「毎日新聞の「東海地震震源域の浜岡原発「老朽」2基、廃炉すべきだ」に反論して

 

2002514

「エネルギー問題に発言する会」会員

工学博士 益田恭尚

 

200251日付け毎日新聞東京朝刊の記者の目欄に掛川通信部の中村牧生氏の署名で「東海地震震源域の浜岡原発「老朽」2基、廃炉すべきだ」として、次のような趣旨の記事が掲載されました。

「中電浜岡原発1号機で、重大事故が相次いで発生した。老朽化を指摘する声が強い中,運転再開を目指して住民の説得を始めた。必ず起きる東海地震による原発震災を食い止めるためには国が原発を止める決断をするしかない。国は「老朽化」を見過ごす「重大な失政」を引き起こしてはならないと思う」とあります。

中村氏は地元の方々と密着した最前線の記者として自分の思いを記者の目として記事にされたものと思いますが、間違った論調による原子力発電所運転反対の主張であります。天下の毎日がこのような主張を出すことにより社会に与える影響は計り知れないものがあると思います。

一般国民に原子力の平和利用についていっそうの理解をしていただきたいと願っている筆者等にとっては見過ごすことの出来ない問題です。

毎日新聞としてはこの点についてどのように責任を感じておられるのでしょうか。

記事の中の間違いを指摘してみたいと思います。

1)白金注入に関して

記事には配管破断を引き起こした水素爆発は「老朽化対策のために注入した白金が反応を促進させる触媒として働いた」とあります。

白金は応力腐食割れ対策のひとつとして、極微量の白金をイオンとして炉水に注入したものであります。老朽化対策とは無関係の事柄です。

注)原子炉の中で水が酸素と水素に化学的に分解することは既知の事実です。応力腐食割れ対策として白金を注入するに際し、配管内に溜まった水素と酸素が、白金のような貴金属が触媒として働き、水素爆発を引き起こすことを予知できなかったことは大きな反省点であります。しかし、このような事象を経験した現在では、水素爆発の防止について確実に対策を立てることができます。

2)圧力容器の老朽化について

記事の中に「原子炉圧力容器からの水漏れは、原子炉と一体成型した部位の損傷で、専門技術者も老朽化を疑っている」とあります。

当該部は溶接構造部で、水漏れはその溶接部に発生した応力腐食割れによる微小欠陥からのものであります。一体成型した部位が損傷したものではありません。

応力腐食割れの発生は、応力腐食割れを起す可能性がある材料が、応力腐食割れを発生するような環境下において、過大な引っ張り応力がかかった場合、これらの要因が重畳して徐々に発生・進展するものであり、通常、溶接部またはその近傍に発生します。応力腐食割れの進展には時間の要素はありますが、応力腐食割れは老朽化により起るものではありません。

注)応力腐食割れは全面腐食と違い、耐食性の優れた金属材料に起りやすいもので、発生のメカニズムの詳細が未知であった当時のプラントにとっては厄介なものでありました。材料、応力(溶接による残留応力等)、環境(溶存酸素低減等)のいずれかを改善することにより応力腐食割れ対策とすることができますので、科学的な新しい知見を取り入れ、新プラントは勿論、浜岡12号のような初期のプラントに対しても、順次対策を採ってきました。白金イオン注入も環境改善を目指したものです。これら対策の採用により発生頻度は非常に少なくなってきましたが、残念ながらまだ完全に防止するには至っておりません。しかし、定期的な検査により傷が小さい状況で早期発見が可能であり、原子炉の安全を脅かすような問題になるとは考えておりません。


3)プラント寿命について

記事の中に「浜岡1号機はすでに26年がたち、当初は30年といわれたプラント寿命に近づく」また「世界を見渡すと30年以上なら廃炉を選択する例がほとんどだ」そしてさらに「東海発電所は稼動32年で廃炉となった。老朽化で事故が多発していたのに、同社は“出力が低く効率が時代に合わない”ことを廃炉の理由に挙げた」とあります。

“プラントの寿命を30年とする”としたことはありません。従来、プラントの設計段階において、機器等の設計をするにあたり、例えば30年間に経験する過渡事象を想定し設計を進めるという手法がとられています。しかし30年たてば寿命が来てしまうというものではありませんし、記事にあります通り、10年に1度定期安全評価を実施し安全性を評価するとともに、運転実績をもとにして解析評価し余寿命が十分あることを確認しております。

30年以上なら廃炉を選択する”というのも事実と著しく違います。1970年頃に運転を開始した原子力発電所は実に種々雑多な炉型があった時代であり、その多くが廃炉の運命を辿ったのは事実です。しかし、現在世界中で400基以上の原子炉が運転を続けていますが、その中で30年以上に亘り運転を続けているものが40基以上存在します。

東海発電所を廃炉とするとの選択は、この炉が“ガス炉”という古いタイプの原子炉で、正に“出力が低く効率が時代に合わない”ためになされたのです。設計寿命を越えたから廃炉にしたのではありません。

4)老朽化について

記事を通して“老朽化”を前面にだし、“古いプラントは老朽化しているのであるから、廃炉すべきである”と主張されておられます。そして「経産省が“老朽化”という言葉を極端に避けるのは、既存の原発を少しでも延命させる必要があるからだ」としておられます。

経産省が老朽化という言葉を使わないのは高経年プラントといえども老朽化していないからです。高経年プラントについても技術の進歩と必要性に応じ、プラント機器の相当部分が常に更新されています。配管や配線はもとより計測・制御系、さらに最近は炉内構造物や蒸気発生器の交換もすすめられていますし、原子炉圧力容器の交換も検討されています。原子力発電所のトラブル発生の統計を見ても、経年するに従ってトラブル件数が増えるという実績は出ていません。予防保全の考え方に基づき、検査と補修をしながら安全に安定運転を続け、十分に役割をはたしています。古い国や会社が常に新陳代謝を繰り返し伝統の上に繁栄しているのと同じです。

5)まとめ

原子力発電所は安全を基本として開発を始めました。そして全ての工業技術がそうであるように、失敗を重ねながら、その経験を取り入れ改良に改良を加えてきました。確かに先行するプラントはいろいろな失敗についても先行していく傾向があります。それらの経験が先駆者として改良の方向を指し示しているのです。今回の水素爆発による配管破断と圧力容器からのリークは一般の方には衝撃的なものであったかも知れませんが、発電所周辺への放射能による影響はなく、原子炉事故としては国際原子力事象評価尺度(INES)によっても「レベル1」と「レベル0」との評価を受けています。

経験の大切さは経年化問題についてもいえることであり、国および産業界においても経年化問題を重要な課題と受け止め、長年にわたりこの課題と真剣に取り組んできました。その中で高経年化と耐震性との関係についても十分検討されました。これら検討結果は“高経年化に対する考え方の指針”としてまとめられようとしています。

今後とも高経年プラントに対しても、安全性と信頼性の追及とともに、経済性の向上を目指し、さらなる改善が図られるものと我々OBも期待している所です。マスコミ各位におかれましても原子力発電について正しく評価していただき、日本のひいては世界のエネルギー問題解決のため、原子力の平和利用にさらなるご理解を頂くよう期待するものであります。

追記)本文は毎日新聞編集部にも送付いたしました。