日・独で発生した配管破断についての見解
H14/4/1
益田 恭尚 昨年の秋、浜岡原子力発電所で発生した配管破断に続き、ドイツのブルンスビュテル原子力発電所で似たような配管破断が起っていたことが分かりました。これに関連して石川迪夫氏から問題提起がありました。元BWR設計技術者の一人として見解を述べさせていただきます。
氏のご指摘の第1点「2発電所で水素爆発が生じたとすればBWR全体の問題として対策を講じるべきではないか」という点でありますが、軽水炉においては、炉内で放射線を受けることにより冷却水の一部が化学的に水素と酸素に分解しするのですから、このようなトラブルが発生する可能性がわかった以上、ガスが溜まる可能性のある場所について水素爆発に対する対応が必要であると考えます。
今回の配管破断は両者とも配管の破断状況からも水素爆発によるものとほぼ断定できるでしょう。水素が2、酸素が1の割合で混ぜた状態を爆鳴気の状態と呼び、僅かな火の気があれば容易に爆発することは小学校の理科の時間に習った記憶があります。しかし、火の気がないところで、どのような条件で爆発をするかについては、爆発という事象だけに実験が容易ではなく、詳細は解明されていないようです。新聞にも「極めてまれな条件が重なって起きたとの見方もあるが・・・」という表現がありました。通常の状態で水素爆発が起るには、爆鳴気の水素と酸素がある程度の量溜まらなければ起らない、蒸気がある程度の割合で存在すれば高温状態でも爆発は起こらない、低温状態ではなんらかの起爆のもとがなければ起こらないのです。従ってまれな条件が重なって起ったことは事実でしょう。
ご指摘の第3点「浜岡の場合、起爆原因が一次系に注入した白金(筆者注参照)ではないかとの情報があるが、ブルンスビュテルでは白金注入は行っていないらしい。この点はどうか」との疑問が投げかけられています。これについてはニュークレオニクスの記事にリコンバイナーという記述が出てくることに注目する必要がありそうです。日本と設計が違い、この記事だけでは目的や設置場所等良く分かりません。しかし、リコンバイナーには白金等の触媒が使われているはずですから、わが国の場合と共通点がありそうです。
停滞部の配管内で水素爆発が起こる可能性があるという新事実が分かったことは、技術的に大きな進歩です。そのような事実を発見したことでほぼ問題は解決されたと言っても過言ではないと私は信じています。
爆発を起させないという対策は比較的容易で、爆鳴気の状態を作らなければよいわけです。それには水素・酸素が溜まりやすいところを作らない、溜まりやすい所は時々蒸気や水を流し水素を追い出してやる、水素の量が少ない内に強制的に燃焼させてしまうなどの方法が考えられます。しかし、それと同時にいままで科学的に解明されていなかった水素爆発の発生原因の徹底的追求が先ず必要でしょう。現在も、関係する技術者によって起爆条件と配管破断のメカニズムについての徹底した基礎研究を実施しているものと思います。これらの一環としてドイツの関係機関との技術情報交換も重要でしょう。
これらの科学的根拠の上に立って、恒久対策として最も合理的で確実な方法を案出する必要があると考えます。差し当たっては停滞部の換気を行うなどの対策を採ることにより爆発状況の形成を避けることができますので、恒久対策は十分な検討をした上で実施すればよいでしょう。技術者は現在その検討を進めているものと確信します。
問題提起の第2点「配管破断が一次系に影響を与えない対策は」という点について、爆発の起った配管は原子炉圧力容器に繋がっているのは事実です。しかし、両プラントとも爆発は配管に設置された弁の外側で起っています。弁は圧力容器の近くに設置するよう設計していますから、停滞部となるような部分はこの弁の外側になるのです。この点からも、弁を閉じることによって冷却材喪失事故につながらないことを示しています。尚、原子力発電所では、もし配管が破断しても破断によって生じたミサイルの影響や、配管の触れ回りの影響が他に及ばないよう、配管のサポートなどについて設計上の考慮をしています。従って1次系に影響を与えることはありません。日本ではとても考えられないことですが、現に、ドイツでは配管破断が発生した後も、数ヶ月も運転を継続していたようです。
原子力発電は総ての科学技術がそうであるように、開発の当初は未知の事象の発生が続きました。しかし、原子力発電は開発の最初から、このような予期せざる失敗があることを想定し、異常検出機能を完備させ、さらに何かトラブルが発生したとき、それをバックアップする装置を2重化するなど安全には十分な配慮をしてきました。この対策があればこそ多少のトラブルに遭遇しても重大な事象には至らないのです。
原子力開発を開始して以来遭遇した各トラブルについて、その原因を徹底的追究し、対策を立て、それらの経験をふまえ原子力発電所の改良を加えてきました。この結果、安定運転を続けることができる軽水炉を完成できたと自負しています。現在も原子力発電のさらなる性能向上を目指し改良が続けられています。徹底的な実証試験を経て採用した技術にもかかわらず、尚、新しい事象に遭遇しているのが現状です。そして、新しい事象は改良に伴う変更の結果であることが多いのもまた事実です。我々原子力技術者は常々洞察力の不足を反省し、改良に当たりその改良が他に及ぼす影響について十分なチェックすることを心がけると共に、安全には最善の注意を払ってきました。今後ともこの努力は続けられることでしょう。
(筆者注参照):炉水中にごく僅かの白金等の貴金属を注入することにより炉内機器の応力腐食割れ(SCC)感受性を低減する効果があるという実験に基づいた仮説があり、一部のプラントにおいてSCC発生の防止を狙いその試みが実施されている。
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