読売新聞社説「原子力白書 今こそ強いメッセージを」を賞賛する
代表幹事 林 勉。
平成二十年3月24日の読売新聞の社説に「原子力白書 今こそ強いメッセージを」と題する論説が掲載された。これは23日に原子力委員会から発表された平成19年度の原子力白書に対する評論である。この内容は誠に立派なものであり、下記コメントを読売新聞論説委員の方にメールしたので、ここにご紹介する。
「24日付けの読売新聞に掲載された社説(原子力白書 今こそ強いメージを)についてですが、誠に適切で立派な所見であり、会員の皆さんにも広くご紹介させていただきました。まさしくご指摘の通り今回の白書はおざなりであり、国民に訴える内容が乏しく残念です。エネルギー・環境問題の厳しい現状の中で原子力の役割についてきちんと述べるのが今回の白書の役割であるというご指摘はまさしくそのように考えます。このような我々の思いを代表するように社説に取り上げていただき、原子力委員会に痛烈な警告を与えていただいたことは公開の場で久しぶりに本格論を目にすることができたと言うことで大変にうれしく思っております。
メデイアのあり方について社会への木鐸または社会からの木鐸としての役割を期待したいところですが、実際は社会のニーズ、あるいは動向をフォローし、特種を追うと言う姿しか見えない現状の中で、今回の貴紙の社説は社会からの木鐸としての警告を原子力委員会に提出したものとして高く評価されるべきものと思います。願わくば他紙も同様な報道をして欲しいと願うものです。以上今回の社説に対する感想を述べさせていただきました。ありがとうございました。」
参考のために読売社説を下記します。
「原子力発電なしに、電力を安定供給することは難しい。地球温暖化をもたらす二酸化炭素の排出削減も、また困難だ。こうした原子力の意義を、今ほど、広く理解してもらうことが必要な時期はない。ところが、政府の原子力委員会がまとめた今年の原子力白書にはそのメッセージがない。原子力白書は例年、重要テーマを特集に組み、原子力の開発・利用の立場から、取り組みや方策を発信してきた。例えば、核燃料サイクルについて論議が盛んな年にはその必要性を説いた。今年は単に、原子力を巡る国内外の情勢を淡々と概観するにとどめた。原子力委は原子力政策の司令塔だ。その意義を訴える重要な使命を放棄したのだろうか。地震で被災した東京電力の柏崎刈羽原子力発電所は、再稼働のめどが立たない。原発の稼働に伴って出る高レベル放射性廃棄物の処分も、壁にぶつかっている。原子力には課題が山積している。であればなおのこと、何をどう目指すのかを発信すべきだ。世界では、原子力発電の効用が改めて脚光を浴びている。発電能力は巨大で、かつ、発電時に二酸化炭素がほとんど出ない。原発を新設する機運も急速に広がっている。世界では現在、約435基の原発が稼働中だが、2030年ごろには約790基まで増えると予想されている。原子力委が設けた有識者の懇談会は今月、原子力利用の将来像を報告書にまとめている。原子力発電を地球環境問題対策の一環に位置づけるよう求め、海外での原発建設への支援、革新技術の開発など具体策を挙げた。その内容さえ、白書は簡単に触れただけだ。報告書が掲げた具体策も紹介していない。このところ、原子力は、政府の政策でも姿がかすんでいる。1月の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、福田首相が行った地球温暖化問題をテーマにした演説では、原子力発電に全く触れなかった。6月に青森県で開催されるG8エネルギー相会合でも、“原子力はずし”が懸念されている。青森県には、使用済み核燃料の再処理工場など多数の原子力関連施設がある。だが、青森県のパンフレットは、この地での開催意義について、太陽、風力発電に積極的だから、と述べるのみで、原子力発電への言及がない。原子力政策は、堂々と進めるべきものだろう。」
以上