エネルギー問題に発言する会・座談会

二酸化炭素の分離回収・地中隔離技術

(座談会議事録)                           

日時:2006年5月17日 15:00~17:00

演題:二酸化炭素の分離回収・地中隔離技術

講師:(財)電力中央研究所 地球工学研究所 地圏科学領域 上席研究員

兼 (財)地球環境産業技術研究機構(RITE) CO2貯留研究グループ 研究参事

大隅 多加志 氏

座長:金氏 顕

 

(座談会主旨)

2005年2月に京都議定書が発効し、締約国の地球温暖化ガス排出量削減目標がノルマとなった中、2005年11~12月のCOP/MOP-1(京都議定書第1回締約国会合)において、IPCCIntergovernmental Panel on Climate Change)からCO2排出削減の手段の一つとして、CO2の分離回収・地中貯留技術(CCS:Carbon dioxide Capture & Storage)に関する特別報告書が提出され、国際的にCCS技術に関する関心が高まっている。また、京都議定書目標達成が容易でない我が国においても、経産省を中心に、目標達成の一つの手段としてCCSを推進する動きが出てきている。

そこで、CO2の地中貯留の大家であり、国の政策の動きにも詳しい大隅氏を講師に招き、昨今のCCSに関する動向について講演頂いた。

 座談会では始めの約1.5時間を大隅氏のご講演とし、後の約0.5時間を質疑応答に充てた。

 

(講演概要)

 講演は大隅氏が準備された28ページのパワーポイントに基づき行われた。資料の大半は経産省が作成した資料に基づいており、大隅氏の見解については口頭で補足する旨予め説明された。

 

注: 以下の2.項以降は、斜体字で大隅氏の補足説明および個人的見解を示し、それ以外は経産省資料ベースのパワーポイントに記載の内容である。

 

1.CCSの定義と経緯

(1)     CCSCarbon dioxide Capture & StorageのうちCaptureとしては、化石燃料の燃焼過程でCO2を分離することであり、森林吸収はここでは含まない。

(2)     1972年にローマクラブが出した「成長の限界」で、エネルギーに関心をもつ人々に対して地球温暖化問題が初めて大々的に警告された。

(3)     論理的にはここから、CO2Capture & Storageの必要性の出発点である。原子力に比べ化石燃料燃焼の廃棄物(CO2)の量が膨大であるため、CaptureしてもStorageできないというのが答えであったところ、1977年にイタリア人C. Marchetti氏がCO2の海洋隔離方策を提起し、深海でのCO2隔離の可能性を示唆し、大きな関心を呼び起こした。

(4)     海洋隔離の場合、隔離の確実さについては専門家から異論はなく、海洋の生体系等への影響への懸念をどう払拭するかという問題だとされていた。1980年代前半に、米国のM. Steinberg氏は経済的な検討を実施、現実の技術として北米大陸でCO2-EOREnhanced Oil Recovery)という技術的基礎のある地中隔離が着目されるようになった。(発電原価を2倍以内の範囲で上げることでCO2の地中貯留が経済的に可能とした。)

(5)     1980年代後半から1990年代になると、Erik Lindeberg氏らにより、欧州においても地球温暖化対策としてCO2-EOREnhanced Oil Recovery)を位置づけることが提唱された。

(6)     石油と天然ガスに限れば、確認埋蔵量の全量を燃焼させたとしても、大気中CO2濃度は1000ppmを超えることはないため隔離も必要ないかもしれない、また、石油と天然ガスを掘り出した孔隙空間に燃焼後のCO2を埋め戻し隔離することは、(コストさえかければ、)成立すると言われている。一方、石炭については、確認埋蔵量の全量を燃焼させたとすると、大気中CO2濃度は3000ppmを超える。石炭の採掘跡は浮力を持つ流体にとって隔離機能が期待されにくい点が問題であると考えれていたことも、海洋貯留への期待の一因であった。近年、地中の帯水層貯留が商業規模で実施され、石炭を含む化石燃料の持続可能な利用を保証する技術として、帯水層貯留を中心技術としてCCSを考えることが主流となっている。その場合、海洋貯留は環境団体等の反対もあり、当面は地中貯留のみが現実的なStorageの選択肢であるとされる。

(7)     1996年からノルウェーの北海における沖合い天然ガス田Sleipner鉱区で、天然ガス随伴CO2の帯水層貯留が商用規模で開始されている。

(8)     海洋貯留も日米ノルウェーの海洋実験プロジェクトで、ハワイ→ノルウェー沖での実験が開始されたが、2002年8月に中断されている。

 

2.CCSの概要

           CCS技術の構成としては、火力発電所等の大規模CO2排出源で「分離回収」を行い、パイプラインで「輸送」し、地上または海上の圧入設備から陸域または海域の地中帯水層に「圧入」する。

