チェルノブイリとTMIは日本で起こるか
(エネルギー問題に発言する会、座談会)
平成14年12月25日
昨年11月の浜岡原子力発電所の事故を皮切りとしその後発生した所謂「東電事件」に至る一連の原子力発電所に関するトラブルの報道において、TVや新聞と原子力安全・保安院の見解が真っ向から対立した。前者は安全に関る重大な事件として取り上げ、後者は安全には直接には関係しないと説明している。実際はどうなのか。
原子炉で安全性が危機に陥るのは、大規模の炉心損傷事故が発生して炉心に蓄積している放射性の核分裂生成物が外部に放出される危険が生じた場合である。発電用原子炉でこのような事故(最近ではシビアアクシデントと呼んでいる)が発生したのは、1979年3月に米国ペンシルバニア州で発生した「TMI事故」と1986年4月に旧ソ連のウクライナで発生した「チェルノブイリ事故」の2件を経験しており、特に後者は国境を超えて広範囲に亘る大規模な放射性物質の拡散とそれによる被害影響を引き起こした。従って、一般の方々はチェルノブイリのような事故を一番恐れているのである。冒頭に取り上げた最近の原子力発電に関る事故や事件がシビアアクシデントとどのような関係にあるのか、事故の質や程度、影響度合いにおいてどの程度「距離」があるのかについての議論は今まで展開されていない。
今回、当会では上記の「切り口」で専門家の議論が必要ではないかとの提案を受けて、題記のような座談会を試みた。
2.事故事例のレビュー
座談会に先立ち、過去に発生した「TMI事故」と「チェルノブイリ事故」について、事故の原因、経過、教訓を要約資料によりレビューした。
3.過去に発生した二つの事故の問題点と教訓について
○原子力安全委員会の「米国原子力発電所事故調査特別委員会報告(昭和54年9月)」等によると「TMI事故」の主な原因が6件挙げられているが逃がし安全弁の開固着(機器の故障)を除いて全て運転・管理面の人為事象と考えられ、この事故を契機としてヒューマンファクターの重要性が見直された。また日本の原子力安全委員会は52項目の対策を特定し安全基準、審査、設計、運転管理、防災、安全研究等に反映されているので、同じような事故は日本ではもう起きないと考えて良くはないか。尚、「TMI事故」では原子炉格納容器のお陰で一般公衆への大規模な放射線災害には至っていない。
○「チェルノブイリ事故」は旧ソ連製の黒鉛減速軽水冷却沸騰水型炉(RBMK型炉)で起こっており、この炉は安全性を犠牲にして原爆の材料である良質のプルトニウムの生産を兼ねた極めて特殊な設計の発電炉であることを重視すべきであろう。即ち、微濃縮ウランを用いた炉心であり、冷却材ボイド係数が正で且つその絶対値が大きく、低出力においては出力係数が正すなわち自己制御性がないという「危ない」原子炉である。さらに、緊急停止用の制御棒の挿入速度が極めて遅く、その上制御棒の低端部に黒鉛製のフォロワーがついているため、条件によっては制御棒の挿入によって正の反応度が印加される。事実運転員の炉停止操作によって暴走事故が発生した。IAEAはRBMK炉の改良を率先して指導し、欧州の原子力技術者を主体に安全性の改善が行われた。この事故は原子力発電史上最悪の事故で消防員を主体として31名の急性死亡と世界規模の放射能汚染をもたらした。
○チェル事故の被爆影響で、チェルノブイリ地区周辺の子供の甲状腺ガンが問題になったが、これが国境を超えて広範囲に亘る定説として認められるだけの科学的立証性は存在するのだろうか。これに対しては、ウクライナの辺りは食環境的によう素の摂取量が極単に少ないため元々甲状腺の障害の統計値は高かったと言う見解がある。今度の事故を契機に調査されて小児甲状腺ガンの実態が明確になったのであって、事故の影響のみではないのではないかとの議論もあるようだ。日本では、海に囲まれているので、平素昆布やワカメを食べており、状況は相当異なるとの意見もある。
