第九話
東京電力のシュラウド問題に直面して考えたこと
ー情報は正しく、広く公開するー
平成14年9月7日
エネルギー問題に発言する会 天野牧男
問題の発生とトップの態度
8月29日の夕方の事でしたが、『今夜午後7時から,東電が「原発の点検補修作業の不適切な取り扱いに」つき、南社長が緊急記者会見を開きます。参考まで。』という連絡が突然入ってきました。
原発の点検補修作業の不適切な取り扱いとは穏やかではないなと思いましたが、兎に角7時の発表を待つより仕方がない。関係のありそうな方に連絡をすると、テレビをつけっぱなしにして発表を待ちました。7時という事でしたが実際に発表があったのはもう少し早く6時半ぐらいだったようでしたが、南社長の沈痛な記者会見が始まりました。
その発表の内容、又その後の展開についてここで繰り返すのは止めます。また技術的な詳しい内容、隠蔽或いは改竄されたという事実の内容などについては、これからの調査、発表に待たなければならないと思います。筆者は関係者はシュラウドのこの程度の欠陥は、プラントの運転上問題はないとの確信の上でなされたものと思いますが、どうも欠陥などの存在、大きさなどの報告書に手を加えたり、監督官庁である経済産業省への報告が抜けていたり、正確ではなかったということは事実であったように思われます。
このため東京電力では社長、会長と両相談役が辞任されるという前代未聞の事件になってしましました。筆者は個人的にもこのトップの方々のお話を伺う機会がありましたが、その経営に対する厳しい対応を眼のあたりにして、大企業の経営にはこういう真摯な態度であたるべきではないかと考えていたものでした。それがこの方々が絶対にするべきではないとお考えになり、語っておられた事が、ご自身の膝元でおきてしまった事は、なんとも痛恨のきわみでありましょうし、無念なお気持ちは察するに余りあるものと感じております。
東京電力は安全にも強い関心を持たれ、以前から財団法人総合安全工学研究所を強力に後援され、人命を何よりも大切と考える経営哲学の推進に、口頭だけでない実践を勧めておられました。その折にも安全成績が正確に出てこなかったという問題がありましたが、それに対し厳しい指令が出された事もあったと聞いております。しかしいかにご自身の経営理念が正しくても、それが何千、何万といる部下の一人一人にまで伝わらなければ、今回のような結果になるわけで、やはり経営というものの持つ難しさを痛感させられた思いです。
品質保証の考え方
かってアメリカのASME(American Society of Mechanical Engineers)の原子力関係の機器配管の製作する資格を取る為。その資格取得を申請したことがありました。その取得の為には色々なプロセスをパスすることが必要ですが、生産する工場の詳細なレビューが必要です。数人の専門家のティームが来訪し、詳細に見て廻るのですが、その中に製造、検査の記録のチェックがあります。そのティームの担当者が、この工事のこの部分に関する記録を見せて欲しいと、予告なく指令が出ます。
先ず5分以内にそれに関連する記録が出て来ないとそれだけで、そのテストは失格です。例えば原子力圧力容器の突合せ継ぎ手のある溶接部分が指摘されたとしますと、その部分の材料の記録、製造特に溶接に関する記録、熱処理の記録、溶接部の検査の記録と各種の記録が並べられますが、その同じ部分を横とうしにして見ていくと、食い違いがあればすぐ見つかります。これおかしいではないか、どうしてだと指摘され、慌ててもたもた始めたらこれもそこでおしましです。
この作業を見ていて、いい加減なごまかしをやっても到底駄目だということを痛感しました。これだけの膨大なデーターを操作して、全てのつじつまをあわせる事は先ず出来ない。次に感じた事はこれをきちんとやっていれば、反対に故意でないミスがあっても発見されるという事でした。これは非常に貴重な事で、原子力圧力容器のように2年ぐらい作るのにかかるの物の、例えば最後の段階で何かミスが発見されて、やり直しだなんていうことになると、大変な事になります。誤りがあってもすぐ発見出来るようにしておく事が非常に大切な事であります。
更にこれはアメリカのASMEのケースでありますが、工事の途中仕様書や、ルールと違った事をしてしまったとします。その時はいち早く報告するとともに、DOD(Desposition of Deviation )というのを出します。これは誤った事をしたが、そこをこのようにして修復したいというプロセスを示すものです。誤ったのは問題ですが、そこでしかるべき部門、発注者、検査機関の人たちがそのDODを検討して、性能上差し支えないという事が分かれば、それで工事が進める事が出来て、問題なければその規則に合格したものとなります。
