第14話 

自らの首を絞める愚かさ

エネルギー問題に発言する会

                                    天野牧男

 

週刊金曜日のインタービュー

 

先月『週刊金曜日』という週刊誌から、インタビューの申し込みがありました。「アンダークラッド・クラッキング」について聞きたいというものでした。この週刊誌については、その記事に相当な偏りがあるという批判があって、インタビューは受けないようにとの意見を言う人もありましたが、筆者の属している「エネルギー問題に発言する会」の趣旨も、マスコミに対して正確な情報を提供しようと言うものでもあり、インタビューを受けきちんとした情報を提供しようと考え、受ける事としました。

インタビューが始まって見ると、既にかなり調査がなされていて、そこでの話を記者が考えている話の筋にはめ込もうという感じをかなり強く受けましたが、ともかくその時点で行われ対処した事実を、記憶している限り話をしました。質問に対しても極めて誠実に、可能な限り正確に答えた積りでありました。

 

作りあげられたスクープ記事

 

数日前、この週刊誌8月8日号に筆者の受けたインタービューに関する記事が出たと言って、知人からその記事が送られて来ました。こういった週刊誌の取る当然のやり方かもしれませんが、その見出しが大変です。ページの三分の一以上の大見出しで、「スクープ まだ隠されていた欠陥原発」とあります。本文にもあるようにこのアンダークラッド・クラッキングは昭和45年末に発見されたものです。この現象はこの時初めて分った物であったので、国際的な検討会議を持ち、各国の専門家が協力して、その発生原因、機器に与える影響などについての極めて綿密な共同作業が行われましたし、勿論公表もされています。この週刊誌ではこういった記事でもスクープなのですね。

筆者もその研究の一部を担当し、他のメーカーとも情報を交換しながら研究を進め、明快に原因や、対応を提示し、この共同作業の推進に協力する事が出来ました。これ等が国際的な共同作業で進められた事から分るように、最初から全く問題をオープンにして進めており、結論のまとめも、この研究のスポンサー役をやってくれたWRC 米国溶接協会の機関紙に発表されました。当時の国内の関係者もその情報は周知の事でありました。それが「まだ隠されていた」という見出しは、どう考えてもひどい表現です。

こういった恣意的なロジックの作り上げは、本文の各所に見られます。筆者の発言「この問題を聞いてすぐ、大きな問題になりっこないと言う確信があった」この一言を取り上げて、一メーカーの一技術者の直感に原発の安全性がゆだねられた期間があった事になる。こんな事でいいのか、というストーリーを作り上げています。勿論これは筆者一人の意見ではなく、筆者にこの情報を伝えてくれたエキスパートも,わが国の関係者も同じ意見でありましたし、世界のどの発電所でも、このためにプラントを止めたところは一つもありませんでした。

この後にも科学評論家の田中三彦氏の発言が載せられています。「圧力容器は無欠陥が大前提です」とありますが、原子力発電所の設計に携わった人が、例えば我が国の通商産業省の技術基準にも溶接部に許容する欠陥があることをご存じないのでありましょうか。基準そのものは、ある程度の、これはきちんと規定されていますが、そういった欠陥があっても、その機器の安全には全く問題がない様に基準そのものが作られています。

田中氏の発言はさらに、「全米溶接協会の報告書は、国外の、それも一民間組織が出した研究結果です。そんな報告書に安全性をたよるのは論外です」と言っています。外部に対してこういった発言をなさるなら、内容を見てから言われるべきではないでしょうか。全米溶接協会WRCの権威がお分かりにならないのも困ったものですが、特にこの国際的な共同研究は、世界的な権威者が精力的に実験や、検討を行い、それを持ち寄って充分な議論が行われた後、まとめられたものです。国外の民間組織が駄目なら、ASMEはどうなるのですか。ASMEは米国機会学会で、技術者の集まって作った私的な団体です。そこで作られた圧力容器等に関する規則が、米国の原子力発電所の建設に適用される、規則になっています。この規則の考え方は、我が国の安全基準にも大幅に適用されています。この民間組織云々も誠に非見識なご発言だし、それをそのまま後生大事にお出しになる、週刊金曜日もその程度のものなのでしょうか。