○チェル事故については二次災害がどの程度拡大したかが問題なのではなくて、事故そのものの発生が問題である。RBMK炉の特性がどのように特別なものであったかについて、判りやすく説明したものが必要であろう。例えば「下り坂になるとブレーキが利かなくなる車」と言ったように。従って、日本で主に使っている発電炉とは基本的に異なった原子炉であり、技術的には直接参考にならない。
○「炉型が異なる」では済まないのではないか。欧州ではチェル事故後直ちに対策を始めたが、日本では原子力安全委員会の調査結果に基づく見解「安全規制について早急に改めるべきものはない」との判断もあり、約2年後の伊方発電所における「調整運転試験」でもめてから話題になった。その際は、日本の軽水炉はチェル炉と違うことをいくら説明しても理解してもらえなかった。
○一般の方は技術論では理解してもらえない。事故が起こっても大丈夫である、安心である必要がある。「TMI事故」は起こっても「大丈夫」であったし、大きな教訓であった。その教訓が「冷戦」の故にチェル炉に反映されなかったので「チェル事故」は起こったのである。チェル炉はもう改良されており事故を起こしたRBMK炉と同じものはもう作られていないのだから、忘れて良いのではないかとの意見もある。
○「TMI事故」の後、シビアアクシデントのような大事故は起こり得るぞと言うことになり、徹底的に反省し、その教訓を反映して今日に至っている。
○米国のB&W社製の炉では、TMI炉だけでなくDavis
Besse炉でも似たような事故が起きている。そのときには運転員がECCSを止めるようなことがなかったので、炉心熔融事故には発展しなかったが、W/H社の設計に較べて、多重性設計に差があるとか、かなりの相異があるのではないか。
○B&W社製のプラントは貫流型蒸気発生器を用いており動特性上応答が速い等の特徴があるが、NRCの基準は満たしており特別に安全上相違があるとは考えられていない。
○どんな小さなトラブルでも報告せよとよく言われる。見逃すと事故に繋がって行くと言われている。松浦原子力安全委員長も今回のトラブルで、小さな事故でも積み重ねると大きな事故に発展すると言っている。人間が絡めば必ずトラブルや事故は起きると言うべきであり、それを如何に防ぐか、何が出来るかが課題であろう。
○「TMI」や「チェル」を反省し、安全審査等に厳正に反映しており、同種のことはまず起こらないであろう。しかし、人間が介在することなので、及ばない場合はAMや防災対策で対応することにしているが、世代が変わると変わってくるのではないか。このため、この技術と体制を後世代に確実に継承することが大切である。今後の人材確保の問題は憂うべきものが考えられる。数日前の新聞記事によると、日航の機長適格者が減ってきており、引退者の再雇用も考えていると言う。今日の新聞によると、警察の検挙率が悪化し、主要5カ国中の最後から2番目となり、この十年の間で凶悪犯罪が倍増しているそうである。また、理工系のメーカー離れが進み(全体の1/3に減少の由)、筆頭はサービス産業だそうである。原子力の人材問題、教育の問題は心配である。将来、世代が変わるとどうか。自信が無い。
○従って、今後とも事故はあり得るとの前提で考えるべきではないか。原子力発電の安全性はシステムによって担保されているのであり、そのシステム作りをしっかりやる必要があろう。
○トラブルや事故は避けられないものであるが、それを克服することによって始めて技術の進歩や改善がもたらされると言えよう。「TMI」の教訓によって人為ミスを回避するシステムが構築されているはずである。「TMI事故」、「チェル事故」後やってきたことを国と事業者が判りやすく説明する必要がある。しかし、今のものは完璧ではないとの認識が常時必要であろう。
