地球環境問題と原子力発電
(エネルギー問題に発言する会での座談会)
まえがき
今に限らず世の中には理解しにくい事が多いが、その中でもよく分からないのが、人々の環境問題における原子力発電の重要性の認識の欠如である。我が国の著名な環境問題の権威者が環境問題について発言される時、その解決の担い手が、太陽光発電や、風力発電など、いわゆる新エネルギーであるとは言われるが、原子力発電が解決の鍵とはされないどころか、それに触れる事もまれである。
我々の『エネルギー問題に発言する会』の座談会において、原子力発電が環境問題の解決に果たす役割の確認と、世の中のそれに対する理解のない理由について議論を行って、その解明を試みた。結論としては、はっきりした原因をつかめたわけではないが、原子力が重要な役割を果たすと考えている我々として、いわゆる環境団体等とフランクに接触を図り、相互に意見の交換を図ってみる事が重要ではないかという事になった。そこで適当な環境団体を探し、このグループの代表者と意見交換を計画する事となった。
文末に示す出席者で約2時間半にわたる討論が行われたが、個人個人の発言を並べるとなかなかまとまったものにならないので、項目ごとに集約したものとして報告する。座談会の面白さを表現出来なくて申し訳ないが、ご了承頂きたい。
尚今回は当会の会員ではあるが、東海大学教授で日本国際フォーラム理事の金子熊夫氏のご出席を頂いた。特に何処とは示していないが、国際問題、環境問題等について貴重なご発言を多々頂いた。ご多用中お時間を割いて頂いたことに感謝申し上げたい。
環境問題とは
20世紀に入ってからの産業の発展に伴い、地球環境に大きな変化があらわれてきた。 1900年から1985年までの間に、人口は3倍、実質GNPは21倍、エネルギー消費は15倍の増加を見た。人間の寿命の延び、化学物質の投入による農業の生産性の向上、エネルギー、鉱物資源の大量消費、合成化学物質の氾濫、大量輸送特に自動車の異常なほどの増加などが発生し、各種の公害が生活環境の悪化を齎して来ている。
この中で地球温暖化がおそらくこれからの環境に一番大きな影響を与えていくであろう。国際的な環境討議でも、この辺が焦点になっていて、必然的にCO2の削減が中心になっているので、ここでの環境問題とはCO2問題として取り上げる。
最近の我が国の環境は
1990年 2000年
温室効果ガス発生量 12億3333万トン 13億3200万トン
CO2 発生量 11億1946万トン 12億3700万トン
であって、京都議定書で我が国に課せられた、2008年から2012年の間の目標期間までに1990年のCO2発生量を6%減らすという目標と較べると、相当オーバーしている。
1990年から1999年までの部門別の増加割合を見ると下表左欄の通りであり、2000年度における部門別排出量の割合は右欄の通りである。
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増加の割合 |
排出量の部門別割合 |
産業部門 |
0.9% |
40.0% |
運輸部門 |
20.6% |
20.7% |
民生業務 |
22.2% |
12.3% |
ここで運輸部門は全体に対する割合が多いばかりでなく、その増加の割合も大きい。更に同部門の見通しによると、炭酸ガスの発生量の増加は止まらず、京都会議の目標時期までに、1990年の40%増加となると言われている。
我が国の環境対応
我が国ではそれまでの厚生省の公害対策部と国立公園の自然環境を管理する部局とを合体させ、庁に格上げして環境庁を作り,大石武一氏が初代長官になった。1960年末から70年にかけて環境庁を立ち上げる時、霞が関で激しい議論が行われた。通産省所掌のエネルギー、原子力や水産庁所掌の捕鯨について、環境庁が何も知らぬではまずいので、種々議論したが、通産省も水産庁も頑として環境庁が立ち入るのを拒み続けた。
一方環境庁側も水俣公害や自然公害を担当していたのではエネルギーや原子力のような大きな問題に手を出すだけの力はなく、問題点に警鐘を鳴らすぐらいしか出来なかった。Small is beautiful といったタイプの人達の集団となり、国際的な地球温暖化やエネルギー問題が議論出来るような人間はいない。ドイツでは環境大臣はトリッテンといい、グリーン・パーティの人間で、当然ながらこの問題には十分な見識がある。日本では国際的な環境問題を討議するにも、環境庁の官僚主導でしか対応できず、トップのリーダーが進んで取り組む形にはならなかった。こういったことや、設立時の経緯などから、環境庁の方から原子力の話を持ち出すような状況ではなく今日まで来ている。
この状態を解決するには、環境の問題についてエネルギー専門家も入った議論をする事が必要である。国連の下でエネルギー・電力・原子力・地球温暖化について議論する場が出来る事が好ましい。
京都会議(気候変動枠組条約第三回条約国会議、COP3)
