原発反対の風潮の広がりを憂う 第17話
自らの首を絞める愚かさ その3−田中三彦氏の『世界』の記事
エネルギー問題に発言する会
天野 牧男
驚いた事に岩波書店の「世界」に『原発に隠されたもう一つの欠陥』という田中三彦氏の記事が載りました。これは先に出版された「週刊金曜日」の2回の記事に続くものでありますが、相も変わらぬ意図的な虚偽の多い内容であります。特にアンダークラッド・クラッキング(UCC)があるかないかのアンケートの回答をするに際し、それが回答者に不利な結果を及ぼさないような配慮がなされたに違いないというくだりがあったのには唖然とさせられました。これは真剣にこの重要な機器のエンジニアリングや製作にあったって来た技術者達に対する極めて重大な冒涜であります。
『セカイ』の記事の隠せない虚偽
先日我々の会の関係者から、「アンダークラッド・クラッキング(UCC)についての田中三彦氏の記事が『セカイ』に載っています」という連絡がありました。田中氏がこのことについて、まとめて発表したいとは、ご本人がそう書いていましたから、ああそうかという感じでしたし、『セカイ』ってどんな雑誌なのだろうかと思った程度でした。その後その記事の写しを見せられて、その『セカイ』があの岩波書店の『世界』平成16年1月号であったのを知ったときはちょっと驚きました。
驚いた理由は『世界』は我々が20歳代の青年であった昭和20年代には、日本の世論をリードするような雑誌だったからです。そのような雑誌この田中氏の記事が掲載されるとは、隔世の感を禁じ得ませんでした。最近の『世界』誌は全く読んでいませんので、感じだけの話ですが、こんなにも変わるものかと思う感がしきりです。
ところで『世界』の記事ですが、先の『週刊金曜日』の記事(平成15年8月8,15日合併号)ほどのどぎつさはありませんが、「原発に隠されたもう一つの欠陥」という表題とか、スクープとかいう言葉が見られます。ここで取り上げられている、アンダークラッド・クラッキング(UCC)については、先に筆者が我々の会、エネルギー問題に発言する会のホームページ「原発反対の風潮の広がりを憂う」第14,15話「自らの首を絞める愚かさ」正、続で述べたとおりですが、この問題を隠そうなどと考えた事もありませんし、そのような事をしたことはありません。この検討について田中氏は米国の『ウエルディング・リサーチ・インスティチュート』(WRC)のブリティンの記事を取り上げています。これはペンスとヴィンキィアーの二人で書いたものですが、そこで述べられているすべては当時の世界のこの問題に関係者のほとんどが関与した、国際的な共同作業、タスクグループの検討結果であり、その会合の中で意見を、この二人の著者が集約し、論文に纏めたものです。
このタスクグループの長はサウスウェスト・リサーチ・インスティテュートのワイリー氏で、アメリカのこの分野のまさにリーダーと言える人でありました。この下に5つのグループが出来、夫々検討、実験を分担しました。残留応力に関するグループのグループ長は筆者が担当しました。国際会議の、サブグループとはいえチェアマンを引き受けるのは、当時のことでしたから、かなり重荷かと考えましたが、担当する人たちの大変な努力で、いい検討結果を提出、報告する事が出来ました。
共同作業の中でこの応力測定は石川島播磨重工が主として担当して、実験的に解明し、その応力パターンを作り上げました。少し後の事になりますが、これを残留応力の測定を中心として解析した内容「材料の化学成分が割れ感受性に及ぼす影響」と「アンダークラッド・クラッキングの活性の機構」との2編の論文にまとめ、米国機会学会(ASME)に投稿しました。筆者と実際にこの研究を遂行した岡林、粂という2人の技術者との連名によってです。この論文は『ASME』の1976年10月号のトランザクション(研究報告書)に掲載されました。掲載されたばかりでなく、この2編の論文がその年の冶金部門の最優秀論文に選出されました。『ASME』からもらったのは表彰状一枚ですが、我々の研究内容が評価されたという意味では、意義のあることであったと思っています。
