者として関心のあるところである。低レベル放射線が人体にどのような影響を及ぼすかは意見の分かれる所であるが、何億年も放射線の影響下で進化してきた生物にとって、害はないというのが自然界の摂理ではないかと私は思っている。
それはさておき、原子力発電の開発は、原子力安全の立場から住民の被ばくを「合理的に低減できる限り低く抑えよう」という国際的な考え方にもとづき進められてきた。この具体的目標値は、周辺住民の被ばく線量を、事故時を含め、自然放射線の5%に相当する、年間0.05mSv以下にしようというものである。また、原子力発電所の従業員、作業員は原子力発電所の中で働くため、ある程度の被ばくはやむを得ないのであるが、漸次厳しくなっていったICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に従い、年間20mSv以下に抑えるよう各種の改良努力を続けている。
これらの達成には広範囲な工夫が必要だが、基本は遮蔽、線源の極小化と閉じ込めである。放射線の発生源は、最適な遮蔽を施し放射線の外部への漏洩を防いでいる。放射性物質の管理区域外への放出は、固体・液体・気体それぞれについて厳しく管理している。
放射性物質は原子炉の炉心で作られる。燃料放射能の放出を極小にするため、燃料被覆管の漏洩を防止することが基本となる。
原子炉冷却水中の不純物は放射化され、発電所内作業者の被ばくのもととなるため、BWRの場合、水1トン中の鉄さびを1mgの超純水(1ppb:10億分の1)に保ち、放射能の半減期の永い同位元素となるコバルトは0.001mg(1ppt:1兆分の1)に抑えている。所内で使用した水は、人工透析に使う中空糸膜などでろ過し、再使用することを原則としている。外部放出の際はこれをイオン交換樹脂で純水にし、放射能を更に削減した上で、放射能を測定して放出する。
換気はフィルターでろ過した空気を取り入れ、発電所内から排気するさいは、さらに目の細かいフィルターでろ過し、放射能を測定した上で煙突から放出する。
放射性廃棄物の発生量を最小に抑えることも大切である。これは家庭のごみの量を減らす努力と類似している。
ホスピタルクリーンと言われるが、原子力発電所でも、建設時点からクリーンプラントを目標に清浄度の達成に心がけている。
わが国では外部への放出を管理基準以下に規制することは勿論、検出限界以下を目指し管理している。発電所と地方自治体の両者によってこの確認のため設置されたモニタリングポストは、実際上は、自然放射線量率の変動値を記録しているのが現状である。
話が変わるが、最近、悪名高きチェルノブイル原子力発電所の石棺を訪れる機会を得た。腕時計型の放射線量計を持参し、出発から帰国までの被ばく履歴を測定してみた。それによると成田からキエフ往復の飛行機の中で受けた被ばく線量は0.072mSv、石棺訪問中の被ばくが、キエフからの往復を含め、0.098mSvであった。
ジェット機に乗ると高度上昇と共に放射線線量率が上がり、11,000mの成層圏では最高2.49μSv/hrに達する。これは地上の平均値0.09μSv/hrの約30倍に当たる。石棺内はさすがに81μSv/hrと高かったが、チェルノブイル原子力発電所敷地内や、つい先頃まで運転を続けていた3号機制御室内の線量率は3~4.8μSv/hr程度で、ジェットパイロットや乗務員の受ける放射線線量率とほぼ同等であった。興味のある方は是非一度線量計を持って飛行機に乗ってみることをお勧めする。
低線量の放射線影響については研究が進められているが、放射線ホルミシス(低線量の放射線は生物に刺激を与え、それが生物学的に有益な効果をもたらすという学説)とまでは行かなくとも、せめて放射線を受けても害の無いレベル、即ち「しきい値」があることを早期に宣言し、一般の方々の放射線に対する過度な恐怖感は低減して欲しいものである。