           [大隅氏補足]海域にある帯水層の場合、海上施設または地上施設から海域の地中帯水層に圧入するケースが、社会的な受容の面から本命と考えられる。但し、研究目的では、地上施設から陸域の地中帯水層に圧入するケースの方が、観測等の面で有利である。

 

3.CO2地中貯留の現状

(1)    現状: 地中貯留はすでに実用化されている。

           天然ガス随伴CO2の帯水層貯留

1)      Sleipner (北海、Norway) 100t-CO2/年 1996年~

2)      In Salah (Algeria) 120t-CO2/年 2004年~

           石炭ガス化炉発生CO2EOR利用:

1)      Weyburn (Canada) 100t-CO2/年 2000年~

(2)    計画中の大型案件:

1)      Snohvit (Norway) 75t-CO2/年 2006年~

2)      Gorgon (Australia) 500t-CO2/年 2008年~

(3)    日本の実験例:

1)      長岡での帯水層貯留(1万t-CO2/年) 2000年~2007

(4)    民間企業の動き:

1)      三菱重工-シェル 中東 発電所回収CO2でのEOR

2)      スタットオイル-シェル ノルウェー 発電所回収CO2でのEOR

3)      RWE ドイツ 石炭火力発電所と地中貯留

(5)    CCS促進に向けた国際的な取り組みの進展:

       IPCC、京都議定書、ロンドン条約、
アジア太平洋パートナーシップ[APP](米国主導:米、日、豪、中、印、韓)

 

4.IPCC「二酸化炭素の回収・貯留に関する特別報告書」

           [大隅氏補足]IPCCは国連の機関であり、UNEPWMOにより設立されており、世界中の科学者が参画し、客観的な調査・評価を行うもの。

           昨年9月のIPCC総会で採択された特別報告書は、CO2の回収・貯留(CCS)に関する国際的共通認識を示したもの。

           主な内容は以下の通り。

Ø         CCSは大規模排出源からCO2を回収し、地中又は海洋等に貯留する技術

Ø         大気中温室効果ガス濃度安定化における政策ポートフォリオの一つの位置付

Ø         地中貯留では2t-CO2、海洋隔離では数兆t-CO2の技術的貯留量を有する

Ø         発電所のCCSは追加エネルギーを1040%必要とするが、CO2 排出を実質約8090%削減できる。

Ø         CCS適用による発電コストは約0.010.05US$/kWh上昇と見込まれる。

Ø         CCSの総コストは1590US$/t-CO2程度と見込まれ、内訳は回収工程が過半を占める。

Ø         2100年までに世界全体で必要とされるCO2削減量のうち、CCSは累積で15~55%貢献するとの試算。

Ø         適切に管理された地中貯留の場合CO2保持率は、1000年でも99%超の可能性が高い。

Ø         国際的及び国内法整備についての検討は、今後の課題である。

           [大隅氏補足]この中で、CCSの貢献として1555%は過大という見方もある。また、推進する上で、① “適切に管理”する具体的方法、② 1000年でも99%超”の保持率について1%以下なら受け入れられるのか、等の懸念が払拭されたとは言いがたい。

 

5.2006 IPCC GHG排出インベントリガイドライン

           1996 IPCC Guidelines for National Greenhouse Gas Inventoriesの改訂

           2006427 IPCC25回全体会合にて採択

           温室効果ガス排出量等を算定する方法・実例等の中で、CO2地中貯留を記載。これによって、 CO2地中貯留によるCO2排出削減について、国別排出インベントリでの算定が明確化される。

           CO2回収については、排出源において回収された場合、大気に排出されないものとしてカウント(回収されなった分のみ排出量としてカウント)する一方、地中貯留からの漏洩に関する排出量算出のためのガイドラインを提示している。

 

6.京都議定書第一回締約国会合(COP/MOP-1)におけるCCSCDM化に関する決定

           CCSをCDMとして扱うことに関し、project boundary, leakage, permanencyの3点を中心に検討を行う

           具体的な検討プロセス

Ø         CDM理事会は、提案された新方法論について検討し、RecommendationCOP/MOP-2200611月)に提出

²        締約国からの意見募集(2006213日締め切り)

²        SBSTA24(20065)でのWS開催

Ø         COP/MOP-2では、CDM理事会がCCSCDMとしてどう扱うかのガイダンスを決定

           [大隅氏補足]CDMへのCCS適用の検討は、結果的に日本が熱心であるとの印象を与える動きとなっている。欧州各国は「先進国が温暖化の原因であるのに、途上国でCO2削減し自国の責任逃れをするための動きとして受け止められる」懸念から、本件について本音は別として、積極的に動いていない。

           [大隅氏補足]日本政府は、「民間の動きを支援するスタンス」なのだろう。

 

