エネルギー問題に発言する会 講演・座談会記録
平成16年7月28日
小笠原英雄
座談会テーマ
IAEA国際基準改定について
1.講演 平野光将氏(JNES総括参事、解析評価部長)
今回は、旧財団法人原子力発電技術機構の元理事、安全解析所長で、現在は独立行政法人原子力安全基盤機構の総括参事でいらっしゃる平野氏をお招きして、IAEAの国際安全基準とその改定の現状、日本の規制との関連について講演していただいた。氏はご承知のように、日本原子力研究所、NUPEC、JNESにおいて、確率論的安全解析・評価技術の開発と体制作りに携わってこられ、当分野における第一人者であると同時に、IAEAなどの国際機関や国際学会の運営にも日本代表として活躍してこられた。
(講演概要)
IAEAは1975年から1985年にかけて、SAG(Safety Advisory Group)を設置し、欧米原子力先進国の基準・指針類を参考にして、55点の安全指針(Safety Guide)を作成したが、1986年のチェルノブイリ事故を契機としてNUSSAG(Nuclear Safety
Standard Advisory Group)を設置しシビアアクシデントの取り扱いを明示的に取り込んだ原子力安全基準(NUSS:Nuclear
Safety Standards)として改訂版を策定した。前者は開発国向けの基準を意識したものであったが、NUSSは原子力先進国も関心を払うべきものとなっている。NUSSは安全原理、安全基準(政府組織、立地、設計、運転、品質保証)、安全指針、安全手引きの4階層のガイドラインとして構成された。1996年1月1日にIAEAの事務局体制が変わりNUSSAGはNUSSAC(Nuclear Safety Standard Advisory Committee:原子力安全基準諮問委員会)として新組織に移行しNUSS文書の審議及び原子力施設安全活動全般に関する助言を行うこととなった。現在は、安全原則(shallで記載されている要求事項)、安全要件(shallで記載されている 要求事項)及び安全指針(shouldで記載されている 勧告事項)より構成されており、以前の安全手引きに相当するものはタイミング良く発行、改訂が出来るように、国際合意の要らないTECDOC等の安全レポートの位置付けになった。また、RASSAC(Radiation Safety Standard Advisory Committee:放射線安全基準諮問委員会)、WASSAC(Radioactive
Waste Safety Standard Advisory Committee:放射性廃棄物安全基準諮問委員会)、TRANSSAC(Transport Safety Standard Advisory Committee:輸送安全基準諮問委員会)が設置されるとともに、4つの委員会を統括する親委員会としてACSS(Advisory Commission for Safety Standard:安全基準諮問委員会)も設置され広い分野を対象に、各分野間の整合性を取りながら改訂、補充を進めている。現在はAdvisoryのAを除いた呼称になっている。これらの委員会に対するわが国の対応としては経済産業省、文部科学省の課長級が委員として参加し、大学、研究機関、産業界の有識者の意見を反映するために、それぞれ(財)原子力安全研究協会などに国内対応委員会が組織されており、最終的にはJNESが意見の取り纏めを行っている。
次いで、IAEA安全基準全体の体系の説明があった。基準はテーマ別安全基準(Thematic Safety Standards)と施設に関する安全基準(Facility
Specific Safety Standards)に分かれており、前者は「I.法令上及び行政上の基盤」から「X.輸送安全」まで10のテーマに区分されている。後者は「A.原子力発電所:設計」、「B.原子力発電所:運転」、「C.研究炉」、「D.燃料サイクル施設」、「E.放射線関連施設」及び「F.廃棄物処理施設」の6区分である。
次いで、IAEAが2004年1月に発行したNS-R-3(Site Evaluation for Nuclear Installations)について、わが国の法令、指針類、民間規格との比較の解説があった。我が国の立地審査指針は許認可申請時の立地評価に特化した基準であるが、NS-R-3はプラント寿命期間を通した立地の維持基準的なもので、性能規定的な定性的要求である。今後の日本側の検討事項としては、立地評価におけるシビアアクシデント、確率論的評価手法等の取り扱いを明確にするなどの必要がある。
次いで、IAEA安全基準の国内への適用状況についてNS-R-1「原子力プラントの安全性:設計」を例に説明があった。要は、選定されたシビアアクシデントを含む、設計基準を超える特定の事故時におけるプラントの性能についても設計で考慮されなければならないとするもので、原子炉格納施設の安全審査上の取り扱いが問題となる。日本ではプラントごとのアクシデントマネジメント整備で対応しており、実態上は問題ないが、プラント輸出など国際の場での違和感が懸念されている。しかし我が国では体系的にIAEA基準にすべて合わせようとしているのではない。告示501号を廃止し性能基準に移行しようとしており、また省令62号を見直す過程で取り入れられるものは考えて行こうとしている。
2.質疑及び座談
○ (杉野氏)テロ対策はこのIAEAの要求事項には入っていないのか。核燃料物質の輸送ルート情報の公開などは制約されることになるのではないか。
