NHK衛星放送“SAVE THE FUTURE”に対する抗議意見とNHKからの回答
エネルギー問題に発言する会、代表幹事
2009年1月19日 林 勉
2009年1月2日にNHK衛星放送第一にて放映された“SAVE THE FUTURE”は女優の藤原紀香が、環境学者のレスタ−ブラウン博士をインタービューしながら、自然エネルギー問題を考える番組で、その内容はかなり示唆に富む良い放映であったと思います。しかしレスターブラウン博士の持論である、自然エネルギーは無限で、これを活用すれば化石エネルギーや原子力はなくても十分エネルギー問題は解決できるとしている点については、一般視聴者に大きな誤解を与える可能性があり、この点についてNHKに意見を提出しました。これに対して、NHKのチーフプロデユーサーから返信をいただきました。またその返事に対し、さらなる意見提出を行っていますので、この一連のやり取りを纏めて以下に示します。
最後にNHKからは、
「貴重なご意見も参考にさせていただきながら、これからも気候変動の問題、エネルギーの問題に取り組んでまいります。ご理解とご協力を賜りますよう、改めてお願い申し上げます。」
との返事をいただきました。このような意見提出に対し、NHKが真摯に対応してくれたことは大いに評価できると思います。今後ともメデイアの問題報道については、きちんとした意見提出をしていくべきであると考えています。
1.林から提出した意見
レスター・ブラウンの未来のエネルギーは自然エネルギーだけで100%対応できるとの説はそれなりの説得性はありますが、今回の放映ではメリットのみの説明であり、デメリットの説明がありません。エネルギー問題は一面のみを見ては駄目で、資源の限界、経済性、技術の困難性、解決の方法、環境への影響、社会体制への影響、エネルギー効率等幅広く検討しなければいけません。この検討には時間軸として、近未来、中期未来、長期未来等を考えないと国の対応策を誤ることになります。特に自然エネルギー万能論者は最初から原子力を切って捨てていますが、これは現実的には大きな誤りをもたらします。NHKの放映は国民に対して大きな影響力を持ちます。今後原子力の可能性についてもしっかりした放映を希望します。この点についてのお考えをお聞かせください。
2.上記に対するNHKからの返事
このたびは、私どもの番組をご覧いただき、まことにありがとうございました。また、 貴重なご意見をたくさん頂戴し、ぜひとも今後の番組づくりの参考にさせていただきたいと存じ ます。
NHKでは、地球温暖化の進行を食い止めたいという考えから、昨年来、“地球エコ2008" という環境キャンペーンを展開し、その一環として“SAVE THE
FUTURE"という 環境特集番組を放送しております。今回の「ようこそ低炭素社会へ! でございますが、原子力 を軽視し、自然エネルギーを万能で、あるかのようにお伝えするものでは、決してございません。 私どもは、原子力の重要性を重々認識しておりますし、日本のエネルギ一戦略における位置づけも承知しております。
番組中では、国立環境研究所の特別客員研究員で、2050年に日本のC02排出量を70%削減 するシナリオチームのプロジェクトリーダーを務めておられる西岡秀三さんから、「原子力は、C02を出さないエネルギーoただ日本国内では安全の問題があって、なかなか立地が進まない。 こういうことを考えると、それほど今後増えないかもしれないといわれている」という発言がありましたが、これは、このシナリオチームの報告に基づき、2050年時点で原子力の割合が現状程度かそれ以下の可能性が高いという研究成果が発表されたことを受けての発言かと存じます。このプロジェクトには、電力関係者やエネルギー関係者も多数参加され、国家プロジェクトとして 3年にわたって議論され、2007年2月の発表後、政府にも報告書として提言がされましたが、その研究による分析であると理解しております。
これまでもNHKでは、地球温暖化防止という観点からも原子力が重要な役割を担っていることについて、たびたび報道してまいりました。地球エコ2008キャンペーンの巻頭をかぎった 2008年1月1日放送(19:10-21:00)の「地球特派員スペシャルカーボンチャンス ~温暖化が世界経済を変えるJという番組でも、アメリカの原子力ルネッサンスの状況をリポートいたしましたし、去年の秋に放送したNHKスペシャルでも東芝によるウエスティングハウスの買収戦略に密着し、ゴールデンタイムに放送しております。今回は、番組のテーマが低炭素社会に向けて自然エネルギーへの転換の可能性を考えるということで、自然エネルギーをめぐる話題に重点がおかれた内容となっておりますが、ご指摘のとおり、何も自然エネルギーが万能というわけでは決してなく、さまざまなエネルギーがそれぞれの課題を克服しながら、そのベストミックスをめざして、中長期的な戦略を立てていくことこそ肝要かと存じます。
