志賀原発1号機の「制御棒引き抜け事象」への一考察
2007 年 3月 30日 小林弘昌
1. はじめに
志賀原発での”制御棒誤引き抜け(?)”による想定外「臨界」事象の事実隠蔽がプレス発表で明るみになったのが、3月15日であったが、それ以降、北陸電力殿自体による詳細な事実公開は少なくともその HP上等では本日に至るまでの半月間一切報じられていない。一方、国の機関である、原子力安全・保安院の HP でも同じく、詳細な事実ならびに技術的背景もなんら公開されていない。そして、制御棒駆動機構周りのポンチ絵的な系統図を北陸電力のHPの記載のまま写して載せているが、それが全然説明になり得ていない。お国の機関がこの状態では、とても国民は今回の、東京電力殿も含めた、一連の”原子力不具合問題隠蔽事件”に対して、とても理解をするに到らないのではなかろうか、と危惧する次第である。マスコミ報道では、本日、北陸電力が安全・保安院に赴き、詳細報告をするとのことであるが、内容的にどの程度のものになるのか、強い期待で待っています。
本、小メモの作成者は、約 35年前(1973年)までの約10年間強、軽水炉(BWR)の炉心設計(ソフト関連)に従事していました。つたない経験ではありますが、それを基にして、少し問題を整理し、何れ明かになるであろう公開事実をより理解しやすくし、また、場合によっては、BWR の設計の Advancement に繋がるかも知れないことを纏めてみたいと考えます。
2. 論点の整理
まず、今回の事象を分析してみる時に、論点を何に置くかをまず整理しておきたい。
私は、それを次の様に整理したいと考えます。
(A) 定検期間中に、どのような作業を行っている時に発生したのか?
(B) ”引き抜いた”のか”引き抜けたのか”そして何故3本だったのか?
(C) 軽水炉(この場合はBWR)は、反応度事故として、”即発臨界(Prompt Critical) ”
を想定しているが、それは、“決して核暴走しない”範囲で収まるものなのか?
実は、このメモを纏める気になったのは、(C)を論じたかったからであり、(A)、(B)は何れは判ることであろう(Data の記録がないらしいが)し、推論の域を出ない。
そして、結論を先に言えば、Human Error(各種の Typeが存在する。ex. 試験要領書の不備、不良も Human Error に入る)が幾重にも重なれば、”核暴走”も全く有り得ないことではなく、従って、少なくとも、「臨界時における”制御棒落下事故”による”反応度投入”は"1$以下”」と規制する必要があると考えます。
以下順次述べてゆきます。
3.
定検期間中に、どのような作業を行っている時に発生したのか?
定検で、制御棒(CR)や、制御棒駆動機構(CRD)関連の作業、そして当然その過程でCR の挿入、引き抜きが手順として存在するものとしては、下記が考えられます。
3-1 CRD の Maintenance
勿論、これは一定検で対象とするのは全数ではなく、部分数であり、数定検査を経て全数を Check することになりますが、これは、定検工程の Critical Path でもあります。燃料交換(古い燃料の取り出し、残存燃料の配置変換(Shuffling)、新燃料装荷)との Timing は (3-3)との関連もあり余剰反応度が最も高くなる燃料交換後の筈です。
3-2 CR の交換
これは、CR が B4C Tube を内蔵した SS 板で出来ていた(志賀1号もその筈)時期、中性子照射が激しく、核的乃至は機械的強度が一定値以下に脆化した物から順次交換することになっており、これも、一定検ではごく一部です。
3-3 最大反応度価値制御棒引き抜き(他は全挿入)時での未臨界確認試験(One Rod
Stuck Margin Test)。 炉物理試験。
これは国が定める”安全設計審査指針”(所謂”安審”)の中で次の様に規定さている
その試験 である。これは炉心が変る毎に行う性質のものと考えます。
指針16. 制御棒による原子炉の停止余裕
原子炉停止系のうち制御棒による系は、高温状態及び低温状態において、反応度価値の最も大きい制御棒1本が完全に炉心の外に引き抜かれ、挿入できないときでも、炉心を臨界未満にできる設計であること。
(注記) 以下青字の文章部分は参考文献よりの転記。
3-4 制御棒の機能試験(Functional Test)
その運転期間中に一度も、或いは殆ど駆動させなかった CR を次期サイクルに先立って駆動確認しておく試験。
なお、(3-3)、(3-4) は、圧力容器の蓋を閉めてからでも行えるが、通常はCold Test の一環として Open Vessel 状態でも行うようである。
しこうして、上記のどの試験段階での、出来事であったのか?或いはそれ以外の試験であったのか?がはっきりしないが、筆者は、(3-4) の可能性が大きい様に思える。
というのは、志賀1号機で“抜けた"とされているのは炉の周辺の制御棒であることからである。CR 群は一般に、“反応度制御”ばかりではなく、“出力分布制御”にも使用するのであるが、出力分布を出来るだけ平坦にするため(より効率よく核燃料を燃焼させるため)に、概ね周辺の CR はサイクル期間を通じて全引き抜きの状態で推移するため、殆ど動かしていないからである。
これは、東京電力の福島第一発電所3号機の“引き抜け”位置もほぼ同じ状況と観察される。
4.
