エネルギーの利用にともない環境影響等により発生する外部費用
平成16年1月11日
石井正則
1.まえがき
エネルギーの利用にともない、環境への影響とそれを通して様々な被害が生じている。規制緩和や自由化により、エネルギーの選択を市場原理に任せる場合、これらに起因する費用を適切に算定し、負担するメカニズムを組み込むことが、環境影響の低減、防止のために必要となる。
このような取組みの一例にヨーロッパ連合(EU)におけるExternEプロジェクトがある。
ExternEでは電気料金に含まれていない環境や健康被害を定量化し、外部費用として算定することを試みている。これらの外部費用を考慮すると、石炭や石油による発電費用は現在の発電費用の2倍、天然ガスでは1.3倍となる一方、原子力発電や水力、風力発電では外部コストが極めて少ないことが報告されている。また、地球温暖化の費用を除いても、これらの外部費用はEU諸国のGDPの1〜2%に達すること、更にこのような費用は、発電のみならず輸送分野でも同様であることが報告されている。
ここでは、ExternEプロジェクトの電気料金における外部費用算定結果を紹介するとともに、併せてこのような費用の取り扱や負担等に関し見解を述べる。
2.外部費用とは
エネルギーの生産と消費は、当事者以外のグループにも社会的、経済的な影響を及ぼしている。しかしながら影響を及ぼす範囲が特定しにくいことや、その結果生ずる費用の算定における不確実性などのため、現在のところ電気料金には含まれておらず、外部費用と呼ばれている。これらの費用には、生命や疾病など健康被害、建築物の劣化、森林破壊や野生生物への影響、農作物への影響、地球温暖化に起因するもの、及びエネルギーの安定供給に関わるものがある。
3.ExternEプロジェクトにおける外部費用の算定方法
ExternEプロジェクトでは環境影響と健康を対象とし、下記に示す7つカテゴリーに区分し、損害費用を算定している(安定供給に起因する費用は含まれていない)。
1)健康影響(死亡率)
2)健康影響(疾病率)
3)建築材料への影響
4)農作物への影響
5)地球温暖化への影響
6)快適性の損傷
7)環境システムへの影響
これらの各カテゴリーについて、汚染物質とその影響に関するシナリオ(Impact Pathway)を設定し、損害費用を算定しているが、地球温暖化や環境システムへの影響のように不確実性の高いものは、回避費用として環境目標達成のための費用を算定している。
4.発電費用における外部費用の算定結果
4.1 EU各国の外部費用
化石燃料、原子力及び再生エネルギーに関する幅広い発電技術について、国別、発電技術毎に算出した外部費用を表1に、各発電技術の大気汚染と地球温暖化の影響の程度を図1に示す。
これらを比較評価すると次のようなことが言える。なお、現状の発電費用は約EUR 4セント/kWhで、この値に表の外部費用を加えたものが、実際の発電費用ということになる。
1)再生エネルギーは全体的に外部費用が低いが、とりわけ風力は大気汚染と地球温暖化の両面から最も低い(0.025〜0.25EURセント/kWh)。バイオマスは温暖化ガスの排出量は少ないが、外部費用は利用技術により幅がある(0.2〜5EURセント/kWh)。
2)原子力は燃料サイクルを考慮しても、影響の大きい事故の確率が低いことから外部費用は低い(0.2〜0.7EURセント/kWh)。
3)化石燃料では石炭火力は大気汚染物質の放出量が多く、外部費用は最も高い(2〜15EURセント/kWh)。最新技術によっても大気汚染は減少するが、温暖化ガスの排出量は高い。石油も石炭と同程度(3〜11EUR セント/kWh)。天然ガスは大気汚染による環境影響は少ないが、温暖化ガスの排出量は効率に依存する(1〜4EURセント/kWh)。
表1 EU諸国の発電における外部費用(EURセント/kWh)
図1 各発電技術(利用エネルギー資源)の温暖化ガスと大気汚染への影響
4.2 各影響分野の損害費用と回避費用
ドイツの場合について、3項に示す損害カテゴリーに対する各発電技術の外部費用の算定結果を表2に示す。