7.ロンドン条約の最近の議論

           [大隅氏補足]ロンドン条約とは、国連人間環境会議(1972年にストックホルムで開催)に象徴される環境保全の世界的うねりの中で1972年に廃棄物の海洋投棄禁止の国際法として採択されたものであり、高レベル放射性廃棄物の海洋投棄を認めないという国際的な合意が形に表れたものとしても有名である。その後1996年議定書(現条約の全面改定に当たる)において、それまで、投棄してはならないものを列挙していたのに対し、投棄の可能性を検討してもよいものを列挙する(リバースリスト)方式に改訂された。日本は、この96年改訂条約をまだ批准していないため、その後の改訂協議に、正式には参加できていない。

           2006年4月、会期間ワーキンググループとしてCO2に関する法律・関連事項WG会合、科学的事項WG会合が開催された

           法律・関連事項WGでは、CO2海底下地中隔離をロンドン条約でどのように扱うべきかが議論され、2006年3月に発効した96年議定書(現条約の全面改定にあたる)において、附属書Ⅰ(リバースリスト:投棄を検討できる品目)にCO2海底下地中隔離を加える改正を行う方向で合意が得られた

           科学的事項WGでは、主としてCO2海底下地中隔離に関するリスク評価の枠組みについて議論され、これらの成果は今後CO2海底下地中隔離をロンドン条約で扱う際のガイドライン作成のための基本的な考え方となるものである

           なお、4月28日に豪(共同提案:仏、ノルウェー、英)から96年議定書附属書Ⅰ改正案が提出されたため、本年10月30日から開催される締約国会合で採決
(2/3以上:採択確実)されることとなった
(採択後100日で自動発効、日本は96年議定書は現在未批准)

 

8.CO2貯留・隔離可能容量

(1)     世界

       IPCC特別報告書(石油・ガス田、炭層、帯水層)

       IPCC特別報告書では、世界全体で少なくとも約2,000Gt-CO2(2兆t-CO2)分の地中貯留の技術ポテンシャルがある可能性が高いとしている。これは、現在の世界のCO2排出量(24Gt-CO2/年(240t-CO2/))の100年分にも相当するものである。

       RITE(帯水層)

       究極的なCO2貯留可能容量: 陸域 5,600 GtC、沿岸海域 1,500 GtC

       そのうち10%のみが利用できるとしても、世界のCO2排出量100年分程度の貯留が可能。

(2)     日本

           最新の知見によれば、日本における貯留ポテンシャルは、構造性帯水層の基礎試錐データがあるものに限っても52t-CO2程度、帯水層全体では約1,500t-CO2もの量が見込まれる。

           2050年にGDP当たりのCO2排出量を2000年比1/2にするという目標を想定した場合、基礎試錐データがある構造性帯水層に限っても、52t-CO2の約半分程度は、2050年までに経済性を有する可能性がある。

           現在、RITE、経済産業省では地中貯留コスト低減のための技術開発を行っており、今後経済性はさらに高まることが見込まれる。加えて、帯水層全体の試錐データなどが得られれば、評価可能なサイトが拡大することによって、経済性を有する貯留量は極めて大きくなる可能性がある。

           [大隅氏補足] 上記経産省の記載の中で、「2050年にGDP当たりのCO2排出量を2000年比1/2にするという目標」とあるが、これは、RITEとして世界でのCO2削減シナリオ作成上の目安として設定したという性格のものである。

 

9.CO2分離回収~貯留コスト

(1)     現状技術での日本における分離回収~貯留コスト

       現状での分離回収~貯留コストは5千円~1万数千円

       他の温室効果ガス削減対策より経済性をもつには、約3000/t-CO2を目標とする必要がある。

(2)     日本での輸送コスト

       CO2の輸送コストは、輸送圧力及び輸送量の増大により低減が可能

       全体のコスト目標(3000円/t-CO2)の下では、輸送距離を長くすることは難しい

(3)     海外のCCSコストとの比較

       現状、海外でのCCSの回収~貯留までのトータルコストは、国内より安い

(4)     現状での他の対策とのコスト比較

       石炭火力を置き換える場合のアボイディドコストは、石炭火力+CCS-90%が、原子力に次いで優位であるが、発電単価は、石炭火力+CCS-90%の場合、現状石炭火力の2倍程度まで増加する。

 

10.        普及に向けた基本的考え方: (スキップ)

 

11.        コスト・隔離量目標のイメージ:

       [大隅氏補足]経産省の資料はあくまでも研究開発の目標を示すものとして捉えるべきものであり、その限りで「国内帯水層貯留において、20102015年頃までに政府主導研究によりCCSコストを3000/t-CO2まで低減し、その後2020年以降までに民間主導で2000/t-CO2まで下げたい」というものである。かならずしも空想的な目標というわけではないが、これまでの15年間の技術の進展から外挿すれば現実的にはかなり困難である。

 

12.        分離回収法のロードマップ(案): (スキップ)

 

13.        非構造性帯水層貯留のロードマップ(案): (スキップ)

 

(質疑応答)

Q1(林):日本におけるCCSで、陸上にPipelineを敷設することは困難と考えられるため、発電所近くの帯水層に貯留することになると思われるが、そういう研究はされているのか?