今後もNHKでは、21世紀のエネルギーのあり方について、たいへん重要な問題と捉え、原子力エネルギーの可能性と課題に真撃に向き合う番組やニュースを報道してゆく所存でございます。 今回、賜りました貴重なご意見をぜひ参考にさせていただき、継続的にこの問題の取材を進めていきたいと念願しています。なにとぞご理解とご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。
3.NHKの返事に対するさらなる意見提出−1
過日NHK衛星第1の“SAVE THE FUTURE”に対して私が提出しました意見に対して、ご返事をいただきました。
ご丁重かつ真摯なご返事であり、まずお礼申し上げます。自然エネルギーで万能ではないこと、原子力に対するご理解も十分お持ちのようであり安心いたしました。
ただ今回の番組をみた一般視聴者がどのように受け取るかの配慮の点で心配があります。2点気づいていることを指摘させていただきます。
@ 貴返事の中の「原子力は、CO2を出さないエネルギー。ただ日本国内では安全の問題があって、なかなか立地が進まない。こういうことを考えると、それほど今後増えないかもしれないといわれている」と言う西岡氏の発言の引用部分には問題を感じます。安全の問題があるというと一般の方達は原子力は安全ではないのか、それならやめるべきだ、と言うことに短絡してしまいます。原子力の安全については、その設置にあたり、国の原子力安全委員会で厳しく審査されていていることはご存知の通りであります。根強い反対派の方達は別にして、地元の方達も原子力の安全については相当に理解が進んでいると思います。問題は安心であり、これは感情的な問題であり、電力や国の対応のまずさや偏ったメデイア報道の問題もあり、安心が得られていないということだと思います。この安心をどう改善していくかが今後の原子力の課題であり、この点についてNHKとしてもどのような問題があり、どのように改善しなければならないかと言うような点を報道していただければと思います。
A 1月2日はレスターブラウン氏の見解を主体的に紹介していました。この内容は私自身勉強になる点も多々あり、立派な報道であったと思っています。ただ、レスターブラウン氏は自然エネルギー万能主義者であり、自然エネルギーの利点のみを強調し、原子力は不要と言っている点は、一般の視聴者に大きな誤解を与えると思います。これを見た人達がやはり原子力はやめて自然エネルギーだけで大丈夫だという動きになることを心配します。一方的に自然エネルギーのメリットだけを紹介するのではなく。デメリットも公平に論じないと一般聴視者を誤誘導することになりかねません。NHKの影響力が非常に大きいことを十分にお考えいただきたいと思います。
これからのエネルギー番組では、化石エネルギーの代替エネルギーは原子力と自然エネルギーが主役ですが、これらのメリット、デメリットを公平に考え、わが国としてどのような選択をすべきか、国民全体で考える番組を期待します。
4.NHKの返事に対するさらなる意見提出−2
お忙しい中、度々Fax差し上げて恐縮です。1月10日付けの私宛の返事の中で、下記の「 」内のように述べておられます。この点につきましては私の理解していることと隔たりがありますので、確認させていただきたいと思います。この点は重要であると思いますので、あえて意見させていただく次第です。
「このプロジェクトには、電力関係者やエネルギー関係者も多数参加され、国家プロジェクトとして3年にわたって議論され、2007年2月の発表後、政府にも報告書として提言がされましたが、その研究による分析であると理解しています。」
当該レポートの表紙にはっきりと書かれているように、レポート作成者である「2050日本低炭素社会シナリオチーム」は国立環境研究所、京都大学、立命館大学、みずほ情報総研の4者から成っており、電力関係者や産業界の代表が入っているとは考えられません。またこのレポートに引続いて発表された「低炭素社会に向けた12の方策」というレポートの作成にも20幾つの大学・研究所から60人のメンバーが入っているという構成になっており、実業の世界からの参加がほとんど見られないのが大変心配な点であります。
ご返事の中で「電力関係者やエネルギー関係者も多数参加され」といわれていますが、そのような事実がありましたら、どのような方達が参加されたのかご教示いただきたいと思います。また「国家プロジェクト」と記載されていますが、どのようなプロセスで認定され、どこの省庁が担当した国家プロジェクトなのかもご教示いただきたいとお思います。
