2007/9/24

中越沖地震における原子力発電所に関する報道と風評被害に関する考察

石井正則

はじめに

中越沖地震のける風評被害は、震災の影響を受けなかった佐渡、村上、湯沢などの地区でダメージが大きいという。モニタリングの結果に異常が観測されなかったことから、原子力発電所の影響は全く無かった。従って風評被害と原子力発電所の被災の関係は判然としないが、もし何らかの関係があるとしたら、被災の影響の報道のされたにより植え付けられた一般の人々の感情によるものであろう。このような前提で、中央4紙(朝日、読売、毎日、日経の東京・神奈川版)について、この地震がどうのように報道されたかを、関係機関(事業者/東京電力、地方自治体/新潟県、国)の発表内容と対比してみた。(これだけの地震が起きれば、観光旅行などを自粛する傾向は避けられず、必ずしも原子力発電所の影響だけではないにしても。)

当初の繰返し報道された黒煙のあがる発電所の画像を始め、初期の報道がもっぱらテレビの頼るしかなかった。更に、当日は祭日で夕刊もなかったこともあり、テレビの報道ぶりの影響は極めて大きいと思うが、ここでは振り返って紙面を参照、確認可能な新聞、それも全国版の報道に限定した。

国民や地域住民の安全、安心感情への影響という点では、停止、冷却、閉じ込めが計画通り機能し、原子炉の安全が保たれたいはいえ、地震の規模が想定以上だったことなどから、原子力発電所の地震時の強さ・脆弱さに対する疑念も大きいと思われる。

とはいえい、被害の有無は直接的には実際に周辺環境に影響があったかないかであるので、ここでは放射能を含んだ水漏れと、排気筒からの放射性ヨウ素と粒状物質の排出に焦点を絞った。

 

1.関係機関はどのような発表をしたか

関係機関、とりわけ事業者に求められるのは、“早く”、“正確に”、“判り易く”の3点であろう。全般的にみれば、筆者は、当事者は限られた状況のなかで良く対応したといえるように思う。然しながら結果からみれば、特に安心という観点から言えば、初期の混乱の中での情報は、国民や地域住民にとってタイムリーと判り易さの点で、今後に課題をのこしたといえよう。

1)事業者(東京電力)の発表

事業者は、@地震発生当日(71610:13)、水漏れ(6号機原子炉建屋3階から0.7L2.8×102Bq、中3階から0.9L1.6×104Bq、この結果、推定1.239×104Bq(この値は後に訂正)が放水口から放出)と、A翌17日には7号機主排気筒フィルタから放射性ヨウ素と粒子状物質(それぞれ3×108Bq2×106Bq)が検出されたこと(1718日まで続いた)を発表した。これらの影響としては、海水モニタリングの結果に異常がなかったこと、ヨウ素と粒子状物質による被ばく線量はそれぞれ約2×10-7Svと約7×10-7Svで、一般公衆の線量限度の1千万分の1、自然界から1年間に受ける被ばく線量2.4Svと比較しても十分低い値であることを発表した。

2)新潟県・柏崎市の発表

新潟県は地震発生当日、火災が鎮火したこと、モニタリング結果に異常がないこと、避難不要なこと、18日には海水に発電所由来の人工放射能が検出されていないことを発表した。更に、21日には農水産物からの放射性物質が検出されなかったこと、立ち入り調査の結果、6号機から海域への放射性物質の漏えいはラドン温泉9L分程度であること、海域5箇所の調査結果では人工放射能が検出されなかったこと、7号機主排気筒からの放射性物質は、普通の人が自然界から1年間に受ける放射能量2.4Svの1千万分の1、胸部レントゲン1回分の40万分の1、と極めて低いことも発表した。

3)国の発表

保安院は17日、水の漏えいと主排気筒からの放射性物質の放出を発表、以降その後の状況も発表したが、内容は事業者の発表データを後追いで公表する形式をたどった。

原子力安全委員会は19日委員長所感で、設計通りに自動停止したこと、原子炉内の高放射能を多重・多層に防護する安全機能が正常に作用したことを発表した。

文部科学省は、管轄の原子力施設に異常がないことを発表しているが、原子力防災ネットワーク・環境Nネットでは異常のない旨の平常の表示のみで、地震後の観測値の発表等に特段の配慮(緊急報告等)はみられない。

 

2.新聞ではどう報道されたか

地震発生当日は祭日で、新聞は休刊日であった。

17日には各誌ともプール水と主排気筒からの排出の報道がなされたが、事業者の発表にある、漏れた水や放射能の量が主体である。一部の新聞では海水放射能測定結果異常なし(朝日)、新潟県の発表にあるラドン温泉6L分(毎日)など、影響にも言及している。

1819日には、漏れた放射能量の訂正が「放射能漏れ1.5倍に訂正」(朝日)、「東電放射能漏水過少発表」(毎日)といったように、微量で影響がない範囲にもかかわらず、訂正に対してはややセンセーショナルな表現で報道された。

