今こそ求められる、有効なインテグリテイ・コンプライアンスシステム作り
平成14年10月26日
エネルギー問題に発言する会、幹事 林 勉
(本内容は月刊「エネルギー」誌2002年11月号に掲載された物です。)
今回の東電問題という言葉で代表される一連の不祥事については、元原子力業界にいた者としても、どうしてこんなことになってしまったのか、残念でならない。今回の問題では、シュラウド等の炉内構造物のクラック対策は自主管理の範疇のことであり、法令違反ではなかったが、データ改竄ということで企業の倫理が問われている。このことにより、歴代社長が引責、辞任するという前代未聞の事態にいたってしまった。まさに会社の浮沈に係わるのみならず、国のエネルギー政策にも重要な影響を与える重大な事態になってしまったのである。巨大な原子力発電所を何基も管理している電力会社としてはプラントの停止にいたるような事態はなんとしても避けたいという強い思いが大きな圧力になり、結果として大きな代償を支払うことになったが、我々はここから教訓を汲み取らなければならない。
今回の問題を通して企業や大きな組織のインテグリテイ・コンプライアンス(法令・倫理・規定遵守)という問題が大きくクローズアップされてきている。この機会を得て、東電問題とは離れて一般論としての有効なインテグリテイ・コンプライアンスのあり方について考えてみたい。
大企業では程度の差こそあれ、インテグリテイ・コンプライアンスには注力してきているが、何故今回のようなことが起こったのか強く反省する必要がある。社内基準を作ったり、その委員会等が設置されていても、実際に有効に働いていないケースが多いのではないかと危惧される。不正行為は毎日の業務の中で、激しい受注競争、業績向上、目標達成、経費削減、コストダウン、重要顧客要求、納期厳守等々様々な圧力の中で生まれてくる。システムはあっても、また上司は口ではインテグリテイ・コンプライアンスを唱えても、日常の実行面でこれを確実に実施していくことはむずかしい。また一度不正行為が行われるとそれに馴れてしまい、継続して行われ易いということは、これまで発覚した様々な企業の不正行為を見ても明らかである。
有効なインテグリテイ・コンプライアンスシステムは全ての企業、組織において必要なことは当然であるが、今回の不祥事に伴う国民の不信を完全に払拭し信頼を回復するために、特に原子力業界の全ての企業、組織はこの点を見なおす必要があると考える。
それでは本当に有効なインテグリテイ・コンプライアンスシステとはどうしたら作れるのか私なりに今までの企業経験(国内主要電気メーカ、外資系企業)及び様々な企業不祥事の報道に触れる中で考えてきたことを纏めてみた。
インテグリテイ・コンプライアンスはトップの責任
今回のような事態を未然に防ぐのがインテグリテイ・コンプライアンスであり、リスクマネジメントである。企業のトップは、まずインテグリテイ・コンプライアンスは会社の浮沈に係わる最重要問題であるという認識を本心から持たなければならない。この基本さえしっかりしていれば、トップ自らが責任を持てるインテグリテイ・コンプライアンスシステム作りは、トップの権限で可能となる。またトップの権限以外ではできないことも認識すべきである。他人にまかせるのではなく、トップ自らが先頭に立ち、インテグリテイ・コンプライアンスは会社の最重要課題であり、会社の利益や業績達成より優先することを明確にすることが必要である。またトップは常にこのことを日常的に継続的に社内外に表明することが必要である。社内の隅々までこのトップの意識を徹底させることは並大抵なことでは出来ないことをつねに念頭に置き、徹底させるシステム作りをしなければならない。インテグリテイ・コンプライアンス組織を作ったら、トップはその最高責任者にならなければならなければならない。実務最高責任者には会社の将来を託せる人材(例えば後継者)を当てることが必要である(とかくこのようなライン業務ではない組織には閑職の人が当てられ易い)。実務最高責任者はその下部組織の責任者に、その組織の中での最優秀者を当てるというふうにして、将来を嘱望される人材がインテグリテイ・コンプライアンスの経験を積み、インテグリテイ・コンプライアンスが会社の最重要問題であることを身を持って体験させるとともに、社内にトップのインテグリテイ・コンプライアンスに対する決意を示すことが重要である。トップはインテグリテイ・コンプライアンス組織が機能的に動いているか、また関係者がそのためにどのような貢献をしているかということを常にチェックし、その評価を人事考査の最重要項目としてその評価に反映していくシステムとしていかなければならない(とかくこのような組織に属する人には陽が当たらない)。インテグリテイ・コンプライアンスに熱心でない者は人事査定が厳しくなるということを組織の中に浸透させることが必要である。
