座談会議事録
テーマ:わが国原子力産業の革新的発展をめざして
-改革に成功している米国例を参考にして-
1.日時:平成15年11月19日(水) 13:00~15:00
平成16年1月21日(水) 14:00~17:00
2.場所:虎ノ門4丁目MTビル7階 NUPEC会議室
3.講師:石塚 昶雄氏(日本原子力産業会議、理事・事務局長)
宅間 正夫氏(日本原子力産業会議、専務理事)
司会:加藤、西郷
4.参加者(敬称略、順不同):林、斎藤、井上、森、今永、小笠原、佐藤、太組、水町、池亀、天野、荒井、阿部、松永、小川、杉野、税所、岩井、柴山、篠田、石川、澤井、松田、山名、神山、平山、益田、石井、土井、松岡、奥出、武藤、石井、堤、石塚、宅間、西郷、加藤
5.座談会概要
最近の米国原子力発電所の設備利用率向上はめざましく、使用済燃料処理問題の進展、新しい原子力発電所建設の動き、さらには第4世代炉の開発など、米国原子力産業界の隆盛は目を見張るものがある。反面、かつては世界一を誇ったわが国の原子力発電所設備利用率は今や世界の24位と低迷するとともに、昨今の自主点検データ改ざんを始め多くの問題点が表面化し、わが国原子力産業界の状況は目を覆うばかりである。
平成15年10月閣議決定されたエネルギー基本計画において、わが国の基幹電源として位置付けられるとともに、地球温暖化抑制の上からも期待されている原子力発電のこれからの進展を考える時、わが国の原子力産業界を覆う暗雲を払いのけ、米国に負けないような隆盛の道を築いていくことが必要である。
そこで、この方面に詳しい石塚昶雄氏より、米国の隆盛の道を拓いた原子力エネルギー協会(NEI)の設立の経緯、活動状況、わが国の課題などについて説明していただき、わが国ではどのようにすべきかについて全員で議論した。この記録は、これらの概要をまとめたものである。
5.1 講師説明概要(プロジェクターで配布資料<NEIの活動と日本のNEI構想>を基に説明)
①米国原子力の隆盛と日本の「失われた「10年」:
ここ数年、米国の原子力発電所の設備利用率は最高記録の更新を続けており、原子力発電所の売却価格も上昇、一般公衆も原子力賛成派が多数を占めるなど原子力発電は隆盛になってきている。反面、わが国は、かつて世界一の設備利用率を誇ったが、今や世界24位(‘03年)に低迷している(日本の失われた10年)。
②米国原子力機関の沿革とNEIの設立:
原子力産業会議(AIF)の設立(‘53年)に始まって、TMI事故、チェルノブイリ事故の反省から原子力発電運転協会(INPO,‘79年設立)、世界原子力発電事業者協会(WANO,‘89年設立)などの機関が設立され、原子力発電所全体の運転実績レベルが高められてきた。‘80~‘90年代になって、AIFの仕事が広範すぎて電力会社のニーズに十分応えられなくなって来たので、原子力発電所の運転に集中できる団体が必要になり、各機関の機能を結集して一つの組織、すなわち原子力エネルギー協会(NEI)としてまとまった(‘94年設立)。
③NEIのミッションは、原子力エネルギー及びその関連技術の有効利用を図る政策を作るため原子力産業界の総力を結集することである。その活動は、メンバーを代表して、規制当局、議会・政府、さらには公衆の面前に立ち意見を述べること、ならびに専門技術上のアシスタンス、政策アドバイスを示すことである。NEIの人員は120名で、ほとんどがプロパーである。
④TMI事故後、原子力発電所の運転実績レベルの改善のため、原子力発電運転協会(INPO)が設立され、運転にかかわるあらゆるデータを収集し独自のプラント評価を公表している。このINPOの支援のもと、NEIは公開でNRCと規制問題について協議を重ねた結果、実質的な規制合理化、効率化を着実に進め、原子力発電所の大幅な安全性向上と設備利用率向上を実現した。
⑤わが国では、日本原子力産業会議基盤強化委員会において、原子力開発の「失われた10年」を克服し、原子力産業の活力を取り戻すため、米国の成功例を参考にしつつ民間産業界としてどうあるべきかを、早急に検討することになった。検討は「原子力産業界団体の在り方を考える委員会」(「在り方委員会」と略す)を原産の外部に設置して行われることになった。
