美浜3号機復水管破損事故に関する座談会
平成16年10月20日 エネルギー問題に発言する会
座長 武藤章、 書記 松岡強
平成16年8月9日に美浜3号機の復水配管が破損し、周りにいた5名の作業員が亡くなるという事故が発生しました。その経緯と原因等を関西電力より聞き、エネルギー問題を発言する会として間違った発信をしたりしないように正しい認識を得るために、また会としてなすべきことはないか等議論するために座談会を開催した。
関西電力(株)原子力事業本部安全技術グループ 永田匡尚 殿より「事故報告の中間とりまとめ案(平成16年9月27日原子力安全・保安院)を基に、事故概要の説明をお聞きした。
1.日時:2004年10月20日(水) 15:00〜17:00
2.場所:NUPEC虎ノ門4丁目MTビル6階会議室
3.出席者:(敬称略、順不同)天野、池亀、石川、益田、竹内、篠田、山崎、森、柴山、伊藤、荒井、土井、太組、和嶋、松永、小笠原、佐藤、小川、斎藤、岩井、松岡、武藤(章)、山名、松田、石井(正)、石井(陽)、川人、畑、金氏、今村、林、 特別出席者:天野(治)、永田
4.説明概要
破損は第4低圧給水加熱器から脱気器に行く2系統ある復水配管の内のA系統で流量オリフィスの下流近傍で発生。A系統とB系統ではエロ−ジョンの様相が異なる(A系では上部が大きく減肉、B系は全周にわたり減肉)がその理由は現状不明。
配管内面観察の結果、鱗片状模様を呈したエロージョン/コロージョンであった。
当該配管は炭素鋼(SB42)で口径558.8mmn肉厚10mmで、破損時の使用条件は約140℃×0.93MPaであった。材料のミルシートを確認したところ引張強度や材料成分に異常はなかった。水質管理も特に異常はなかった。
PWR管理指針に関しては、昭和58年に高浜2号機で湿分分離器のバランス管でエロ−ジョンが発生したので、昭和60年(1985)〜平成3年(1991)にかけてメーカに調査させていたところに、1986年に米国サリーで給水管破損事故が発生した。それで本格的にPWR管理指針を作成した。今回色々なデータを調べたがおおむね管理指針は妥当であった。
以上説明後、下記の質疑応答があった。
5.質疑応答
質問)一次系はなんら異常はなかったか。
回答)プラントは事故後正常に停止した。事故後給水ポンプが2台止まり、補助給水ポンプ2台が起動した。バックアップの給水ポンプも起動したがすぐに自動停止した。原子炉トリップ後タービン動の補助給水ポンプも起動した。主蒸気隔離弁が閉止後タービンバイパス弁から主蒸気逃がし弁に切り替わり、除熱を維持した。プラントは高温停止状態で安定した。DNBR等も解析で確認したが問題なかった。
質問)本当にキャビテーションではないか。
回答)内面の鱗片状の模様がエロ−ジョンコロージョンの証拠である。またキャビテーション係数をチェックしたがキャビテーションを起こす領域ではなかった。
質問)先行プラントで、ほとんど同一設計の高浜1,2号等は減肉が小さいのに、何故美浜3号だけ減肉が大きくなったのか。原因究明はしているか。
回答)何故他プラントに比べ美浜だけが減肉が大きくなったかは不明である。同じ美浜3号機でもA系とB系で減肉の様子が違うのかも分かっていない。
質問)出力運転中に作業員が入るのは以前からやっていたことか。
回答)タービン床は通常運転員が中央制御室に行くルートとなっており、特に通常運転から立ち入り規制はしていない。
以上の状況をふまえて、今後さらに「美浜問題」について「発言する会」として何らかの行動を取るかについて審議したが、特段に新しく論議すべき点もないので、当面静観することとした。
以上