日本のエネルギー安全保障と原子力の重要性


         金子熊夫(エネルギー環境外交研究会会長)

 

[] これは、2002年7月8日、経団連会館において開催された緊急国際会議「エネルギー安全保障と環境保全:原子力の役割」(“Energy Security and Environment: The Role of Nuclear Power”)における発言の要約です。 なお、この国際会議は、(財)日本国際フォーラム主催、読売新聞社後援で開催されたもので、中曽根元総理、尾身科学技術政策担当大臣(当時)、ベーカー在日米国大使、ウィン欧州議会予算委員長、シアゾン在日フィリピン大使等が基調講演を行い、また、近藤駿介(東大)、秋元勇巳(三菱マテリアル)、今井隆吉(元軍縮大使)、森本敏(拓殖大)、袴田茂樹(青山学院大)等の各氏がパネリストとして参加しました。

 

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そもそも「安全保障」(security)という概念自体、「安全」(safety)と較べて分かりにくく、日本では一般になじみが薄い。一方は比較的身近で、肌で感じやすいが、他方は抽象的で、日常生活には直ちに響かないからである。しかもエネルギー「安全保障」の中身は時代によっても大きく変わる。

私が最近発表したいくつかの論文で、「油断」という言葉を多用したためか、堺屋太一氏の同名小説からの連想で、1970年代の石油危機を想定し、同じような危機が再来するとか、いや再来しないという議論をする向きがあるが、私は、「油断」という言葉をごく普通の日本語の意味で使っているのであって、「油が断たれる」、すなわち、石油の供給がある日突然途絶するというような緊急事態だけを想定しているのではない。

 私は、エネルギー危機には大きく分けて二種類あると考えている。分かりやすく病気に譬えれば、一つは「心臓麻痺」のようなもので、ある日突然石油供給がストップするというケースで、それがまさに30年前の石油危機であった。もう一つは「肝臓ガン」のようなもので、知らないうちにじわじわ進行して気が付いたときは手遅れというような種類の危機である。

私は、前者のような危機は、確かに今伊藤議長が指摘されたような理由で、再発の確率はかなり低くなっていると思うが、しかし、全く起こりえないとは考えていない。中東地域の政治情勢は、9.11テロ事件以後一段と不安定化しており、米国の対テロ戦争の進展いかんによって、例えばサウジアラビア等で大きな政変が起こる可能性も排除されていない。

さらに、中東地域以外でも、日本向けタンカールート上には、インド洋、マラッカ海峡、南・東シナ海など多くの“チョークポイント”が横たわっている。とくに南シナ海では、第1セッションでシアゾン大使も指摘したように、南沙諸島、西沙諸島の海底石油や天然ガスに各国の関心が集中しており、トラブルが発生する可能性がある。中国が遠洋航海可能な海軍力、いわゆるblue-water navyを強化していることもあり、南・東シナ海の波は高くなる惧れがある。日本としては、そのような緊急事態に対する備えを怠るべきではないだろう。  

もう一つ注意しなければいけない点は、確かに日本の石油依存度は30年前に較べて大幅に低下したが、実際の消費量(輸入量)は最近20年間、450〜500万バレル(日量)前後で横這いで、石油が日本にとって最も重要なエネルギー源であることに変わりはない。石油備蓄が国家・民間合わせて160日分あるから心配無用とは言い切れない。もし仮に近い将来石油危機が勃発すれば、当面原子力に頼る以外にない。そもそも発電における石油の比率が第1次、第2次石油危機以後大幅に下がったのは原子力を拡大したからであって、もし原子力を拡大していなければ当然石油の比率は現在より遥かに高いものになっていただろう。