地球規模の気候変動についての国際的な会議は1992年のブラジルでの地球サミットから始まったが、ヨーロッパの環境屋達が気候変動枠組条約の仕組みを、1990年というベルリンの壁の崩された、彼等に有利なドサクサの年を基準とした提案を持ち出してきた。第三回目の締約国会議COP3が京都で開催されるということで、日本もこれに積極的に参加したが、きちんとしたポリシーもなく取り組んだので、厳しい約束を上手く取り付けられてしまった。
他国の森林枠を購入する事で、5.5%はカバー出来るということでもあり、日本は6%の目標値を受け入れてしまったが、海外の森林枠で5.5%カバーさせ、実質は0.5%であっても達成する事は容易ではない。達成しなくても罰則はないが、第一期の約束が達成されなければ、第二期、第三期とその付けがついて廻る。
この会議で先進国には、高い目標が課せられたが、中国などを含む開発途上国には、目標がない。しかしこれからこういった国々からの炭酸ガスの発生が大きな問題になる。
また注意すべき事は、この気候変動条約で定められた事を、世界の国が例え遵守したとしても、地球環境が改善され、温暖化問題などが全て解決するものではない事である。この条約は環境の悪化にブレーキをかける事にはなっても、CO2は毎年どんどん排出されていて、環境の悪化が進んでいる事を忘れてはならない。100年、200年先のことまで考える必要がある。京都会議で決して十分というものではない。
こういった問題があり、国際的な激しいやり取りが舞台裏であったにせよ、我が国としても、出来るだけの努力をしていかなければならない事は事実で、そのための積極的な炭酸ガス削減の対応を取る必要がある。
我が国が排出しているCO2の量
2000年の日本の炭酸ガス排出量は12億3700万トンと発表されているが、これがどれくらいの量か,あまりはっきり理解されていない。
今我が国にある中型の石炭焚き火力発電所は60万KW位で、最も新しく磯子に作られた電源開発のプラントもその大きさであるが、そのプラントから一日に排出されるCO2の量が約一万トンである。一年に300日運転すると300万トン。これで日本全体の発生量を割ると、412という数字になる。すなわち我が国の1年間のCO2発生量は60万KWの石炭火力発電所412基分になる。
また発電所の排出ガスからのCO2の回収と液化とが成功して、これを大洋に捨てに行くとすると、毎日1万トンのタンカーが412隻必要になる。
我々が取り組まなければならない相手はまさに巨大な怪獣である。
環境関係者の言う対応策―自然エネルギー
環境関係の書籍を見ても、論説などにも環境問題解決のための対策として、必ずあげられるのが、自然エネルギーである。その代表的なものは太陽光発電と風力発電である。確かに完成した太陽光にしても風力発電にしても、自然のエネルギーによって、発電されていて、その推進を図る事は好ましい事である。しかし実際はそう簡単なものではない。通常電力は需要者の必要に応じて発電し供給するのであるが、この自然エネルギーのいずれも発電の方はあなた任せである。雲が出てくれば、発電量はすぐ低下する。風が止まるか、強風が吹けば風車は動かない。動かなければ発電はしない。この需要と供給とのアンバランスをどう調節するのか。容量が小さかったり、都会の近くなら未だ良い。大容量の送電システムに僅かな電力が入ってきても、現存の発電、送電システムに比較して僅かな変動なら吸収出来る。しかし容量が大きくなったり、周囲の電源の容量の小さいところでは、入力電力の変動を吸収する対策を考える必要があり、コスト的にも難しい問題が発生する。
グリーン・ピースが今度のCOP6で発電量の10%を主張していたが、その実現はそう簡単なものではないようである。
我が国において、太陽光発電協会の将来予測では2010年に482万KWとあり、風力発電も2003年までに56万KWほどの目標としている。その程度であれば送電系統への影響は少ないであろうが、一方その通り実現したとしても、その数字は設備容量であって、供給される電力は天候や風などによって大きく変動する為、炭酸ガス削減への寄与は確かに存在するが、貢献度が1%に達するのはかなり後の事と思われる。
原子力発電の出来る事
CO2の発生量の20%以上が運輸部門であり、先ほどの表現によれば60万KWの石炭火力の82基分にあたる。その量が膨大であるばかりでなく、今後も大幅な増加が見込まれている。
CO2の発生量を減少させるため、
1)電気自動車の採用によるガスの無排出と電源エネルギーの多様性化
2)天然ガス車へ転換により、長期的な資源性、ディーゼルエンジンからの微粒子やNOx対応
3)ハイブリッド車の開発による低燃費性
4)エタノール車による原料の多様性、ディーゼルエンジンからの微粒子やNOx対策
などが検討されているが、これらによる炭酸ガス発生量の削減は、それ程多くを期待出来ない。