有効なインテグリテイ・コンプライアンスシステムとは
まずインテグリテイ・コンプライアンスのために何をしてはいけないかを具体的に明確な基準として定めることが必要である(とかく法律違反はいけないというような抽象的な表現のみになり易い)。なにがインテグリテイ・コンプライアンス違反になるかということは明確なようで、実はその解釈は中々むずかしく、その時の社会情勢(セクハラなど)や政治、経済情勢(テロ問題、外為問題など)によってもそのウエイトが変わってくるので、インテグリテイ・コンプライアンス組織には弁護士や法律問題の専門家の力も必要になる。また組織が大きくなればなる程その業務も複雑になり、その解釈事例も多岐になってくるので、インテグリテイ・コンプライアンス組織は日常的に有効な情報網を持ち、組織の末端まで徹底していく日常的活動が必要である。インテグリテイ・コンプライアンス基準ができたら、これを全従業員に徹底するための継続的教育を行っていく必要がある。新入社員はもとより、既に教育を受けた者に対しても定期的、継続的に教育していく必要がある。
会社の社風としてなんでも言える組織としていく必要がある。社外に告発されるより、社内で処理できる方が外乱に惑わされずに、はるかに有効なきちんとした対応ができる。社員が何か不正あるいは不満なことを感じたらすぐさま報告できるシステムとすることが重要である。一番望ましいのは組織内(部・課等)で処理できれば良いが、その組織自体あるいは上司、部下の問題等であるとむずかしいので、全く組織から独立した、苦情処理機関を設定し、ここに報告される内容については、守秘義務を徹底し、報告したことに対しては報復は絶対に許さないことを保証しなければならない。この苦情処理機関はトップ直結で第三者の立場で調査し、適切な是正策を立案し、関係組織に実行させるとともに、報告者に是正処置とその結果を報告しなければならない。不正行為は勿論厳しく罰しなければならない。それと同時に不正が行われていることがわかっていながら、それを報告しなかった場合も罰する規定とすることが必要である。こうすることにより組織全員で不正行為を防止する環境ができる(組織はとかくマンネリ化しやすく、過去の悪習が踏襲されることになりやすい)。
業務の全ての実施組織(事業部・部・課等)では、今実施している業務が制定されたインテグリテイ・コンプライアンスに照らして妥当かどうか見直し、自分でこれは自信を持って、自分の判断で責任を持って大丈夫と言える物以外でグレーと思われるものは全て組織の上長なり、苦情処理機関に報告しなければならない。自分の責任で判断する基準は、その結果について自分以外には害を及ぼさないとはっきり言えることである。このような見直し及びそのための教育・訓練を定期的かつ継続的に行い、真に何でも言える明るい社風を構築しなければならない。
トラブルは企業活動では避けられない
トラブルは業務にはつきまとうものであるという認識にたち、トラブルが起こった場合はそれを隠すのではなく、全て報告できるシステム作りが必要である。とかくトラブルに対し、厳しく叱る傾向があるが、これではトラブル隠しにつながってしまう。トラブルが報告されれば、その原因を究明し、再発防止対策をしていくことが出来る。これにより技術の進歩も図れるし,何より社風として何でも自由に言える環境作りにも役だつ。またトラブルは事前にかなり予測できる物である。予測してその時の対応策を事前に考えておけば、いざその事態が発生した時にも被害を最低限に軽減できることが多い。これがリスクマネジメントの考え方であるが、このリスクを企業の全ての組織、階層の中で徹底して拾いだすことが必要である。この内容を定期的に見直していくことで、大きな効果が期待できる。