⑥日本のNEI構想のポイント:
“原子力開発利用の推進”へ向けて民間産業界が一体となった取組み。“コンセンサス作り”から“推進”への明確なメッセージ。行政(規制)当局とのオープンな討論。人材の確保。コーポレート・ガバナンス、NPOとの連携、メディア対策、など。
5.2 質疑・討議(質問、指摘:◆,回答、討議:・)
(1)新しい委員会の今後のスケジュール
◆原産基盤強化委員会より委託された新しい「在り方委員会」の今後のスケジュールはどうか。
・11月27日に第1回の「在り方委員会」会合で方向を決めたい。大略は、年度内にある程度まとめて、今年4月の年次大会で議論できるようにしたい。ある程度方向性は出つつある。
(2)INPO、原子力発電所のデータ収集、プラント評価など
◆INPOができた時、よくあれだけのデータを集めることができたものだと思ったが、米国故か。
・米国には小電力会社が多数あり、共通の利益を守るために切実なものがあったのではないか。わが国では、電中研に原子力情報センタ(NIC)を作ったが、各電力会社が詳細なデータを出さないので十分に機能していない。風土の問題と感じたが、現在は環境が変わってきており、今こそしっかりしたものにするチャンスである。
・米国でも、当初はINPOにデータを出すことに相当抵抗したようであるがNEIができるときは電力自由化の問題で危機感があり、電力会社のトップが集まってやろうと決めてからはデータを徹底的に出すようになった。
・各原子力発電会社がNEIに結集することが共通利益と考えたためと思われる。
・INPOがうまく活動してきた背景の一つに海軍出身者による海軍のやり方の活用があるようだ。
・中小の電力会社が多いため、海軍のやり方を取り入れたようだ。今でも原子力界のトップには海軍出身者が多い。
(3)INPOの権威
◆INPOは収集したデータに基づいて自主的にプラント評価(ランク付け)をしているが、規制当局は認めているか。
・INPOが2年に1回プラントの状態評価をやる事が決められている。チームを作ってしっかりした評価を行い(グレード1~5)、結果の通知は電力会社のCEOになされる。民間の自主規制であるが、規制当局と同じ位の権威がある。
・民間が自らその活動の信頼性を社会に訴え、それによって自ら権威を築き上げたと考えられる。
・またこの評価結果が原子力保険の格付につながっている。現在、原子力保険はかなり黒字であり、INPOの評価結果の信用度は高い。
(4)NEI設立の考え方、INPOの役割
◆米国でのNEIの設立の考え方の原点はどこにあるのか。
・米国の原子力発電所はほとんどが70年代に建設されたものであり、従って2010年頃になると運転が終わってしまうと、‘92~3年頃に気がついた。しかし、NRCが旧態依然とした厳しい規制のもとで硬直化しており、電気事業者は運転の継続について意欲を持てない状態になっていた。そこにジャクソンNRC委員長が登場し、リスク・インフォームド・レギュレーション(RIR)の方向に移行した訳である。成績の良い発電所は検査項目が減っていくのに対し、成績が悪ければ検査項目が増え、お金もかかるようになってきた。
・米国では小電力会社がほとんどであるので、相互の横断的連携の必要性からINPOが設立され、やがて規制当局に統一して当ることからNEIが設立された。
◆データを収集し、プラントの自己評価をして、何か運用面に効果はあるのか。
・データがちゃんとでてくれば自己評価は可能になる。失敗事例の教訓の横通しの効果はある。
(5)わが国におけるNEIの機能
◆わが国の原子力産業会議の位置付けはどうか。
・わが国の原子力産業会議は電力会社、メーカなどの会社の他、地方団体、漁協、メディアなど700にも及ぶ機関から構成され、非常に広範な団体のコンセンサス作りが主体となっており、原子力発電の開発推進に集中することはできない。今必要なことは、コンセンサス作りでなく推進への明確なメッセージである。
・原産の基本的役割は、原子力の健全な発展を通じて社会に貢献し、一方でその健全性を国民的立場から多くのセクターがチェックをしているということであり、これが原産の活動の“信頼性”につながっている。産業界のお先棒かつぎ、と誤解されてはならない。
