座談会議事録

エネルギー問題に発言する会(文責:松岡強)

 

原子力安全委員会の「安全目標」と「リスク情報を活用した原子力安全規制の導入の基本方針」について

 

1.   日時:平成15年10月15日 14時〜16時40分

2.   場所:虎ノ門4丁目MTビル6階NUPEC会議室

3.   講師:阿部清治氏(日本原子力研究所東海研究所安全試験研究センタ―・センター長)

司会:松岡

4.   参加者(敬称略、順不同):林、福田、堀、山名、太組、小笠原、阿部、佐藤、松岡、荒井、斉藤、小川、松田、澤井、武藤(正)、西郷、加藤、松永、阿部、石井(正)、杉野、柴山、武藤(章)、岩井、饗場、天野、池亀、益田、平山、今永

5.   座談会概要

   原子力安全委員会から「安全目標に関する調査審議状況の中間とりまとめ」(コメント期限:12/4)および「リスク情報を活用した原子力安全規制の導入の基本方針について(案)」(コメント期限:10/25)についてパブリックコメントが出されている。この最近注目を集めつつあるリスク評価に関する2件のパブリックコメントに応じるために、その道の専門家である原研の阿部センター長殿からのご説明を伺い、質疑応答および討議を行い、十分に理解した上で、できるだけ多くの会員に投稿してもらおうというためにこの座談会を開いた。

5−1.講師説明概要(プロジェクターで配布資料<安全目標とリスク情報を活用した規制について>を基に説明)

@    安全目標策定の利点:規制活動の透明性向上、効率的規制や横断的評価の実施、効果的な国民との対話

A    安全目標:個人の平均急性死亡リスクとガンによる個人の平均死亡リスクを、それぞれ10−6人/年以下とする。このリスクは事故時の内的、外的事象を対象とするがテロは除く。

B    リスク情報活用の意義:安全規制の合理性・整合性・透明性の向上と規制資源の適正配分

C    リスク情報は多重防護を堅持し、決定論的評価に基づく規制を補完するために活用。当面は運転段階に導入し、将来は設計建設段階にも導入。

 

5−2.質疑応答、討論

@    リスク情報の基本方針についてはよくかかれているが、具体的な話でこのようなことをこうすると言うような事例はないか?――リスク評価結果の相対値を用いての検査間隔の合理化等はただちに考えられる。しかし、具体的にはこれから検討するものなので、基本方針に示されるものではない。

A    安全目標の検討委員会が原子力専門家だけで立地地域の代表が入っていないのは不思議だ。安全目標に対する理解活動を積極的にすべきだ。――安全委員会の安全目標は「施設周辺の公衆に対するリスク」が過大にならず、かつ適切に抑制されることが目的である。これと、立地地域の人や国民に「原子力関係者が信頼されるリスク」とは異なる。信頼されるリスクは小さなトラブルでも失われるが、小さなトラブルは公衆の健康リスクにはほとんど効かない。

B    定検時補修点検しているのは炉心熔融を避けるためからではなく、プラント停止にならないようにするためである。

C    原子力発電所のリスク評価をすると、内部事象のリスクより地震のリスクの方が支配的であることが多い。即ち、安全目標と比べるべきは地震のリスクになる可能性が高い。

D    そういった意味からも、耐震指針の見直しは重要。ただ、地震関係者は自身の専門だけで十分な安全確保を図りたいと思っているのではないか。実際には、地震に対する建屋・設備側の裕度まで含めて安全目標を満たせばよいはず。色々な分野(地震、環境、安全等)の人たちがお互いの垣根を払って協議して決めるべきだろう。

E    原子力だけがリスク、リスクといっても国民から納得されないであろう。他のリスク評価も行い比較すべきではないか。――他の分野のリスク評価も既に広く進められている。

F    安全目標についてはどれだけの合意形成ができた上で実施するのか。そのプロセスは。―――3ヶ月のパブリックコメントの上、安全委員会で再審議した後、トライアルユースになる。安全目標を決めるのに科学的技術的な面と公衆への納得性の面という2つの面があるが、科学的技術的な面で決めてそれを公衆に納得してもらうと言う手順が必要で、その逆はすべきでないと思っている。

G    安全目標を個人死亡率10−6人/年と定めているが、その説明に疾病によるものの合計7.1×10−3人/年、不慮の事故によるものの3.1×10−4人/年等と比較しているが分かりにくい。安全目標の10−6人/年と言うことは日本全体では1億人を乗じて100人/年の死亡者が出るということか。――安全目標は事故が生じた時一番近くの人の死亡確率であり、疾病や不慮の事故は日本全国の平均の値である。後者は日本の全人口1億人をかけると年間の死亡率が出るが、前者は事故時一番厳しい状態の人で、対象者は数人である(それ以外の日本人はほとんどゼロリスク)。同じ土俵の表現をすれば、安全目標の個人死亡率10−6人/年とは、原子力発電所の近くに1年間住んだ時に10−6の死亡リスクとなるということであり、これは、自動車に2時間乗った時、または飛行機1回乗った時の死亡リスクと同程度である。

 

H    安全目標の個人死亡率10−6人/年は我々原子力屋がよく使う炉心熔融確率で言うとどの程度か。――地震の場合とそれ以外で大きく違う。地震の場合は防災計画に及ぼす影響が大きく違う。個人死亡率10−6人/年は、内的事象の場合は、大雑把に言って、炉心熔融確率で10−4回/炉年、格納容器破損確率で10−5回/炉年程度になると思われる。

I    原子力事故で急性死亡があるとはとは信じられないがどういうシーケンスか。また原子力によるガンの死亡確率には直線近似を使っているのか。それは他の産業の死亡確率と比較する時は安全側過ぎて誤解を招かないか。――地震で炉心熔融・格納容器破損が生じ風向きが最悪の時に一人程度の急性死亡が計算上考えられる。ガン死亡には直線近似を使っている。現状では安全側に評価せざるを得なく、それでも、原子力内部の規制の合理性確保には問題ない。はっきりしたらその時修正する。

J    リスクを評価する時にはベニフィットも評価すべきではないか。原子力には多くのベニフィットがある。――定量的に入れるのはむつかしい。

K    欧米と日本での検討の程度はどう違うか。――物の考え方、リスク評価の根本の考え方、安全目標の概念構築の仕方は米国が進んでいるが、技術的な評価の仕方等では日本は遅れてはいない。

L    欧米は訴訟や保険のために、リスクを直視する環境があるが日本には無いのではないか。

 

5−3.まとめ

 原子力の安全規制等にリスクという概念を導入するの対しては皆異存ないものの、それが具体的に実行あるものになることを期待している。

また、わが国において、安全目標を定めて国民に分かりやすくリスクとういことについて説明することにはまだまだ地道な努力を続ける必要があり、我々が生活する際に存在するリスクという概念を原子力のリスクと比較できるように定着させて行く必要もあろう。

                                以上