“引き抜いた(誤操作)”のか、“引き抜けた(誤作動)”のか?
これは極めて重要なことである。新聞や TV の報道では、あたかも“引き抜けた”かに思える書き方になっているが、それは誤りではなかろうか?と思う。何故ならば、BWRの制御棒は、通常“機械的に切られた溝”に“爪が食い込む”形 (Ratch or Ratchet 構造)になっており、それを外す(信号を送り)ことをしない限り、絶対に下方(抜ける方向)に動作しない構造になっている。そして、長さ方向に 24 Notch に分割され、1 Notch は 6" (約 15cm;Golf の 6" Replace相当)であり、しかも通常はNotch 単位の動作となる。この Notch が連続的に外れ、同時に駆動用水圧が掛らないと、制御棒はあそこまでは引き抜けない。その様な事が偶発的に、非人為的に起こるとは思い難い。そして、しかも3本も! 同時なのか?連続(シーケンシャルに)してか?
初装荷炉心での“臨界・出力上昇試験”段階では、軽水炉建設の初期段階では(現在ではやっていない筈)、"最小臨界炉心“(燃料集合体が最小何本で臨界に到達するかをみて、核計算の精度を確認する)試験があったが、勿論、装荷燃料の濃縮度依存ではあるが、3〜4w% の濃縮度では、10体強程度で臨界に到達していた、と記憶する。今回は“第5回定検時”とのことなので、旧燃料も入っており状況は多少は異なるが、燃料集合体4体当りに1本挿入されている CRを、しかも隣接する状態で3本引き抜けば、12体の燃料集合体が減速材中に曝されることになり、充分に“臨界”状態になり得るものである。
検査員(定期検査従事者)はどのようにして臨界を確認し、どのような方法で15分後に炉を停めたのか、も含めて謎が多すぎる故、これ以上は文字通りの推論以外のなにものでもなくなり、あまり意味をもたないのでこれ以上は書きません。
5. BWR は、“即発臨界(Prompt Critical)”を経由しても“核暴走”は絶対に起こりえないのか?
答えは、即座に「Yes ! 絶対に起こりえない」と言いたいところであるが、冷静に判断すると、「やや、“疑問”である」と、なってしまう。勿論、幾つもの Human Error が重なれば、の話ではあるが。
5-1. 歴史的な反応度事故とその簡単な分析
1961年に原子炉の“反応度事故”としては、核暴走で 3名の犠牲者を出した米国の軍事用局地用動力炉 SL-1 が最初で、Chernobyl 炉の惨劇、そして、国内では、原子力 Plant ではないが痛ましい事故に発展してしまった JCO 事故がある。これらは、いずれも、反応度事故で、“即発臨界”を経由した“核暴走事故”であった。
ここで、原子力の仕事を専門でやったことのない方には、あまり馴染みがないであろう“即発臨界”という言葉を使いましたが、“臨界”には元来、2種類あって、“遅発臨界(Delayed Critical)”と、“即発臨界”があります。その違いをここでは極く定性的に話しておきますと、1回の核分裂で生じる中性子は、U-235 の場合、平均 2.47ケ ですが、その99% は、核分裂と同時に瞬時に放出(寿命:10(-5乗) sec) されるが、1%(厳密には、U-235 燃料の軽水炉の場合0.65%)は、核分裂生成物(Fission Product)の核崩壊、核変換の過程で生成し、Time Delay (〜 1/10 sec) があります。前者を“即発中性子(Prompt Neutron)”と称し、後者を“遅発中性子(Delayed Neutron)“と称します。言葉はどうでもよいのですが、この遅発中性子があるお蔭で、一般に原子炉は制御がし易くなっているのです。定常状態で安定に運転されている原子炉は、この“遅発中性子”を織り込んだ状態での“遅発臨界”状態であります。
一方、“原子炉の制御要素”にも大きくは2種類あって、その一つはその種の原子炉が本来自分自身で兼ね備えている性質、つまり、“自己制御性”と言われるものであり、今ひとつは、装置.設備として付加する中性子吸収剤の一環がそれで、その一つが“制御棒”です。
反応度投入があった場合、系のその後の状態の決め手になるのは、その投入された“反応度の大いさ”と、“自己制御性”の素性の程度です。“自己制御性”と言いますのは、出力が上がれば、それを抑えようとする方向に働く性質の事で、その中味は、色々あります。
ここでは詳しくは述べませんが、軽水炉は自己制御性が適度に大きく優れた炉であります。