○しかし、POORな設計との印象を持たれているとすると、それは間違いである。プラントが製作された時点ではそのときの最適な設計で製作されたものであり、その後も技術の進歩や経験に基づく新知見を反映して対応してきている。技術開発の状況(材料やSCC対策等)についても説明する必要がある。この中には、日本の特殊性として耐震設計の問題、古いプラントへのバックフィットの問題を含める必要がある。またテロ対策も気になる。
4.最近の「浜岡事故」等のトラブルと「安全性」の関係
○最近起こっている事象は「TMI事故」や「チェル事故」とは結びつかないものである。「安全性」とは関係無いと今は言えるであろう。少なくとも、これらのトラブルと「TMI事故」とは差がありすぎる。
○再循環配管のひびなどは重要だとのはなしはあった(TVニュースでの解説)。
○安全上の重要度についてはINES(国際原子力事象評価尺度)で理解すれば良いのではないか。INESによる理解が一般に浸透しないのは発電所で発生している事象が殆ど「0」の周辺のみであるからではないであろうか。「0」レベルの中を、安心度に結びつくように、もっと細分化する必要があるのかもしれない。因みに、INESのレベルでは「TMI事故」は5、「チェル事故」は7であった。
○小さい事故(INESの)のレベルで対策しておけば大きな事故は発生しない。小さい事故で対策することが大切と考えている。大事故のうらには数多くの小さなトラブルや小因子が存在する(ハインリッヒの法則)。
○小さな事故で対策するのは良いが、日本では小さな事象で騒ぎ過ぎる。外国では問題にされないような細事を日本では騒ぐ(倫理問題と見られている例の「改竄」事件などは、外国では厳しく扱われるであろうが)。ジャーナリズムのこういった感受性の極端な相異について事例を以って提示してはどうか。
○また、不要な不安感を与えないため、事故の説明をもっと正確に表現してもらう必要を感じる場合がある。例えば、小さなバルブの漏洩事故の場合、単に「放射能漏れはなかった」と書くだけでなく、「この小弁は放射能を含まない二次系にあるため、当然放射能漏れはなかった」ともっと突っ込んだ、正確な表現にしてもらうのはどうか。
○INESのレベル「0」近傍の事象を一般の方に理解してもらう方法として、自動車事故と対比するようなことは出来ないか。
○自動車事故等との比較はWASH-1400に例があるように確率論でやることはできる。その際のデータベースが難しいが(日本のデータが無いので外国のものを用いている)、保険協会の資料なども利用できるかもしれない。現在一般に受入れられていると思われるものに天気予報(降水確率%等)がある。乗り物等と較べられると理解し易いかもしれない。
○いずれこれからは一般向けの説明についても確率論でやらないと理解されないであろう。
○原安協では、いま安全目標の議論を確率論を用いてやっている。
○確率論でやるとして、耐震の問題、バックフィット問題等はデータベースも含めて技術開発上の問題があろう。人為事象についてはフォールト・ツリーを作る際に人の介在を細かく分解してFTAを実施することで対応できる。
○確率論は、確率の数値そのものの絶対値を論じることは難しい。同一の手法で算出された数値を対比するためには有効な手段である。原子炉のシビアアクシデントの発生頻度がよく隕石の衝突確率と比較される。
5.福島I-1の格納容器の漏洩試験問題について
○今回の格納容器の漏洩試験トラブルは、一般には検査の本質を歪めるものとして犯罪 であるとの認識がある。一体動機は何なのか。(この時点では十分な情報が入手できない状態で議論をすることになった)
○巨大体積の漏洩率の測定は温度の変化もあり、大変難しい。前回の測定と異なった結果になったため、対策に苦慮したためではないか。
○測定値が制限値である0.5%/dayより大きかったため、その日の内に合格する必要があり、「なじむ」までの時間が待てなくて、誰かが報じられているような対策を指示する羽目になったのではないか。時間経過にしたがって、「なじみ」により漏洩率計測値は下がってくるらしい。