A:現在の体系には入っていないが、IAEAの別の委員会でガイドラインをまとめている。我が国もそのガイドラインを尊重してテロ対策を検討しており、来年の通常国会には原子炉等規制法の改定案も上程されるであろう。原発でどの程度の脅威まで想定して対策するかについては、「設計基準脅威」のようなものを決めようとしている。「設計基準脅威」の設定のための検討をJNESも支援しており、設定された「設計基準脅威」に対する事業者の対策の妥当性評価も支援することになろう。
○
(林氏)IAEAの基準や指針は各国を拘束しないことになっているとは思うが、日本が受ける拘束のようなものが何かあるのか。
A.:拘束ではないがIAEAの運転管理等に関するレビューによる勧告がある。東電のシュラウド問題の時にIAEAから、かって東電炉をレビューした際に勧告した事が守られていないとのコメントがあったと思う。もっともこれは両者の見解の相違があり、どちらの言い分が妥当かは分からない。
○
(林氏)従来IAEAに無関心であった米国が最近変わってきたらしい。今後の動きとして拘束力のようなものが出てくることはないか。
A:ないと思うが、開発途上国は原子力安全・保安の上でIAEAの基準のような国際基準との整合性をきちんと取ってやっている。輸出の問題などでかかわってくるのではないか。
○
(林氏)シビアアクシデント対応については日本のプラントは国際会議の場で苦しい説明をしているが、行政指導による対応は一応認められているのではないか。
A:日本では平成4年5月の旧通産省の公益事業部通知で事業者にアクシデントマネジメント整備の要請が出て、2000年を目途に作業が行われた。実際は平成14年に全プラントの整備が終了したが、日本ほどちゃんとやっている国はないと思う。仏・独のEPRは炉心溶融対策で過重なコアキャッチャーを設備することとしているが。日本のプラントでも耐震クラスはAではないが多少の設備追加をしている。
○
(益田氏)AM対策にたいする具体的な要求はないのか、ISI頻度など。
A:そこまでの具体的な要求はない。ただし、TECDOCでgood exampleを紹介している。
○
(太組氏)「選択されたシビアアクシデント」とはなにか
A :「厳しい影響及び有意な確率の潜在的可能性を有するすべての起こりうる事象を、発電所設計によって対応できるように想定しなければならない」としている。
想定事象の一つとして要求されている。どのような事象を想定するかは、付録に例示が有る。
○
(荒井氏)バックフィットも問題になるが、中国への輸出対策も問題。中国の感覚は?
A:6年前の安全条約の国別報告書では、指針、基準はIAEAベースとしている。米国も中国の市場を狙っており、IAEAの基準を無視できないのではないか。
○
(伊藤氏)民間規定を入れた法規制体系全体が重要なので国の規格基準とIAEAの国際基準との比較論ではないはず。
A:そのとおりで、全体的に見てIAEAの基準との大きな矛盾については省令62号の改定で一応吸収しようとしている。ただし、省令62号はまず原子力安全委員会の設計審査指針との整合性が求められており、そこに記載の無いシビアアクシデント対策は入り難いのが現状である。
○
(益田氏)もともとIAEAの基準は欧米の法体系に近いのではないか。個別に見ると要求事項が細かすぎるところもある。
A:そのような見方もできる。我が国ではJEAC、JEAGに委ねられている部分が要求事項または勧告事項となっている。
○
(竹内氏)日本としては現行規制をある程度尊重する必要はないか。ある日突然変わるようだと現場は大変ではないか。
A:日本のやり方はどちらかと言うと突然切り替えるタイプ。告示501号を廃止して国としては性能規制化に動き、具体的な規制は学協会で作った民間規定に切り替えようとしている。米国は逆に徐々に変えてゆく方法をとっている。リスク情報活用規制採用の例では、1998年設定のRegulatory Guideでは今までのやり方をも認めて、確定論と確率論いずれでやっても良いことにしている。
○
(益田氏)IAEAの基準に合わせるとして、今までの規制との対比で「悪いとこ取り」になると問題である。
A:基準体系全体をIAEAに切り替えるようなことは考えていない。省令改定の際に、必要最小限の見直しをしてゆくがその方向性は性能規制化の方向であり、あまり心配はないと思う。
○
(竹内氏)シビアアクシデントの解釈の仕方で現場がこまるようなことは無いか懸念される。
○
(林氏)「発言する会」の観点からの要求事項はなにかないか。
○
(益田氏)国際化の方向に巧く持ってゆく必要はあろう。
○
(池亀氏)昔、スエーデンが防火について厳しい規制案を出したことがあったが、今ではあたりまえのことになっている。他人の言うことは良く聞く必要があるように思う。最後の調整は必要と思うが。
○
(荒井氏)IAEAの国際基準対応で原子力反対派の批判を招くことは避けなくてはならないだろう。
○
(小川氏)新しい規制体系ができたとして、国民に対して説明するのか?
A:直接説明することはないと思うが、国の施策、指針・基準の改訂等についてはPublic Commentを求めたり、公開討論会を開催することになっている。
○
(小川氏)IAEAの場で特定の国の事例が議論されることはあるのか。
A:米国の大停電や日本のJCO事故などが俎上に上がっている。日本のシュラウド問題もIAEAやOECD/NEAでは安全文化の問題として関心が持たれている。
○
(柴山氏)国の規格基準のみでなく、民間規定を込みにした整理が必要であろう。
○
(税所氏)なにも全体をIAEAに併せて体系化する必要はなかろう。
日時 平成16年7月21日(水) 15時〜17時
場所 NUPEC 6階会議室(虎ノ門4丁目MTビル)
出席者 天野牧男、荒井利治、池亀亮、石井正則、伊藤睦、今永隆、小笠原英雄、
小川博巳、神山弘章、西郷正雄、税所昭南、斎藤修、佐藤祥次、柴山哲男、杉野栄美、太組健児、竹内哲夫、土井彰、林勉、堀雅夫、益田恭尚、武藤正、
松永一郎 (敬称略、五十音順)