 他方、「肝臓ガン」型の、じわじわ進行するエネルギー危機の確率は非常に高いと私はみている。最大の原因は、アジア諸国の石油需要の急激な伸びだ。とくに中国は、従来石炭中心であったが近年急ピッチで石油へシフトしつつある。その結果、中国は世界で第7番目の石油生産国であるにもかかわらず中東からの原油輸入を拡大している。インドネシアも数年内に純輸入国になると見られている。このまま行くと将来必ず、アジア諸国間で中東原油やカスピ海などの石油、天然ガスをめぐって熾烈な争奪戦が起こる可能性が高い。30年前のエネルギー危機はアジアでは日本のみが被害を受けたが、これから起こりうる危機はアジアが中心になる。日本は円高以降生産の拠点をアジアにシフトしているが、そういった出先でのエネルギー危機による経済危機は、3〜4年前の金融危機の時よりも深刻なものになるだろう。

 石油やガスの価格が暴騰しても日本のような金持ち国は何とか切り抜けられるかもしれないが、開発途上国はどうなるのか。30年前は我々は自分のことを心配するだけでよかったが、経済的相互依存度が飛躍的に高まった今日は、それでは到底済まないだろう。そうした事態を未然に回避するためには、アジア諸国の石油備蓄能力の整備拡大や石油代替エネルギー(再生可能エネルギーなど)の開発が急務であり、日本はこの分野でできる限りの支援を行なうべきである。

と同時に、石油代替エネルギーの1つとして原子力を引き続き重視すべきである。もし北東アジアで日本、韓国、台湾のような大規模エネルギー消費国が原発を止め、その代わりに石油や天然ガスの消費を大幅に増やせば、アジア全体で石油やガスの需給が逼迫するのは火を見るよりも明らかである。逆に日本や韓国が原子力により石油等の消費を減らせば、それだけアジアの石油等の需給逼迫を緩和する。そのように考えれば、日韓等が原子力を継続することは、単に自国のエネルギー安全保障だけでなく、アジアのエネルギー安全保障にとっても必要なことであって、それは国際的責務でもあると言えるのではないか。

 もちろん、だからと言って、日本の場合、際限も無く原子力をどんどん拡大すべきだというわけではない。原子力にも自ずから限界がある。今年3月に政府が発表した「地球温暖化対策推進大綱」では今後10年間に原子力を約3割増加することが必要としているが、私見では、エネルギー・ベスト・ミックスということから言って、現在の35%くらいが妥当なところで、今後伸びても精々40%くらいまでだろう。しかし、現在のような国内状況が今後も続けば、原発の新増設は無くなり、将来35%を維持することも不可能になるだろう。世間には、しばらく原発を止めて、将来必要になったときに再開すればいいという意見もあるが、原子力の性質上そうは行かない。技術、人材が維持できないからだ。

ところで、これまで東アジアの原子力開発は北東アジアが中心だったが、東南アジアでも今後2030年のスパンで原子力を始める国が出てくる。ヴェトナムもその1つで、同国は2017年頃の運転開始を目途に原発導入計画を立てている。こうした国々からの協力要請に対し日本は技術先進国としてできるだけ援助すべきだ。もちろん、この地域における原子力活動が間違っても核拡散につながることのないように十分な手立てを講ずるべきである。午前中のセッションでフィリピンのシアゾン大使が言及したASIATOM設立構想はその1つだ。いずれにしても、アジアの経済成長がエネルギー問題がネックになって止まるのは避けなければならない。

 結論として、日本は、アジアを起因として、じわじわやって来るエネルギー危機に十分備えるべきで、原子力はそのための有力な選択肢の1つである。それが同時に地球環境保全、温暖化防止にも役立つことは言うまでもない。我々日本人は、これからのエネルギーや環境問題を考えるとき、ただ単に国内的な事情だけでなく、こうした国際的な状況をも十分視野に入れて判断するべきである。

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    金子熊夫  元外交官(初代外務省原子力課長)、前東海大学教授。

現在、外交評論家、(財)日本国際フーラム理事、エネルギー環境外交研究会会長、(財)地球環境センター理事、「エネルギー問題に発言する会」会員、ほか。