・原子力を取り巻く環境の厳しさから、昔と違って中立とか第三者などと言っておれない時代になってきているのではないか。今や旗幟を鮮明にして取組む必要がある。官と民の喧嘩ではとても民は官に勝てないだろう。
◆わが国ではINPOの機能をどのように取り込んでいくか。
・INPOは電力会社間の機関であり、ここに集積されたデータをもとに自己評価をする。科学的合理的な規制についての政策提言を行って規制当局と交渉するにはNEIのような第三者機関がある方がよい。
・わが国の新しい組織が規制当局と対応していくためには、評価結果が悪ければプラントを停止できるなど何等かの強制力をもっていなければならないのではないか。
◆日本の「失われた10年」の要因として地方自治体との関係がある。NEIでは地方自治体の対応はどうなっているか。
・NEIは議員のロビー活動は活発にやっているが、地方自治体への対応部門はない。
・米国では、地方自治体は規制当局を信頼しているので、もっぱら規制当局の地方支局が対応しているようだ。
・通常はそのようであるが、ユッカマウンテンのケースでは、NEIが州選出の議員対策はもちろんのこと、州レベルについても相当活発に活動したようである。
◆わが国の構想の中で、人材面について第三者的立場の専門家を集めるとあるが、電力会社のトップの意見が一致することが必要であろう。しかし、これはなかなか難しい。
・あまりきれい事ではうまくゆかないだろう。規制強化ならそれを利用して民間の強化を図っていくのも一つの方法であろう。
・維持基準のように、技術的判断が先行しなくてはならない場合もあるが、規制当局は技術以外のことを考えねばならないことが多い。産業界でも、このような人と対等に議論できる人材を育成しなければならないだろう。
・原子力発電所を建設するための規制は、日本でも巧く機能していると思うが、運転プラントではうまくいっていない。間違いのない運転を行うための事業者のインセンティブを確立する必要がある。米国ではRIRで、欧州ではセフティ・カルチャーでやっている。日本では今は規制強化の状態であるのに、民間はバラバラである。今後、規制当局と対応していく上で、米国のNEIのような組織が必要である。
◆規制強化により検査官の裁量行政が益々多くなってきている。機器の検査も今まで以上に時間と手間を要するようになってきている。
・泣いているのはメーカだけではなく電気事業者も同じではないか。定検の裁量の範囲が拡大し、工学的見地での判断が欠けているようである。
・今までは電事連/東電がリーダシップをとり役所と話してきたが、これができなくなってきた。米国のNEIのような組織がないとやってゆけなくなってくる。
・現在の定検で何が問題かを徹底的に議論し、規制当局とわたり合える産業界の統一した機関が是非必要となる。
・担当者レベルでは相当苦しんでいる。現場では皆黙ってしまう。陰では言うが。
・裁量範囲が広くなるということ自体が問題ではなく、工学的見地からの判断ができなくなっていることが問題である。
◆原産の新しい「在り方委員会」での検討状況はどうか。
・時間があまり経過していないので大きな進展はないが、方向は出つつある。保安院は第一段階は今回の規制強化であるが、第二段階ではRIRを導入すると明言している。そうなると、現場のデータがそのまま出ていくので、民間が一体となって対応しなければならず、米国のINPOのような機関が必要になる。この機関は産業界内で信用されることが必要である。これと並行して、政策提言を行う米国NEIのような機能をつめていく必要がある。INPOとNEIは車の両輪である。いずれにしても産業界のトップの意向と決断が必要である。
・日本は今まで主として予防保全でやってきたので、このデータをいくら集めてもRIRには役立たない。事後保全のデータを集めるようにしないといけない。
◆今度の改革は総花的でなく、一番必要なところから手を付けるべきではないか。まず、規制強化に一体化して取組める機能が必要ではないか。
・規制強化に対して、産業界を結集して規制当局に対抗できる機関が早急に必要である。