この時期、原子力発電所の建設は電力会社から、アメリカのGEとウエスティングハウスとがプライムコントラクターとして受注していましたので、適用規則は日本の通産省の基準と、ASMEとの二重規格になっていました。したがってASMEは今よりもっと身近にあって、関係者はこれ等の資料には皆目を通していたものでした。こういった事実があるにもかかわらず、隠されたとか、スクープとか言われる真意はどこにあるのでしょうか。
今回の『世界』の表題も、ただ何も知らない読者に、ああまた原発はこんな事をやっているのかと、誤まった印象をあたえるためのものでしかありません。非常に遺憾な記事だと言わざるをえません。
正しく回答したメーカーとそれを否定する田中三彦氏
「世界」の記事の中で紹介する次のくだりには、当初どういうつもりで言っているのか、一寸目を疑う思いでありました。「紀要一九七による『安全宣言』!」という四番目の節のところです。この一つ前に「WRCのアンケートとその結果」という節があり、次の記述があります。
「71年秋に国際的なタスクグループをつくり大がかりな調査に乗り出した。・・・。さてUCC問題に対するWRCの調査のハイライトは、前述のタスグループの中の原発関連メーカー13社に配布された『アンケート』だろう。・・・そのアンケートは、各メーカーに、これまで原子力圧力容器に『どのような鋼を使ってきたか』『どのようにステンレス・クラッドをほどこしてきたか』『それは何層盛りだったか』『クラックは生じたか』などを、詳細に回答するように求めている」
このことは全くその通りで、すべてのメーカーから回答が集められました。当時原子炉圧力容器のメーカーはアメリカにバブコック・アンド・ウイルコックス社とコンバッション・エンジニアリング社、CB&I社の3社、日本は石川島播磨重工業、バブコック日立、三菱重工業の3社、後ヨーロッパではロッテルダム・ドライドック社、クルゾロワール社、ロールス・ロイス社の3社があり、アメリカのウエスティング社は蒸気発生器を作っていましたが、その胴体部を作る方法は原子炉圧力容器とほぼ同様な手法がとられていましたことから、回答に参加していました。
その回答の一番のポイントは、アンケートのクラックは生じているかという問いでありますが、これに対応するため、試験板の肉盛溶接部を削り取って、母材の面に磁粉探傷試験と液体探傷浸透試験などの検査を行って、UCCの存在を確か、発見されればYES、なければNOと回答します。
問題はこのあとの「紀要一九七による『安全宣言』!」の節であります。ここでWRCの中に、粒界分離UCCが存在しても、その原子力発電所には安全上問題がないという記事が紹介されており、田中氏はこれをWRCによる安全宣言だとしています。そして「WRCからのこの程度の配慮がなければ、とてもアンケートで「YES」などと回答できるものでないだろうから、なんと言うあうんの呼吸!ということかもしれない」とあります。
回答を求められたメーカーに、WRCからUCCがあっても問題にならないという結論を出すから本当のことを報告するようにと伝えたというのであります。さらにメーカーはそういう安心感がなければ、UCCがあるとは言えないだろうから、こうしたに違いないという事のようです。
筆者は当時石川島播磨重工業の原子力部門でこの圧力容器関係の責任者をやっていましたが、田中氏が述べているようなWRCからの「ご親切な」連絡はありませんでした。勿論全くこんなことは、念頭の何処にも思い浮かばない事でした。
この試験板の調査だけでなく、使用された材料や溶接方法など関連するデーターの収集整理は、ラウンド・ロビンのグループでグループ長はウエスティングハウスのランダーマン氏でした。関係各社への問い合わせは、71年秋、タスクグループが出来て間もなくなされました。またペンスとヴィンキィアーが報告を纏めたのは、73年9月にオークリッジで第二回の会合があって、意見が集約された後のことです。WRCのブリティンな発行は74年の8月です。どうして田中氏の言うような事が出来るのですか。