全体に占める各カテゴリーの外部費用(損害又は回避費用)の中では、健康被害と温暖化の回避費用が大きな割合を占めている。各発電技術を比較評価すると、石炭、天然ガスは外部費用が高く、風力、水力は少ない。太陽光は天然ガスと同程度。原子力の温暖化回避費用は風力、水力と同様に最も低く、健康被害も低い。
表3 各損害カテゴリーの外部費用
5.外部費用の取扱と負担に関する課題
環境影響に関する費用負担には汚染者負担原則(Polluter
Pay Principle)がある。エネルギーの選択を市場原理に委ねる場合、適正な環境を維持するために外部費用を汚染者が負担する仕組みを構築する必要である。この場合、何らかの型で消費者の電気料金に付加されることになろう。
しかしながら外部費用の発生時期や地域などには、多様で不確定な要素が多く、生産者、消費者(利用者)、被害者という構図のなかで、被害者がエネルギーの生産や消費の時点で必ずしも明確ではない。更に供給の安定性のように、エネルギーの選択においては環境影響に対する外部費用だけを含めた費用最低条件では決められない要素がある。
このようなことから、外部費用の徴収と活用には種々の課題がある。以下にこれらの課題に対する筆者の私見を示す。
まず環境影響は、汚染の程度と対象者や対象物の特性により、あるいは汚染が何らかの異常現象(事故)にもとづく場合などもあり、常に一様に発生するわけではない。また、被害が世代を超え、地域を越えて発生する場合もある。費用徴収時点で被害者を特定し徴収費用を配分することが困難な場合でも、エネルギー政策や社会福祉政策と組合せ極力外部費用を内部化する必要があろう。
安定供給リスクに対しては、リスクの内部費用化が必要になろう。この費用は事故による停電のように加害者と被害者が特定できる場合もあるが、損害費用の明確化には課題が多い。徴収費用は供給安定化のための代替資源開発など、エネルギー政策と組合わせた活用が必要と考える。
一方、現在考えられている方法には、温暖化ガスに対する京都メカニズム(排出権取引、グリーン開発、共同実施)や環境税、炭素税などがある。これらは市場原理に従って温暖化ガスを削減するためのエネルギー政策には効果があろう。また、税金は健康被害等の社会福祉的な損害補償にも期待できよう。しかしながら、これらは個別断片的な対応であり、今後は費用の負担、徴収及び活用を総合的に組み込んだ枠組みを明らかにした対応へ移行することが望まれる。
6 まとめ
エネルギーの利用に際して、種々の環境影響から社会経済的な損失が生ずる。これらの損害に対する費用は外部費用と呼ばれ、エネルギーの料金には含まれていない。エネルギー資源や利用技術の選択においては、これらの費用を的確に把握し負担する仕組みが必要である。
EUのExternEプロジェクトではこのような費用の算定を試みており、その結果によると、電力エネルギーに関しては、石炭や石油の発電費用は現在のほぼ2倍、天然ガスでは30%程度増と見込まれる。これに対し、風力と原子力はこのような費用の増大は極めて少ない。
なお、エネルギーの選択には環境影響の他、安定供給に対するリスクを考慮する必要がある。このような費用も外部費用の一つで、公平なエネルギー選択に際してはリスクを定量化し、費用を内部化する必要がある。
環境影響に対する費用の負担に関しては、汚染者負担原則があり、何らかの方法によりエネルギーの製造者と消費者が負担する仕組みを構築する必要がある。更に、安定供給のリスク負担についての仕組みも必要である。徴収した費用の活用方法としては、環境影響や安定供給リスクの少ない資源の開発、活用促進といったエネルギー政策面と、社会福祉政策等を含めた被害者への補償との両面を考える必要があると考える。
このような仕組みの一部として、既に排出権取引や環境税等が考えられているが、将来はこのような個別的な取組みから、総合的な枠組みを明らかにした対応へ移行することが望まれる。
参考資料
“ExternE-The ExternE Homee”、及び“External Costs,
Research results on socio-environmental damage due to electricity and transport”;
The ExternE project series( http://www.externe.info/)
(図、表はそのまま本文に引用した)