この品質保証システムは駄目なものを駄目としてしまうのではなくて、十分オープンな場で検討し、適切な修正をすればOKにしてくれる、むしろ救済の場でもあります。このことについての対応をやっていて、筆者はこういう仕事をやっていく上で、報告をごまかそうとしても全く駄目で、結局後から自分の首を締めるものになってしまう。もはやきちんと仕事をし、その結果を正確に報告し、問題があったらきちんとそれを公表し、取るべき対策を取る事が、自分にとっても最良の方策であり、無駄なコストをかけなくする唯一の方策であると自覚しました。
情報は正確に、公開を
ただ現実には正しい情報が、社内でも正確に上に報告されていない事が、今でも相当に行われているようです。最近の食品会社の幾つかの事件もそういった事が日常に行われている事を示すものですが、これはその会社経営にとっても、非常に不利に働くものです。短期的には、若しごまかしがうまく行けば、それでやり直し等の費用がかからなくて済み、費用がかからなくなって、コストがセーブできるかもしれませんが、長期的に見れば、そういうものはどこかでほころびが出て、かえって多額の損失を受ける事になるという事になります。さらに問題を早い時期にはっきり認識すれば、そこでこれからのやり方を修正出来、二度とそういった事を起こさなくするようになります。情報は隠したり、ごまかしたりすることの方が損をするのです。
今回の事態を原子力発電に反対の立場を取る人達や、一部のマスコミなどは、この時とばかりもう原子力をやるべきではないとか、プルサーマルを止めろとか勇み立っているように見受けられますが。今我が国にとって、いや世界全体にとってもその環境を守る為の最も有力な手段を放棄する事は、反対される方々や、その子孫にとっても極めて重大な損害を、損失を齎す事になります。
筆者はこの機会に、原子力発電所の設計、製作、運転等についてより一層の情報公開を進めるべきだと考えています。確かにかなりの事が発表されていますが、より一歩も二歩も踏み込んで示していく事が大切ではないでしょうか。より一層分かりやすいものとして示していく必要があります。そして本当にプラントの安全性をどう考えるかもはっきり明言していく事が必要だと思います。普段使わないドレン管、2センチか3センチの太さのものから少量の漏れがあって、漏れが見つかったタイミングは悪かったかもしれませんが、それで長期間プラントを停止しなければならなくなったり、これはもう老朽化した証拠だから、廃炉にするべきだなどという論調にははっきりそれは誤っていると言い切っていくべきだと考えます。
原子力の関係者はもっとご自身の仕事や、原子力発電所の安全性に対して自信を持って対応していいと思っています。自信を持っていいという事は運転しておられる方々が一番よく承知しておられる事と思います。ただ微細な問題でも、報告の仕方が悪かったり、そのタイミングが不適当であったりすると、極めて厳しく責められる為についつい、引っ込みがちになってしまうという傾向があるわけでしょうが、むしろ堂々と、起きている事象を発表し、問題はあるがプラントの安全性を左右するものではない事をはっきり表明する事が、かえって問題の解決につながります。
原子力発電がそんないいかげんなものでない事は、昭和30年代の後半から始まった我が国の原子力発電の、運転者にも公衆にも危害を与えないでやってこられた事実が、はっきり証明しています。世の中にこれだけ見事にやって来た設備は、他にありません。この事実を冷静に見るべきです。
繰り返しますが、東京電力の首脳の厳しい責任の取られ方を無駄にしないためにも、情報を遅れる事なく、正確に、より広範囲に公表し、それを広く関係者で判断する。また必要な事ははっきり主張し、それを一般の人たちの理解を得るような体制を作り実行する事が重要だと考えます。
それと最後に一言付け加えておきたい事ですが、今度の問題を起こすに到った当事者はこのことによって、私腹を肥やしたりしようとしてやったことではないということを十分認識して対応すべきだと思います。プラントを円滑に運転させて行きたいという真剣な気持ちと、安全上は全く問題ないという確信の上でやられた事だと思います。このことは是非全ての人が理解していただきたいと願うものであります。
以上