本格的な運輸部門での炭酸ガス削減は、電気自動車の電気を原子力発電所から供給するか、水素を燃料とするエンジン、燃料電池の採用である。ただこの場合もその水素は原子力発電からの電気により作られたものでなければならない。
これらの場合でも、軽量、大容量、安価なバッテリーが未だ開発されていない事や、水素の場合、貯蔵設備が問題で、現在未だ実用できるまでに到っていない。水素貯蔵合金の開発が必要であるが、自動車業界のより積極的な開発努力が求められている。そういった技術的問題はあるにせよ、それらが解決されていけば、原子力発電所との組み合わせによって、相当に高い割合でCO2の発生を削減する事が出来る。
また1990年よりの10年間のCO2の排出量は、総発生量の10%余りであるが、これは 60万KWの石炭火力発電所41基分に当る。現在の原子力発電所の容量は120から130万KWであるので、これは原子力発電所20基程度になり、毎年2基完成させればよく、不可能な数字ではない。
環境関係者が原子力発電をと言わない理由
環境問題に対して、自然エネルギーが貢献出来る程度は、極めて限られたものである以上、頼れるものは原子力しかないにも拘わらず、環境関係者が敢えて原子力と言わないばかりでなく、次のような事例も報告されている。
かって著名な環境学者が環境庁から「原子力のPRをしないでくれ」と言われたという話がある。
数年前当会の荒井氏が環境学会の会合に出席したが、原子力について何の発言もなく関心もなかったといった不思議な現象がある。
又当会の白山教授が昨年オックスフォード大学の環境・社会・倫理のセミナーで『原子力は環境に良い』という解説を行った時、彼等からは『それは知っている。しかし私は原子力が嫌いなんだ』という返事が返ってきた。
原子力に対する感覚的な拒否反応は、日本だけではなく、何処へ行ってもかなり強いようである。
またヨーロッパの人たちも原子力には積極的ではないとの意見が一般的である。
こういった空気のなかで環境学者などが原子力は環境に良いなどと言うと、潰されるような風潮がある。
何故そうなったのか原因はあまり明確ではないが、基本的には原子力が初めて世に現われた時の負のイメージも相当大きな影響を与えているのであろう。そうだとすれば、原子力というものの社会におけるイメージチェンジが必要であるが、最近の原子力にまつわる問題は、原子力のイメージがより悪い方向に進みつつあり、その対策をとる事がより困難になっている。かなり時間をかけ何かイメージを変えるアプローチを考える必要がある。
原子力発電の意義とその理解を得る手段
今回のテーマではないが、原子力発電はエネルギー安全保障の面で極めて大きな役割を果たしてきた。来月か再来月ブッシュ大統領がイラクを攻撃でもすると、30年前に経験した石油ショックに近いものが再来するかもしれない。原子力が例え少々危険でもやらなければならないと言う意見すらある。原子力のもつ危険性と、ホルムズ海峡での問題から生じる危険性とどちらが大きいか、よく考えてみる必要がある。
原子力発電がCO2発生の削減に貢献する事は明らかである。120万KWの原子力発電所を同じ容量の石炭焚きの火力発電所と代替すれば、一日に2万トンCO2が減少し、年間に600万トン削減される。これは我が国の総発生量の約0.5%にあたる。現実の問題として火力発電所を原子力発電所に変更する事は不可能であるが、新設の発電所は全て原子力発電にする事は、先ず第一に着手するぐらいの対応が必要である。
こういった実情を理解してもらう為、又この有用な原子力発電を推進すべきだと言って頂けないまでも、何故彼等から「環境問題を救うものは原子力だ」との発言が出ないのかその理由を確かめる為、環境団体と会って意見を交わしてみたい。少なくとも年内に1,2の団体と会う努力をしたい。
結び
敢えて言うが今地球が直面している問題を少しでも解決するには、エネルギー分野における原子力発電の推進と、食料の分野における遺伝子操作の技術の活用しかないと思われる。この人類にとって白馬の騎士であり、最も救世主的な役割を果たすものが、面白い事にいずれも大きな偏見をもって見られている。
かって原子力の仕事を始めた頃、一人の先輩の言った言葉『パイオニアとは己を迫害する者の利益のために働く者だ』が今も忘れられない。
世の中から白い目で見られる中で、この仕事に手を下し、妨害されながらその推進のために努力をする。それによって少しでも地球環境が改善されれば、利益を受けるのは反対の運動や妨害を続けた人々の生活でもある。
しかしそれは我々にとっては、自らの信じる所へ進んできたという満足を、自らに与える事になるのだと考えている。この言葉を噛みしめながら、前進への努力を更に重ねて行きたい。
日時: 平成14年9月20日 (金) 14:30〜17:00
座長: 天野牧男、高橋英昭、石井正則
出席者: (敬称略、順不同)荒井利治、池亀亮、石井享、岩井正三、小川博巳、加藤洋明、金子熊夫、澤井定、柴山哲男、白山新平、杉野栄美、土井彰、林勉、益田恭尚、松永一郎、水町渉、