エネルギー問題と原子力
                       原子力委員会長期計画策定会議
                            「ご意見をきく会」
                           於青森グランドホテル
                             2000年10月2日
                                               工学博士 益田 恭尚

 40年以上にわたって原子力発電の技術開発に従事してきた技術者としてエネルギー問題について私見を述べさせていただきます。

 戦後原子力開発が認められて以来、わが国は石油代替えエネルギーの中核に原子力発電を据え、厳しい事態を経験しながらも、幅広い関係者の努力でそれらを乗り越え、比較的順調に開発が進められてきました。しかし、このところ新規発電所建設は停滞気味であります。その理由は、原子力関係の不祥事に起因する点も否定できませんが、欧米諸国における原子力発電の低迷も見逃せない点でありましょう。欧米での停滞の理由は、いろいろ考えられますが、自由競争のもと、大型投資という原子力の経済的デメリットのほか、チェルノブイル事故以来、原子力の安全性に懸念を抱く国民の支持をえんがための政権政党の政治的配慮に起因しているものと思われます。

 エネルギー需要が増加を続けている人類社会にとって、このような状況は見過ごすことのできない事態だと考えます。50年、100年の視野に立ってエネルギー供給の姿を予測し、国民がそれを理解した上で、人類の将来の方向を見定めることが、今こそ求められているのではないでしょうか。

 石油は使いやすいエネルギー源であると同時に有限な資源です。現代人だけで使いきってしまってよいものではありません。「石油はあと30年で枯渇する。それまでになんとかしなければ」とのローマクラブにより警鐘がだされ30年が経ちました。この間、石油の新規発見量は消費量を上回り、現在、石油可採埋蔵量は43年といわれています。しかし、いつの日か、新規発見が減少に向かい可採埋蔵量が減り始めたとき、間違い無く異常な高騰に見舞われるでしょう。

 大気中の炭酸ガス濃度も心配されます。排出量の規制が京都議定書の線で行われたとしても、化石燃料に頼っている限り、炭酸ガス濃度の増加を止めるわけにいかないのです。漸次、地球と人間が許容できる限度に近づいていくことが憂慮されます。天然ガスは炭酸ガス排出量が少ない点からも利用範囲が拡大されつつあります。しかし、これとても遅からず石油の後を追いかけることになるでしょう。

 多くの人が石油に頼っていられないことに気が付いたとき、石油代替えエネルギーに何を選べばよいのでしょうか。自然エネルギーで賄えればそれに越したことはありません。識者の間でもそのような発言が多くみられます。長計(案)の中にも「現在のところ大規模な導入は容易ではない」となっています。将来本当に自然エネルギーが基幹エネルギーたりうるのでしょうか。私はNOであると考えます。太陽は現代人が消費するエネルギーの7,000倍ものエネルギーを地球に降り注いでいます。これを有効に利用しようと考えるのは、人類として当然です。 

 水力は安定性の点からも有力な自然エネルギーです。しかし、わが国では略々開発し尽くされ、海外でも環境問題等からその利用は限られたものとなっています。

 自然エネルギーで期待されている太陽光と風力はエネルギー密度が低く、安定性の点でも大量発電には向かないという欠点があります。太陽光エネルギーについて理科年表で調べますと、夏の日中、晴れた日には1m2当たり約1kWありますが、年間に均した日本での平均値は約140Wであると記されています。日本の年間の全電力約1兆kWhrを賄うのにどの位の面積が必要か試算してみましょう。変換効率10%とすると、所要面積は83億m2となります。これは東京・埼玉・神奈川の全面積に相当します。この膨大な面積にぎっしりと太陽電池を敷き詰めなければならないのです。光電池の変換効率は物理的に最大で15%が限度とされています。従って、技術がいくら進んでもこの面積は変わらない数字です。

 我々ができることは、家庭の屋根を使っての太陽光発電です。一般住宅の屋根に太陽電池を敷き詰めますと、夏の天気の良い日は3kW程度の発電ができます。補助金による普及努力が実り設備容量も13万kWと世界一を誇っています。日本の全家屋の約半分に採用されたとすれば5千万kWと相当な容量になります。しかし、まだ電力消費量が減らない夕方に、日は陰ってしまいます。総発電量は単純計算しますと、年間に均し、全電力の3%程度となります。

