朴勝俊氏の「原子力発電所の事故被害額試算」に反論する
エネルギー問題に発言する会
林 勉
1. はじめに
京都産業大学の朴勝俊講師が大飯3号炉の事故時の被害額を評価した論文が(http://www-j.rri.kyoto-u.ac.jp/NSRG/genpatu/parkfinl.pdf)に掲載され、物議をかもしている。最大で被害総額460兆円、1.7万人が急性障害で死亡、40万人が晩発性ガンで死亡というショッキングな内容である。こんな人目をひくことのみを目的としたとしか思えない物をニュースとして共同通信が配信し、これに福井新聞が飛びつき報道した。460兆円という額は、1億人の日本国民全員に460万円を配分できるだけの額である。1原子力発電所でそんなことになるのであれば、全国にある原子力発電所でそんなことになったらどうなるのか、国民の誰もが不安にかられて、原子力発電所などとんでもないと思ってもいたしかたないといえる。しかし騒ぎは今のところ拡大しておらず、ほかのメデイアでも取り上げておらず、現在は当然の事ながら、朴論文は無視されているように見える。しかしこのような内容は被害額の評価計算の妥当性のチェックがなされないままに、数値の結果のみが一人歩きしてしまう危険性が大きいので、ここで朴論文の荒唐無稽さについて、指摘しておく。
2. 朴論文の根拠
まず想定事故であるが、朴論文ではPWR2型事故を仮想事故として想定し、チュルノブイリと同程度の放射性物質が放出されるとしている。これら放射性物質の周辺への拡散については、放射性物質が上空に拡散せず、22.5度の狭い角度範囲内で事故後ある特定の角度の風下のみに流されていくとしている。風下の角度は360度を16等分した16方位を仮想的に考えている。そしてその被害評価は、被害人口、被害面積の計算のために京都大学で開発されたSEOコードを使用し、被害金額の評価は様々な仮定を織り込んでいる。これらについて、反論を以下に展開する。
3. 反論
(1)
まず想定事故であるが、朴論文ではPWR2型事故を想定している。このような仮想事故は、あくまでも仮定であるのに、朴氏はこれが確定的に起こったものとして評価している。仮想事故は実際には発生確率は非常に小さく、現実的問題として評価する時にはその発生確率を評価した上で論評しなければならないのに、朴氏は発生確率を安全性の評価には用いるべきではないという一言で斥けている。この考え方がいかに荒唐無稽なものであるかは、我々の日常的生活を考えてみれば明らかである。日常生活の中での安全リスクを取り上げてみれば、自動車事故、火災、盗難、地震、殺人、医療ミス、等々いくらでもあげることができる。これらが確定的に発生するとしたら我々は生きていけない。実生活の中では、個人や各種機関や地方行政、国の行政等の努力や規制等により、個人に及ぶ被害の発生確率を引き下げることで、安心していられるのである。原子力発電所の安全性についても全く同じことがいえる。安全確保のために、様々な仕組みがつくられ、規制も制定され、事業者も運転管理面で様々な努力がなされている。このような努力により、仮想事故の確率を非常に小さい値に抑えている。この値は、先に列挙した日常生活でのリスク確率に比べて、数桁違いに、はるかに小さいものである。したがってもし朴氏のような計算をしたなら、このようなことが起こる確率は非常に小さく、問題とするには当たらないと付記すべきである。
(2)
次に放射性物質の拡散の問題であるが、ここにも大きな仮定が随所に入っている。まず放射性物質の上空への拡散は無いものとしているが、チェルノブイリ級の放射性物質の放出を考えるなら、当然格納容器の破裂をともなう水蒸気爆発等を想定することになるが、そのような時には同時に大量の高温の水蒸気等も放出されることになるが、高温の蒸気と粉塵等は上空高く舞い上がり、また一部は上昇気流に乗り、希釈されることになる。この効果を無視して想定被害を大きくしている。
地上での拡散は方位を16等分してそれぞれの方位の22.5度の範囲のみに全ての放射性物資が事故後風向きを変えずに長期間拡散していくとしている。こんなことは現実にはありえない。現実には時々刻々風向きも変わるし、拡散範囲も22.5度などに限定されない。22.5度としたのは風向き評価を16方位考えたので、360度を16等分したまったくの計算上の仮定に過ぎない。この仮定のもとで風下に大都市の存在する方角の被害が大きくなるとしている。その最大値が冒頭に示した値である。被害が大きくなる方位は風下に大阪や東京、名古屋等が存在する方向である。しかし実際にはこれらの風向きの発生頻度は、6〜7%であり、もっとも風向き頻度の高い(約40%)北西方向は海であり、被害はほとんど発生しない。風向き頻度の評価を加えれば、被害は数10分の1以下になるであろう。
(3)
最後に被害規模の計算上の仮定であるが、これ等も実証されていないものである。これらを細かく議論しても無駄であるので、総括して被害評価の信憑性について述べてみたい。朴論文の仮定の上に仮定を重ねた結果がどのように現実からかけ離れているかを端的に示すには、同程度の放射性物質の放出が発生したチェルノブイリのケースと比較してみるとわかりやすい。朴論文では最大で1.7万人が急性放射性障害で死亡するとしているが、チェルノブイリでは、発電所職員と消防士28人が急性放射性障害で死亡したと報告されている。朴試算とは600倍の開きがある。単純にこの値だけで評価は出来ないと思うが、
数百倍の乖離があることは確かであろう。
朴氏は自分の論文の信憑性を確認するために、大飯3号炉で行ったのと同じ手法でチェルノブイリのケースを評価してみてはどうだろうか?そうすることで現実との乖離がどの程度なのかをはっきりと認識できると思われる。いやしくも大学の講師であるなら、自分の学術的見解について唯一の実証できるケースについて試算を試みるべきと考える。
以上