第四話 情報公開は失敗を生かす
エネルギー問題に発言する会 天野 牧男 筆者の年の性もありますが、いまそこへ置いた眼鏡がない。おかしいおかしいと探し回って、ひょいと自分の顔に触ってみると、そこに眼鏡があったなどという事が時々あります。今パソコンでこの文章を打ち込んでいますが、何回やっても間違いますし、何度も見直してもういいだろうとプリントしてみると、またあちらこちらにミスが見つかります。
こういう間違いをするのは、こちらが凡人だからかと思うと、どうもそうでもないようです。いま日本の碁打ちの中で、一番の打ち手は誰かというと、まず七から八割方趙治勲と言う返事が返って来るでしょう。彼は少し前まで大三冠と言われていて、六つある大きなタイトルの中の、序列が上から棋聖、名人、本因坊とあるこの三つを独り占めしていました。いまは一寸調子を落として、少し下の王座と言うタイトル一つになっていますが、実力一番と言う評価は落ちていません。
その彼がある時対談の席で、 「碁とゴルフとには非常に共通点がある。」 と言い出しました。趙王座はゴルフが好きでまた相当な腕のようです。シングルという話もありました。その彼が
「碁もゴルフもミスのゲームだ。」 と言うのです。かなり前に読んだ対談なので彼の言った言葉を正確には覚えていませんが、従っていかにミスの出る事を前提として対応し、結果としてミスを減らすことが、勝に繋げる事になるというものだったように記憶しています。
ミスが避けられないというのは、我々のようなへぼ碁は兎も角、碁界での第一人者の言葉だけに、深く心に残るものがありました。 つい先日行われた横浜市長選挙で現職それも四選を目指した高秀氏を、大方の予想を尻目に弱冠37歳の中田宏氏が当選した事は、まだ記憶に新しい事と思います。現職の知事は共産党と自由党を除いた殆ど全部の党からの推薦を受け、一方の中田氏は一切既成政党からの支持求めませんでした。
その彼を支えた横浜市民の心を捕らえたものは、彼が最も標榜した情報公開でありました。勿論これだけでない事は明らかですが、すべてをオープンにして市制を進めていくという表明が、強い吸引力になった事は間違いないと思います。
企業の経営でも、内部の透明性のない企業は、これから次々に淘汰されていく事は間違いありません。最近問題を起した多くの企業は、雪印食品を始めとして、内部の情報が、滞ってトップにまで上がっていなかったケースが数多く報告されています。社長や代議士が「私は全く聞いていなかった、管理責任はとるが、その行為については、私は関知しない。」という弁明が、今あちこちで飛び交っています。聞いていなければ責任がないのでしょうか。
いろいろな問題が、特に悪ければ悪いほどトップに届くように、普段からしておく事が、社長や秘書を持つ代議士の責任であるという重大な事がわかっていないのにはあきれざるを得ません。社内とか、自分達の集団がより優れた活動をするためには、今ある問題点を改善する事が、最善の道であり、それ以外に実際に効果のある方法というのはそう簡単に得られるものではありません。
TQCは我が国の品質管理システムの改善に大きな役割を果たしましたが、このTQCがまず行う事は、現在やっている事の中にある問題点の発見です。何が何処が悪いかがわかれば、それをなおせば、改善が図られるわけで、ファクト・ファインディングがその第一歩として、非常に重要視されています。
経営で一番問題なのはある日突然、ある事実があらわれる事です。決算役員会の前日に「社長実は利益が大幅に悪化しています。」と言われてももうどうする事も出来ません。もっと早くから、一年先、二年先の経営の見通しがおかしいと言う報告が上がっていれば、相当な対処が出来ます。経営の透明性はその企業のトップにとって最も大切な事であるのに、下手に報告すれば怒られるだけだと、ひたすら隠せるだけ隠し、ぎりぎりどうにもならなくなるまで表に出さないという傾向が、かなりある事は事実です。
高度成長の時は何か失敗があっても、比較的容易にリカバリーが出来ました。今はそうは行きません。一寸した失敗でも、一度隠しておくと、それが何時まで経っても回復出来るどころか、ますます拡大して、どうにも隠し切れなくなった時には、会社の存立を危うくする位になってしまします。
原子力機器の製造において特に重要な品質の保証でも、重要な事は事実を事実として、把握する事がベースになっています。事実が隠されてしまっては、保証のしようがありませんから、事実を事実として報告する体制と、従業員に対する教育に最も力を入れている訳で、これの出来ない企業は原子力の仕事に参画する資格がありません。
しかしこのシステムが確り機能していると、間違いが起き憎くなりますし、間違ってもいち早く発見する事が出来て、かえって製造コストを削減する事が可能になるものです。
製造の過程で誤りの少ない製品は、品質のいい製品になります。従って原子力関係のように、品質のレベルの高い製品では、いい製品を作る事が、コストを下げるという効果を齎すもので、筆者が製造に携わっていた時、この事は繰り返し経験したものであります。いいものを作る事が、製品のコストを安いものにするのです。我が国の自動車が性能は抜群なのに、コストが安いという秘密もここにあります。
失敗するものそれが人間という事実を前提として、我々の行動の規範を作る。しかしその前提を置くことによって、よりすぐれた生産システムが出来るとは、原子力機器の生産において、筆者は幾度も経験しました。これはまた人間の持つなんとも不思議な面白さではないかと痛感したものです。
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