 風力の利用については、米国、デンマーク、ドイツ等で風力発電が盛んに開発されています。わが国でも北海道や東北の風が強い地方に風力発電所の建設が進められています。風力発電にも景観や騒音問題があり、デンマークでも反対運動が始まっているそうです。風車の設置には付近に人家のない、適当な風が常時吹いている、広大な土地が条件となります。日本の全海岸線に沿って堤防を建設し、風車を並べるというアイデアもあるようです。海岸線の全長は3万4千kmありますので、100mおきに1000kWの風車を設置できたとすれば、3億4千万kWの設備容量になります。しかし、海岸といえども年中風が吹いているとは限りません。北海道の苫前のように風が強いところでも設備利用率は22%程度といわれています。これだけの設備でも総発電量は年間の全電力の約50%ということになります。さらにこれらの電力には安定性の点でも課題があります。電力系統にフライホイール効果を持った安定装置が必要となります。技術的には可能としても経済的には難しいでしょう。

 人類の消費しているエネルギーは電力だけではありません。これも代替えしていく必要があるのです。自然エネルギーの利用は進めなければなりませんが、あくまでも基幹エネルギーの補間的なエネルギーとして考えるべきだと思います。今こそデーターベースを基に広い分野の科学技術者の間で議論を深め将来の方向を見定めるべき時期だと考えます。科学技術がいかに発展しても、自然エネルギーが化石エネルギーに取って代わることができないとなれば、人類の頼るべき基幹エネルギーは原子力以外にはないでしょう。このような議論の内容を分かりやすくマスメディアを始め一般の人々に明示する必要があると考えます。

 私は、わが国の原子力発電は実用的にはほぼ満足すべきレベルに達していると思っています。しかし、原子力を基幹エネルギーとするためには、原子力の欠点を科学技術の力で解決し、これを乗り越えていかなければなりません。高レベル廃棄物の処分、核拡散防止はその中でも重要なポイントです。

 原子力発電所そのものについても、さらなる安全性、経済性の向上に向け、たゆまざる改良発展の努力を続けていかなければなりません。また、革新的な技術開発も心がけなければならないでしょう。安全哲学(セーフティカルチャー)の向上にも不断の努力を続ける必要があります。技術継承と技術力向上のためにも原子力開発の中断は許されないのです。

 現在、世界中で400基以上の原子力発電所が運転され電力の16%を供給しています。脱原発を国の方針としている国でも廃炉にできないでいるのです。その一方、欧米諸国ではこの20年、原子力発電所の新規発注は途絶えてしまっています。石油危機に直面しやはり原子力だということになった場合、半世紀も中断した後で、原子力発電所の建設はどのように進めるのでしょうか。設計図書・マニュアルを始め各種文献は豊富に揃っています。しかし、先人が多くの失敗を糧に開発を進めてきた経験は的確に伝承しにくいのです。開発を再開するとなると、ゼロからやり直すより困難な点がでてきます。例えば既に解明された基礎研究からやり直すわけにもいかないでしょう。開発当初許された失敗もいまや許されません。優秀な人材が集まるかも心配です。素材を始め機器を担当する製造部門でも大型製造技術は忘れ去られていることでしょう。開発当初の失敗と苦難を繰り返しながら、再開1号機が動き出すのに何年かかるでしょうか。私はこのことを恐れています。

 孫の代になってエネルギー危機に直面し「先輩はどうしてこのような大事なことを我々に教えてくれなかったのか」と恨まれないためにも、子供達へのエネルギー教育は非常に重要なことだと考えます。国としても是非強化していただきたい点であります。

 エネルギー資源に乏しく、外国から電気の供給も受けられない日本は、率先して原子力問題について深く考え、開発を続けていかなければならないのではないでしょうか。「世界がやらないのに何故日本だけが」ではなく、「世界がやらないからこそ日本がやらなければならない」のだと考えます。

 

 

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