因みに、Chernobyl 炉は、黒鉛減速炉で、ある出力範囲(低い出力領域)で、反応度的に「正」の Feed Back のある出力範囲、つまり“自己制御性”のない状態が存在し、そこでの無理な反応度 Test を行った為に惹起した大事故でした。この“自己制御性”、特にその要素の一つである“ドップラー反応度(Doppler Effect)”(通常「負」)は、工学的と言うよりか、“物理的”に“瞬時”に働くものですので、“制御棒を挿入”すると言う様な機械的な動作よりもずっと早く効いてくれる有り難い炉物理現象なのです。初期の反応度抑制はこれが効いて、後に温度係数や、ボイド係数が(軽水炉では何れも「負」)効いてくるという仕組みなのですが、Chernobyl 炉では、温度係数等が「正」で且つそれが大きかった為、全体として「正」の反応度が働いてしまった訳です。
SL-1 炉や、JCO 事故については、むしろその“投入反応度”が大きすぎたために、“自己制御性”云々以前の、それこそ文字通りの“即発臨界事故”になってしまいました。SL-1 炉は、水炉ですので、燃料と減速材の稠密度にも関係しますが、一般には“自己制御性”があったものと考えられますが、炉容器が破壊する様な核暴走に到りました。
"One Rod Stuck Margin" がこの SL-1事故を機に米国NRC の規制項目に上がった所以でもあります。
5-2. BWR
の炉心性状と制御棒について
法規制がどうなっているかを吟味しながら、問題点が潜んでいないかどうかをみてみたいと思います。
5-2-1 出力係数に関する規制 ――― Chernobyl 炉型事故は起こりえない。
「安全設計審査指針」においては、「出力係数が「負」なること」を下記の様に規制に盛り込んでいます。
指針13.原子炉の特性
炉心及びそれに関連する系統は、固有の出力抑制特性を有し、また、出力振動が生じてもそれを容易に制御できる設計であること。
5-2-2 反応度制御系への要求
反応度制御系(この場合制御棒)に関しては、まずは、「安全設計審査指針」において、下記の様に反応度投入の結果として、冷却材バウンダリー等の破壊に到ることを避ける設計である事を規制しています。
指針14.反応度制御系
2.制御棒の最大反応度価値及び反応度添加率は、想定される反応度投入事象に対して原子炉冷却材圧力バウンダリを破損せず、また、炉心冷却を損なうような炉心、炉心支持構造物及び原子炉圧力容器内部構造物の破壊を生じない設計であること
ただ、「反応度投入事象に関する評価指針」では、次のようにも述べています。
臨界又は臨界近傍にある原子炉に、正の反応度が投入された場合、反応度の投入量及び投入率によっては、原子炉出力が異常に上昇する可能性がある。
本来、原子炉(軽水炉)はドップラ効果、減速材温度効果及びボイド効果といった、いわゆる負のフィードバック効果が働き、原子炉出力の異常な上昇を抑制する固有の自己制御能力を有する。しかしながら、反応度の投入量及び投入率が異常に大きい場合、原子炉出力の異常上昇に伴い、急激に燃料温度が上昇し、終局的には燃料が分断したり、溶融して破損する。燃料の溶融が著しくなると、
高温のペレットが冷却水中に飛散して水との相互作用により、圧力波や水撃力といった機械的エネルギが発生する。これが炉心及び原子炉冷却材圧力バウンダリに作用して、これに損傷を与える可能性が生じる。従って、本指針は、第一段階として反応度投入事象に関連する運転時の異常な過渡変化における燃料の破損防止と、第二段階として事故における炉心の冷却可能な形状の維持と原子炉冷却材圧力バウンダリの健全性の確保を意図して作成したものである。
5-2-3. 安全評価
つまり、本来“自己制御性”を有する炉であっても、投入反応度が異常に大きい場合は、“事故”に繋がる可能性を秘めている、としている。そしてその具体例として、次の様に述べている。
本指針の対象とする具体的事象は以下の事象とする。
1) 運転時の異常な過渡変化のうち
@ 原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き(PWR)
A 原子炉起動時における制御棒の異常な引き抜き(BWR)
2) 事故のうち
@ 制御棒飛び出し(PWR)
A 制御棒落下(BWR)
「安全評価審査指針」ではこれを受けて、
3.2.2 制御棒落下(BWR)
(1) 原子炉が臨界又は臨界近傍にあるときに、制御棒駆動軸から分離した制御棒が炉心から落下し、急激な反応度添加と出力分布変化を生ずる事象を想定する。
(2) 原子炉は、臨界又は臨界近傍にあるものとする。なお、原子炉の初期状態は、判断基準に照らして結果が最も厳しくなるように選定しなければならない。