1972年までには石川島播磨重工業は原子炉圧力容器を2基納めただけでしたが、報告した試験板の数は13件で最も多い部類にありました。
この時石川島播磨重工業からは残っていた溶接クラッドの試験板と、いろいろな方法でクラッド溶接した場合の結果が報告されています。
このアンケートに対し「YES」の回答をしたメーカーは石川島播磨重工業を加えて全部で6社ありました。この田中氏の記事は最後に「かもしれない」と逃げていますが、これは読者に、メーカーの方では全くしてもいない、また考えもしていないことであるにもかかわらず、意図的な虚偽の回答をしていると思わせようとするもので、きちんと対応しているメーカーを著しく侮辱するものであります。
UCC国際タスクグループの意義
このUCCの問題が発生した時、各国の技術者が同じ問題に取り組んで、分担して解析や実験を行い、その結果を持ち寄って討議するということは非常に意義のあることでした。内容が充実したものであるだけでなく、技術者が相互に知り合い、高いレベルの技術水準を確認し合えました。この時の検討は、我が国のこの分野での技術の高さを国際的に示したということで、とくに日本にとってはより以上の意義がありました。
当初は原子力発電、特に軽水炉では完全に米国がリードし、その主導の下で進められて来ていました。我々はそれを学び、いかにして自家薬籠中のものにするかが最大の課題でありました。
このUCCでの最大の関心事はどうしてこのような、技術的に興味深い現象が起きるかでした。先に述べたASMEに投稿した論文の内容がそれに対する明白な回答でしたが、日本からの報告がこういった検討をリードするものになったということは、米国主導でスタートしたこの技術に、日本が少しずつ追いつき出し、それが国際的にも認められだした、きっかけともなりました。
最近建設される沸騰水型原子力発電所はABWR型になっていますが、これはGEが開発した沸騰水型の原子力発電所を、日本のメーカー、東芝と日立とが東京電力と共同して研究し、設計して、安全性、コスト、運転の容易さなど全面的な改善が図られ、世界をリードするようになってきました。こういった動きへの第一歩という重要な役割を、このUCCの国際共同検討は果たす事になってくれたのです。極めて意義のあることでありました。
発言には責任を
この世界の91ページに「田中のコメント」として載って記事に「天野氏は私的なウエッブサイトに反論を掲載し、『週刊金曜日』と伊田氏と私を激しく批判した」とありました。しかし何を批判したかが全く書かれてありません。
筆者が批判した最初のものは、『週刊金曜日』のその見出しのおどろおどろしさです。スクープと打ち出したところに、「まだ隠されていた欠陥原発」という大きな白抜きの活字が踊り、「福島第一原子力発電所1号機などの原子炉圧力容器が、製造当初からひび割れしていた可能性が本誌の取材で明らかになった。圧力容器は、貯めた水の中でウラン燃料が核分裂をおこしている、原発の心臓部。炉心が溶けて放射性物質が飛び散るなど、極めて深刻な事故に結びつく欠陥だと指摘する専門家もいる」とこれも白抜きで印刷されています。
国際的なタスクグループで膨大で周密な検討を行い、どんな条件下でもUCCが圧力容器の破断につながることはないと、明白な結論を出しているのに、それでも大事故につながると言うなら、その根拠を示してはっきり回答する必要があります。それがないかぎり、田中氏の記事のすべてが表題と同様に、いろいろな現象の言葉だけを並べて、一般の人にただ恐れをかき立てようとするだけのものでしかありません。このことは我が国にとって、その将来に極めて重要な意味を持つ原子力発電所の建設や運転を、妨害しようというもので、責任は極めて大きいと言わざるをえません。
原子力発電にも問題があることは事実であって、昨年もいろいろな指摘がありました。本当の問題に対する指摘はむしろ歓迎して受け止め、その改善に努めるべきものと考えます。しかしありもしないことを述べ立てて、いたずらに原子力発電に対する否定的な感情の掻き立てを計るやり方は、きわめて卑劣であり、許されるべき行動ではありません。