それともう1点、国立環境研究所の性格についても考慮に入れていただきたいと思います。国立環境研究所は、ご存知のように「環境行政の科学的・技術的基盤を支え、幅広い環境研究に学際的かつ総合的に取り組む研究所」でありまして、環境省の政策を支える環境の観点を重視した研究をしています。このため原子力に関心が薄い傾向があります。環境問題はエネルギーと切り離せない問題ですが、エネルギーは経産省担当であり、この省庁間の分離も問題を複雑にしています。NHKとしましては是非この当たりの特殊性も考慮に入れた上で番組の計画、作成にあたっていただきたくお願いする次第です。
5.上記に3,4に対するNHKからの返信
私どもでも国民の皆様がエネルギー問題について様々なメリット、デメリットを考えていく契機となるような番組を作れるよう、今後も取材を深めてまいりたいと考えております。ご意見に重ねて御礼申し上げます。
さて、ご質問の件ですが、今回のプロジェクトという言い方に少し説明が足りていない部分があり恐縮です。すでにご存知かもしれませんが、西岡秀三氏は「2050日本低炭素社会シナリオチーム」のリーダーでもありますが、その上部プロジェクトである日英共同研究「低炭素社会 の実現に向けた脱温暖化2 0 5 0プロジェクト」のプロジェクトリーダーも務めておられます。 これらは、環境省の地球環境研究総合推進費の戦略研究開発プロジェクトというプロジェクトの 一環で、2 004年4月から始まっています。いくつかの個別の研究が行われ、互いに連携している部分もあるのですが、その中の研究の一つに「2050年脱温暖化プロジェクトエネルギー供給WG報告書」というエネルギー関連の報告書が2007年3月に発表されており、電力・ 産業関係の方のご意見がとりまとめられております。これらのご意見は、「2050日本低炭素社会シナリオ温室効果ガス70%削減可能性検討200 8年6月改訂」にも反映されていると聞いています。70%削減研究チームによると、この際、日本エネルギー学会の板橋重幸氏や電力中央研究所の永田豊氏と山本博巳氏、エネルギー総合工学研究所の疋田知土氏と松井一秋氏、氏田博士氏など、上記WGに参加したメンバーからのアドバイスを参考にしてシナリオを作成したということです。
おっしゃるように、日本にはエネルギーは経済産業省の所轄、環境は環境省という縦割りがあり、環境エネルギ一政策についても意見が対立する部分があるのは承知しております。ご指摘の点には、当方も十分考慮のうえ、取材を進めてゆく所存です。
私どもでは、林さまの貴重なご意見も参考にさせていただきながら、これからも気候変動の問題、エネルギーの問題に取り組んでまいります。ご理解とご協力を賜りますよう、改めてお願い申し上げます。
6.上記5に対する林の返信
再度の私の質問・意見を、お忙しい中にもかかわらず、真摯に受け止めていただきご丁重なご返事をいただき、誠にありがとうございました。色々なプロジェクトの状況がよくわかりました。ただしやはり環境省傘下の一部の研究所、調査研究所等が主体となった委託研究の形の成果であるように思えます。これで低炭素社会実現へのわが国としての合意であるとはとてもいえないと思います。前回も申し上げましたように、環境問題を論ずる時にはエネルギー問題も同時に考えないといけないと思います。その点でエネルギー問題を扱っている経産省の見解も是非同様なウエイトで評価いただきたいと思います。
エネルギー面からの政策としては、18年に資エネ庁が策定した「新国家エネルギー戦略」や20年に経産省が策定した「Cool Earth−エネルギー革新技術計画」等を参考にしていただきたいと思います。前者では具体策として、「省エネルギーフロントランナー計画」「運輸エネルギーの次世代計画」「新エネルギーイノベーション計画」「原子力立国計画」等が上げられています。後者では2050年に向けて大幅なCO2削減に向けてどのような技術開発が必要かについて目標設定をしています。
また2050年に向けて努力するにはさらにもっと先を見なければならないということで、日本原子力研究開発機構では、「2100年原子力ビジョンー低炭素社会への提言」を昨年公表しました。ここでは将来社会を予測し、様々なエネルギーの役割と将来予測をする中で、原子力の多様な役割について論じています。
将来の環境・エネルギー問題を論ずる時には、環境省主体の論点だけではなく、是非資エネ庁、経産省、日本原子力研究開発機構等の見解も同様なウエイトで評価検討に加えていただきたいと考えます。
今回のご返事の中で「私どもでも、国民の皆様がエネルギー問題について様々なメリット・デメリットを考えていく契機となるような番組を作れるよう、今後も取材を深めてまいりたいと考えております。」と言っていただいたことを大変にうれしく思っています。是非この方針で立派な番組を制作されるよう期待を持って見守っていきたいと思っています。ありがとうございました。