20日には、主排気筒からの放出が「放射能放出止まらず、微量・・・」といった表現で報道された(朝日、日経)。20日夕刊には「放出止まる」との記述が見られる(朝日、毎日)。

22日には「新潟県の立ち入り調査の結果、水漏れもヨウ素も非常に微量で、東電の報告も妥当」(日経)との報道はあり、プール水の漏えいと主排気筒から放出問題に関する影響も含めた報道は、一段落したと言えよう。これ以降、漏えい経路などその後判明したことが報道されたが、23日には「安全機能は維持されている」との安全委員長のインタビュー記事(日経)、83日には新潟県と柏崎市の立ち入り調査の結果「目視では安全」との報道(日経夕刊)もあった。

これらの事実の報道とは別に、新潟県知事の談話として、「県からの問合がないと、避難するべきかどうか判断しなかった(事業者の情報だけでは安心できないという背景で)」(21日、日経)、「IAEAに放射能が敷地外から検出されていない事実を調べ、世界に発信してほしい」(86日、毎日)といった報道が印象的であった。

このように、水漏れと排気筒からの放出に関してだけ言えば、どの新聞も事実とその影響の報道内容は発表内容の域を超えず、訂正や放出が18日まで続いた件以外では、特に偏見をもった記事と言う内容はない。

然しながら、見出しとなると別で、「微量放射能含む水海中に」(7/17読売)はまだしも、「放射能汚染の水、血の気が引いた」(7/17朝日)、「放射能含む水海中に」(7/17毎日)「放射性物質大気中にも」(7/18朝日)「ヨウ素放出、発覚後も」(7/20日経)といいたトーンで、不安感を抑制するのとは逆のトーンで報道されたと言えよう。

 

3.考察

祭日で夕刊がなかったこともあるにせよ、新聞報道は若干遅れるのはやむをえない面もあろう。それだけに、「正確さ」と「判り易さ」が期待される。イタリアのサッカーチームの日本での試合キャンセルなど、不適切な初期の報道によるもので、「早さ」の影響は大きいことは言うもでもない。

報道された内容はほぼ発表内容と同じ、逆にいえば発表したことはほぼ報道された。従って、「判り易さ」も発表次第といえよう。とは言え、表題から受けるトーンもあわせると、購読者側には不安感情を植え付ける傾向にあったといえよう。

「判り易さ」で気になった点は、モニタリングの結果に対する「異常なし」と放射能や被ばくの数値である。

「異常なし」とは、通常時のデータと「変化なし」あるいは自然界のデータと「差がない」ことだと思う。即ち、「発電所に起因する変化が検出されない(従って今回の漏えいによる影響がない)」ことであり、「異常なし」だけでなく、もう少し丁寧な説明がいるように思う。

放射能濃度のベクレルや被ばく線量のシーベルトの値は、一般の人々には全く理解できないであろう。特に10の何乗ベクレルという値は、数値が大きいだけに、不安感を増大するだけであろう。

この点では、新潟県の発表にみられるラドン温泉6リットル分の例えは、一般の方々にとって分り易い表現と思う。

筆者は温泉法に定める放射能泉(水1リットル中111Bq以上)や三朝温泉(9361Bq/リットル)、WHOの飲料水中のラドン濃度規準(259Bq/リットル以下)や、通常の食品中のK40などとの比較なども報道してもらえれば、より判り易くなるのではないかと考える。

この場合、このようなデータをすばやく発表するのは、事業者か、地方自治体か、国の機関か、また、どの機関が言えば信頼されるかといった点が課題である。

 

まとめ

今回新聞報道を改めて確認したところ、報道内容は関係機関の発表内容の域をでないこと、概ね発表したことは報道されていることが分った。報道機関には地域住民や国民の不安感を増大するような見出しをつけないよう強く要望するが、記事そのものについてこれ以上の報道を期待するには、関係機関の発表内容に依存するところが多いように感じた。

今回の報道は事実を“早く”“正確に”に重点がおかれていたように思うが、安心という観点からは周辺環境への影響を主体に、身近な事例と比較するなど、“判り易く”説明することが必要と思う。

これらの説明情報をどの機関が発表するかは問題である。信頼性を考えると一定の権威をもつ公平な機関がのぞまれる。今回の場合、新潟県の発表にその傾向がみられた。地元で、事業者と独立して周辺環境のモニタリングを実施していることを考えると、有力な候補であう。ただ、ややもすれば、事業者と国の責任を糾弾する傾向があることが気にかかる点であるが、この役割分担が機能すれば、風評被害に有効であろう。

以上

参考

1)関係機関の発表は、各機関のホームページによった。

2)原子力施設周辺のモニタリングデータは環境防災Nネットで参照できる(新潟県異常なし)。http://www.bousai.ne.jp/visual/index.html

3)ラドン温泉に関するデータは「原子力百科ATOMICA」によった。食品中のカリウム40のデータ(出展照医研資料)も参照できる。