・米国のNEIはデータを集めてNRCと折衝している訳ではないと思う。TMI事故でINPOができ、チェルノブイリ事故でWANOができ、INPOとNEIが連携しているのは確かであるが、日本ではWANOとINPOの機能をどのように分担させるのか。また、INPOはデータを公開しているのではなく、守秘義務はしっかりしている。
・現場で困っている問題をきっちりまとめて、国にしっかりものを申すシステムつくりがまず大事で、これをやるとデータ不足が分かってきて、それからデータを蓄積していけばよいのではないか。
・運転、補修データを集めるのはよいが、個々の発電所の運転、保安責任は個々の電力会社が担うべきものである。
・発電所の安全にかかわるデータはかなり少ないと思う。安全と信頼性の区別についてマスコミはじめ一般の人々によく理解してもらう努力が必要である。
・米国は事後保全でやっているので、過去のデータでRIRに移行し易かった。日本は予防保全が建前なのでRIRに使えるデータがほとんどない。これからの蓄積が必要。
・日本の現状を見るとやるべき事は沢山あるが、まず、米国のNEIのような組織を早く作る事が大事ではないか。
・以前に、保安検査小委員会で今後の検査のあり方を議論した。データ検査ではなく機能検査、性能検査でよいのではないかとまとまりかけたが、色々の不祥事で全部つぶれ、今回のように規制強化の方向になってしまった。今一度、規制当局と率直に意見交換できるよう体制作りが必要である。
5.3 まとめ
司会進行が適切でないため、議論があちこちとんだきらいはあるが、全体の流れを要約すると次のようになる。
(1)米国では、TMI事故以後原子力産業界は情報のより効果的な共有や管理に対する新たな取組みを始めた。TMI事故後のINPOの設立に引続き、90年代初めに多くの課題に関して統一して対応できる一つの組織NEIへの結集である。NEIと規制当局は公開の場を通してお互いに有益な意見の交換を行い、漸次新しい規制方式に改善し今日に至っている。この結果が最近の好結果を生み出しているものと考えられる。
(2)一方、わが国では、ここ10数年原子力に係わる各種の不祥事が発生しており、規制当局との交渉は主として問題の当事者が矢面に立って進めてきたため、改変の方向は益々規制強化の方向に向かっており、原子力産業界の取組みについては、抜本的改善はなされていない。米国原子力産業界の状況を参考に、今こそ抜本的な改善を図っていくことが必要である。
(3)しかし、文化、風土の異なるわが国に米国流の方式をそのまま導入してもうまくいかないのは自明である。見習うべきは米国流の基本的考え方である。すなわち産業界の危機意識とそれに伴う統一した行動、ならびに規制当局との公開の場での意見交換と合理的な規制への改善努力である。
(4)わが国では、最近の規制強化により安全性・信頼性の維持向上は図られるであろうが、例えば定期検査の効率化、ひいては設備利用率の向上の面ではかなり負の影響が出ることが懸念される。また、許認可の場においても科学的、合理的な規制の名の下に、些末な規制要求が顕著になってきていることが憂慮される。
(5)そこで、最初に取組むべきは、今回の規制強化により、定検作業などはどのような影響を受け、安全性・信頼性の維持向上の面のみならず、効率化、設備利用率の面においてどのような影響が出ているか徹底的に現状認識し、必要に応じて規制当局と素直に意見交換できるような原子力産業界の統一した組織を作ることである。この場合、産業界各組織のトップの強い決意と決断が基本である。
(6)組織化すべきは、NEI組織の内、規制当局との折衝担当に相当する部門であると考える。米国NEIの組織には、この他議会・政府対応、マスコミ対応、教育など多くの機能があり、わが国でもこれらを産業界の統一した組織にもたせることが必要になってくるが、これは折衝部門ができた後、必要に応じて組織化すればよい。
(7)今後、リスク・インフォームド・レギュレーション(RIR)の導入が急がれるが、これに応じた各種データの蓄積が重要であり、米国INPOのような機能が必要である。それには類似組織として機能している電中研の原子力情報センター(NIC)を中核にして一層の強化を図ればよい。各種データの蓄積については、国内のプラント運用は予防保全中心であることから、故障率等のデータそのものが存在していないことを認識した上での対応が必要である。
以 上