又彼の文章の中に『ECCSが働いた時、加圧熱衝撃という現象で瞬間的に割れる「脆性破壊」を起こす恐れがあります』とあります。この問題については綿密な解析が行われていて、どうやっても脆性破壊が起きない事が、検証されています。破壊する恐れがあるというなら、こういうプロセスを踏むから、破壊するのだと言うことを、現在認知されている、納得できる科学技術をベースとして証明していただきたい。恐れがあるという一言で、読者に疑念を与えるような発言は極めて無責任ではないでしょうか。

こういう恐れがあるから、どうしろと言うのか分りませんが、若し原子力発電所を止めろといわれるなら、後で述べるような覚悟を十分にして行って欲しいものです。

この他にも何を言いたいのか分らないところを散見しますが、まともに論議する気が起きないようなところが多いのでこれ位にしておきます。ただ最後に伴氏の「無視しうるひび割れかどうか、最新の科学的な知見に基づいて慎重に検証しないと、大事故が起きてからでは手遅れです」とありました。このアンダークラッド・クラッキングの解析に使った手法は、現在の知見でも充分確認された手法であり、論文を見た人にはお分かりと思うが、充分な検証がなされています。とすればこのおどろおどろしい記事は、一体何のためのものか、その意図がさらに不明確なものであります。

 

原子力発電所の持つ役割と能力

 

ところで筆者がこの記事を取り上げたのは、記事の内容もさることながら、こういったアプローチがどういう意図で書かれていて、それがどういった問題をもたらすかについて少し述べたかったからであります。

21世紀でもっとも重要であると思われるものは人口の急激な増加です。いろいろな報告がありますが、今世紀の半ばには100億人になるという見通しは、かなり確度の高いものであると見られています。この人口を抱えた地球上には、いろいろな問題が発生します。食料の供給、エネルギーの確保、地球の環境の維持など数え上げればきりがないと思います。これだけの人口が、人類が覚えてしまった高い生活水準を維持しようとするためには、人類が開発した技術を、上手に活用する以外に手はありません。食料の維持には恐らく遺伝子の技術が重要な役割を果たすでありましょうし、エネルギーでは原子力エネルギーに依存する以外道がない事は、今此処でその根拠を論じなくても明らかであります。

人類の知識や技術が、この時期に原子核という、従来の化学的な反応から発生するエネルギーを利用して来た時代から、原子核の分裂によって発生する膨大なエネルギーを有効に利用できるようになった事は、20世紀最大の功績の一つであります。しかも20世紀後半から大量の物質や、エネルギーを使うようになったため生ずるようになった、地球環境を悪化させないためにも、このエネルギーを活用するのが極めて重要です。この技術はどう考えても、急激な人口の増大を抑制する術を知らない現在の人類にとって、救いの主であり、白馬の騎士であります。

 

自らの首を絞める愚かさ

 

先ほどの週刊金曜日の特集記事もそうですが、最近の原子力発電所に対する、充分に検討もしないで、ただ危険だ危険だと言う発言は、本当に困ったものだと思います。

原子力発電所を計画し、建設し、運転する方は綿密な解析を行い詳細なレポートをまとめています。いい加減なアプローチで安全だといっているわけでは全くありません。危険で危ないと言われるのならば、何故そうなるかを綿密に検討し、理論的に納得できるものをご提出いただきたい。それがなくて原子力発電を停止したり、今後の開発を妨げる事は、国家に対しても、人類に対しても重大な罪に当るような行為を行っていると言っても過言ではありません。それによって生じる、環境の悪化や、エネルギーの不足、価格の高騰はそういった方々の上にも降りかかってくるものである事をご認識いただきたい。このことは全く自分でご自身の首を絞める行為であります。

 

新しい技術の開発

 

新しい技術や、大容量のエネルギーに対して、関係者の真剣な、誠実な対応は最も必要であります。その途上には何らかの問題が発生する事もあります。そういった物を極めて早期に発見し対応する事は、そのシステムの安全性を高める役割を果たします。このアンダークラッド・クラッキングの問題は、ことは小さいものでしたが、解決のための対応のあり方はまさに、そういった役割りを果たした典型的な例であったと思っています。

又アメリカの技術主導の下で進められて来た軽水炉の開発において、この問題の解決に果たした日本の技術者の貢献は極めて高いものがありました。この国際的な共同研究は我が国の研究レベルの高さを、海外に知らせるいい機会でもありました。