○いずれ水封される場所であったらしいが、閉止板をとりつけたのは言語道断である。格納容器に付いている約400個の弁を保守することにより、その後は問題は起こっていないようだ。
○2回(2年)続けてやったのは悪質である。
○弁は弁業者が電力会社の直接契約関係で担当しているため、原子炉メーカーが手を出すことは不可能である。一方、漏洩試験の方は原子炉メーカーの責任であるため、これら全体の責任体制について問題があった。このことは説明をすることによって関係者に良く理解して頂いたようである。
○漏洩率試験にのみしわ寄せした議論はおかしくはないか。安全解析には確かに0.5%/dayを使っているがこの値が安全評価の上でどのような意味を持つかについてよく理解する必要がある。また、基準値と実測値がどの程度違っていたのか、どう対策したのか知りたいところである。どのような小さなトラブルでも、まず運転を止めれば良いと言う考え方では原子力発電事業は成立しない。
○今回の一連の事件においても、大部分のエンジニアは真面目に頑張ってやっているのである。このように電力の安定供給と原子力を守っている人を評価して感謝する風土が必要だと思う。そうでないと原子力をやろうと言う優秀な人材がいなくなる。
○立会検査が儀式化しているのも問題である。立会検査において、最初の測定で不合格になっても良いはずである。それを補修する時間が待てないことが問題であろう。米国では、20日で定期検査を終わっている。他の海外の状況はどうなのか。検査の機器毎の頻度はどうなのか、調べてみてはどうか。
6.結び
最近起こっている原子力発電所のトラブルと「TMI事故」「チェルノブイリ事故」の対比については、両者の安全重要度上の「格差」があまりに大きいこともあり、また時間不足も手伝って、議論が十分に尽くされなかったことは残念であった。このため、浜岡発電所で起こった高圧注水系の破断事故、炉容器低部の漏洩事故、福島発電所等でも見つかった炉心シュラウドのひび、再循環配管のひび、検査データに関する不正問題、また格納容器漏洩試験に関する不正問題がそれぞれシビアアクシデントとどのような関係にあるのか、やさしく解きほぐすことを意図したが果たせなかった。また、維持基準の位置付けについてもふれることができなかったことは残念であり、機会を改めて別途議論を深めることが必要である。
本座談会の結論として以下のことが挙げられよう。
(1)「チェル事故」は炉心特性の著しく異なった炉の事故であり、日本の発電所では起こり得ないと考えられるし、これを一般向けにわかりやすく説明する必要がある。
(2)「TMI事故」からは、人為事象対策等有用な教訓を得、規制から運転管理、防災に至る原子力発電に関する全ての事項の見直しに反映されており、まず同類の事故は発生しないものと考えられる。この事についても、一般向けのわかりやすい説明が肝要である。但し、事故は起こり得るものとして、小事故の対策に万全を期し、大事故に至らぬように不断の努力を継続する事が肝心である。
(3)最近日本の原子力発電所で起こっているトラブルはシビアアクシデントに発展するポテンシャルは極めて小さく、安全性評価に直接影響を与えるものではない。事故等に関する安全重要度は国際評価尺度INESで評価すれば良いが、殆どの事象が「0」レベルであるのでその中を細分化して判りやすくする必要があるのではないか。
(4)福島原子力発電所で起きた格納容器の漏洩試験に関する不正行為は遺憾であった。しかし、立会検査が一部儀式化していることや検査の進め方等に工夫の余地があり、定期検査の合理化の中で改善の必要があると思われる。
7.記録
○日時:平成14年11月20日(水)14:30-17:00
○
出席者:(敬称略、五十音順)阿部進、天野牧男、荒井利治、池亀亮、石井正則、岩井正三、小笠原英雄、菊地幸司、澤井定、篠田度、杉野栄美、土井彰、林勉、益田恭尚、松岡強、松田泰、松永一郎、
○座長:篠田度、小笠原英雄