A1:海域地中帯水層へのCO2の圧入方法の一つとして、斜め掘りが有効であり、現状技術で水平方向に10km程度は陸上からの圧入可能。一方、大規模火力発電所にCO2回収装置を設置する場合、例えば100m100m程度のスペースを要し、敷地の面でも制約はあるが、今後、電力会社の判断次第では、日本でも実現可能と考える。

 

Q2(土井):(ノルウェーがCO2を他国から購入したいという話があったが、)CO2は廃棄物か原料か?廃棄物の場合は、バーゼル条約により輸出できないのではないか?

A2:ノルウェーは世界第二の石油輸出国であり、その富が他国に流出することを恐れてEU加盟の国民投票がNOとなった国である。ノルウェーがCO2を購入したい目的はEOR。ノルウェーはこれまで、国是として火力発電所を作らなかったが、バーゼル条約によりCO2を輸入できないため、EORのためのCO2を発生させる目的で火力発電所を建設しようとしていると考えてもよい。ノルウェーはバーゼル条約の改正の例外措置をロンドン条約1996年議定書に盛り込む趣旨の提案を今年のはじめにロンドン条約の議論の中で提起したが、英国等の反対で今回は、あっさり撤回している。私見では、光と水とCO23者が、生命の源であり、CO2を廃棄物とすることは、産業主義のバイアスがかかった物の見方といわざるを得ない。

 

Q3(杉野):CCSのCaptureの対象は主として、発電所と思われるが、発電所以外から排出されるCO2は対象外?

A3:日本の場合、CO2排出源として、1位が発電所で20数%、2位が製鉄所でやはり10数%、以下、3位がセメント工場、4位が紙パルプ工場、5位が石油精製となっており、日本全体の半分は大規模排出源であり、これらからのCO2回収が主たるターゲットとなる。輸送部門からのCO2回収は難しく、残りは家庭の台所や暖房、そしてゴミ起源ということになるが、回収の効率が悪いため優先度は低い。

 

Q4(石井[]):(ノルウェーのSleipnerの帯水層貯留の話で)元圧300気圧の天然ガスから分離したCO21000m深さの帯水層に加圧なしで圧入できるという理由がよく解らなかった。

A4 一般に、概ね500m深さは50気圧、1000m深さは100気圧と考えられる。CO2を圧入する場合CO2自身の液柱圧があり、その分圧入圧力は低くて済むが、不足する場合は加圧エネルギーが必要になる。CO2を液化する場合エネルギーは所内率で約6%を消費する。CO2分離回収コスト低減の上で、圧縮コストを下げることが重要である。

 

Q5(加藤):超臨界CO2は水と混ざるとどうなる?

A5 CO2ハイドレートが生成する場合があるが、CO2ハイドレートは10℃以下でのみ安定であり、帯水層貯留では、よほど極地でない限り10℃以上である。

 

Q6(税所):EPRIでは、CO2回収技術として冷却アンモニア利用のパイロット試験を米国でやろうとしている。他国では回収コスト低減のためにどんなことをしようとしているのか?

A6 原理的には膜のみによる分離が最も安価な方法である。しかし、今問題にしているような大量のCO2を回収する方法としては、膜のみというのは現実的でない。化学吸収法以外の方法はあまり期待できないと思う。

 

Q7(小川):帯水層貯留における課題は何か?

A7 一つは、溶解過程にリスク低減を見込めるかという点である。水と混ざったCO2が炭酸となり、地層中の鉱物を溶かしだすことになる。浮力をもったガスや超臨界状態でなくなる反面、シール能力を失わせる方向にはたらく可能性もある。長期安定性に関してのミクロな問題である。もう一つは、リスク評価に関わる原理的な側面。人知には限りがあるため、シミュレーション等で予想しても、予想しきれない事象が起こり得る。原子力の高レベル放射性廃棄物地中処分のリスク評価手法のうち地下水移行シナリオのような考え方は、CO2貯留には使えない。高レベル放射性廃棄物の場合、廃棄物自身が移動することはなく、核種移行挙動は地下水を媒体としたものに限定できるというシナリオが説得力を持つが、CO2貯留の場合は、CO2自身が駆動力(浮力)を有していて、かつ反応性をもつので、周囲環境の常に相互作用し複雑である。

 

Q8(益田):CO2削減不要という考え方もあるが、どう思うか?

A7:温暖化の科学の専門家ではないが、大気中のCO2濃度として5001000ppmが閾値となると考える。放置してリスクゼロとは言いがたい。

以上