(3) 最大反応度価値を有する制御棒1本が炉心から落下するのに相当する反応度が投入されるものと仮定する。
(4) 解析条件等については、「反応度投入事象評価指針」の要求を満足しなければならない。
(5) 判断基準としては、4.2の(2)及び(3)並びに「反応度投入事象評価指針」に定める基準を適用する。
事故にあっては、
1) 燃料エンタルピの最大値は、230cal/g・UO2を超えないこと。
2) 原子炉冷却材圧力バウンダリにかかる圧力は、最高使用圧力の1.2倍以下であること。
再び、「反応度投入事象に関する評価指針」に戻ると、
発電用軽水型原子炉で想定される反応度投入事象を考えると、投入量が1ドル(*)未満の場合には、原子炉出力の上昇はゆるやかであり、また、燃料エンタルピの増大もさほど大きいものではない。加えて、原子炉の出力上昇がゆるやかなために、原子炉停止系の作動にも十分な時間的余裕があり、燃料エンタルピの過大な増大を防止することができる。
以上の意味から、本指針の対象とする反応度投入事象としては、原子炉出力の上昇が急激で、かつ、断熱的に燃料エンタルピが増大する即発臨界の場合、すなわち、1ドル以上の前記4事象で代表することが妥当と考える。
(*) 遅発中性子割合に相当する反応度、つまり 0.65 % △K/K (筆者注記)
5-2-4.
BWR で、一番反応度の大きな制御棒は 1$ 以上あるのか?
これまでの、お国(原子力安全委員会)の定める設計審査指針(規制)、評価審査指針、評価基準を追いかけてきたが、“反応度投入事象評価”は、“1$以上(通常は 1$+ε)”の反応度投入による“即発臨界”状態を想定して解析評価し、冷却材バウンダリーの破壊が起こらないことを検証することになっているが、実際には、最大の反応度を持った制御棒が "1$“(熱中性子炉である軽水炉では、〜 0.65% △K/K の反応度に相当)以上を持つことはない。それは、次のことからもほぼ裏付けられる。炉を1年間運転するに必要な余剰反応度は、5〜6% △K/K程度であり、これを、志賀1号機では89本の制御棒でサイクル初期には反応度制御の分担をしている。 運転中は出力分布制御も含めてサイクル初期においても、半分近くは引き抜かれているが、それでも単純平均では 6%/(89x0.5)=0.13% となり、炉心中央部の中性子束Importance を “x 2.5” とみても、0.13%x2.5= 0.33 % △K/K で 1$ よりも充分に小さい。
従って、臨界状態から、よし、1本の最も反応度の高い制御棒が落下しても、“即発臨界”にはなり得ない。従って、工学的範囲内で、炉は充分に制御され、未臨界状態に停止することができる、と言うことになる。 が、今回のように、何故か Ratch 機構が外され(ボタンの連続押し付け?)た状態で、近隣の制御棒が複数本“同時に抜ける”様な事態が本当に現実問題として起こりえたのであれば、“1$”以上の反応の投入もありうることになり、「全く安全」とは言えないのであります。
兎に角、真実を知りたい。おぼろげな記憶では困ります。何がしかの記録が必要です。その為にも、隠蔽してほしくはなかった。正しい道を歩まないと工学の進歩はありません。
6.
提案
最後に提案ですが、「安全設計審査指針」またはそれに類するもので、「1本の制御棒価値を、その最も価値の高くなる状態で、“1$未満”となるように設計すること」を規制に盛り込むことを挙げてみたいと思います。
現実問題として、“即発臨界”に繋がる“1$(以上)”の反応度投入が有り得ないことにすべきだとの考えです。
尤も、Hypothetical な意味での「“1$”の反応度投入時の事象解析とその評価」を行うこと自体はなんら構いませんが。
なお、最近では、恐らく制御棒の Block(Gang)引抜を許していると思いますが、これも見直すべきかもしれません。
− 以上 −
<参考文献>
1. 発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針、平成2年8月30日 原子力安全委員会決定、一部改訂 平成13年3月29日 原子力安全委員会
2. 発電用軽水型原子炉施設の反応度投入事象に関する評価指針昭和59年1月19日 原子力安全委員会決定、一部改訂 平成2年8月30日 原子力安全委員会
3. 発電用軽水型原子炉施設の安全評価に関する審査指針、平成2年8月30日 原子力安全委員会決定、一部改訂 平成13年3月29日 原子力安全委員