保全雑感

〜原子力発電所の保全から〜

 

元東芝首席技監  工学博士  益田恭尚

Takahisa MASUDA

「エネルギー問題に発言する会」会員

.はじめに

使い捨ての時代、ともすると保全ということについての価値観が失われつつある現代、最近の例だけでも、鉄鋼会社の爆発事故、ゴム会社の大火災、地震の結果とは言えナフサタンクの大火災、JRの引き続く保全ミス等々、大型設備の保守にかかわるトラブルの報道がマスコミを賑わせています。大型設備の保全のあり方に警鐘をならすものと受け取るべきでしょう。

このような時代背景の中で保全学会を立ち上げられた意義は誠に大きいと考えます。

大型設備の保全の問題は機器の種類が雑多な上、同種の設備でも設計が全く異なる機器が存在し、それらをどのように保全していくべきか、非常に難しい問題を含んでいます。現在は、保守マニュアル等の整備は進んでいるものの、設備を管理する部門、または、ベテラン技能者がそれぞれの機器、システムの特徴と運転経験を基にして、努力と勘によって保守計画を立てているのが現状ではないかと思います。

これらを学問的体系として整理し、最善の保全方法を提案して行くことができれば、大型設備の保守・保全に大いに役に立ちます。

考えてみますと、米国のASME Codesはボイラの事故という貴重な経験を基にして作られてきたものであり、現在も毎年アデンダを発行し、質を高めて行く努力には敬意を表すものであります。このような例をみると、一見ばらばらに見える設備の中にもなんらかの経験則を見出し、それを基に基準化していくことは可能だと考えます。

保守の典型としては航空機の保守が挙げられます。機器の規格を統一し、運転で得られた統計データを基にして、保守の間隔、部品交換の頻度等を合理的なものとしていくやり方は、地道な努力が必要ではありましょうが、経験則を比較的容易に確立できるでしょう。

機器の規格統一が理想だとしても、一般設備についてそこまで持って行くことは不可能といえます。

しかし、種々雑多な機器に対しても保守方法についての方向性を与え、保全の質を向上させる努力は続けるべきでありましょう。

わが国では供用中の設備をどう維持すべきかを定めた法令は、一般に、設置する際の構造基準を準用する例が多く、保全の立場からみて適切な検査基準、維持基準が完備しているとはとてもいえない状況でしょう。供用中の設備の保全をどうすべきかを提案し、必要に応じて民間基準を制定していくことが必要だと考えます。

幸い保全学会は保全という分野を大きく捕らえておられるように拝察します。保全の地位を高め、保守・保全に従事している技術者に希望と力を与えて頂くことを切に希望いたします。

 

.原子力発電所の保守

私が嘗て関係していた原子力発電所の保守・保全について見てみようと思います。

2-1運転保守の経験

原子力発電はプルーブンと称された技術を導入することから出発しました。開発当初はトラブルの連続で、その上、殆ど総ての失敗は初めての経験でありました。トラブルの原因追求と、対策案の立案、再発防止策の策定に全力を尽くしました。原因が設計に起因することが多かったのは事実でありますが、分解・再組立に伴い、そのやり方の不適切に起因するトラブル、運転・保守の過程で予兆を発見すれば防げたのではないかと考えられるトラブルが多かったのもまた事実であります。昨年、当保全研究会で“トラブル事例から学ぶ保全の課題”という講演をさせていただいた中で「殆どのトラブルは設計段階で防げる」と述ましたが、逆説的に云えば保全経験から得られた経験・知識を活用すれば大部分のトラブルは防げるということもできると思います。

初期故障をなんとか乗り切ると、同種トラブルの再発防止、定検作業のミスによる起動時トラブル防止が大きな課題になりました。設計を基本から見直す改良を実施しましたが、それと平行して不適合事例のデータベースの整備、設計マニュアル・保守マニュアルの整備等を実施して行きました。

2-2原子力発電所の保守の特殊性

わが国の原子力発電所では一年一回の定期検査が義務付けられており、その間、プラント停止と、運転中の補修作業は行なわないのが原則であります。勿論、期間を区切っての機器の保全作業、何かの予兆、或いは夏場の安定運転に向けての準備などの目的で、保全のための短期間の計画停止を実施することが無いわけではありません。

定検ではあらかじめ計画した手順に従って主要機器を分解・点検することが原則となっています。原子力発電所の場合ちょっとした漏洩や故障でも、安全性を心配する世論の動向を踏まえ、プラント停止に踏み切らざるを得ないのが現状です。一度停止すれば、トラブル原因を明確に証明し、対策を実施した報告が公表されるまで再立ち上げできないのが通例であります。従って、プラント停止のリスクを少しでも少なくしようとの意識から、冗長すぎると思われる分解・点検と、部品交換が実施されてきました。部品等はあらかじめ決めた供用期間が過ぎれば交換するという手法をとっているのが通例であります。

これらの分解・点検は管理区域内で行われ、また使用済み部品は放射能物質の付着はなくても、一般に固体廃棄物として処分されてしまいます。従って、必要な部分以外について通常は詳細チェックが行われません。

さらに原子力発電所の特異な点としては、主要な容器・配管等の供用期間中検査(ISI)が義務づけられ、10年の検査間隔毎に定められた割合で耐圧部の非破壊検査を実施しています。また、安全系については運転中定期的なサーベーランス・テストが義務づけられています。サーベーランス・テストは安全系が間違いなく作動することを確認するテストであり、原子炉の安全確保に必要なテストです。しかし、起動・停止回数が多くなる点は考えておく必要があります。保全に当たってはこれらの貴重なデータの有効活用が望まれるところです。

2-3プラントメーカーとしての努力

@運転プラントサービス体制の充実

運転プラントの数が多くなると共にプラントメーカーとしても、電力会社に協力して、運転プラントの保守・保全に向けてのサービス態勢作り、装備の充実、研究開発の推進に努めました。

実施した主な施策としてはトラブル発生時の支援体制の強化、再発防止に向けて各種観点に立ったシステム作りであります。

A運転プラントのための研究開発

運転プラントの保全に向けた機器、工法の開発、研究にも力を入れました。定検期間短縮と作業の確実性を狙った各種保全用機器の開発、最適工法の開発、応力腐食割れの予防対策、放射線下での遠隔補修技術、長寿命機器の開発、炉心設計の改良、回転機器監視診断のような機器診断技術、補修用、点検用ロボットの開発など広範囲におよびます。

この中には、プラント診断支援システム(PLADIS)や機器部品保守管理システム(EMICS)のような診断装置も含まれます。前者はプラントの各種プロセス量を常時監視し、相関解析や雑音解析などにより異常兆候を早急に探知する診断システムで実プラントに納入し運用されています。後者は設計データと共に運転履歴データを集積し、経年変化を把握して保全に役立たせようというシステムで、やはり実用化されています。

B計画的なプラント改善の努力

トラブルを経験すると、その経験をもとに、再発防止のための改良・改善が必要となります。それと同時に類似設計を採用している機器・システムは計画的な改造を行うのが通例であります。プラントメーカーとしてもプラント毎に改善提案リストを作り、プラント信頼性向上に協力する体制を整備しました。このような努力の結果、従来プラントの古い機器は殆どリプレスされ、信頼性の向上に貢献できたと考えています。

C試運転中試験・検査の徹底

トラブル発生を未然に防ぐには予兆の早期発見が大切です。試運転は本来不具合を発見するために実施するものであります。世論は試運転段階のトラブルに対しても厳しい監視の目を注いでおりますが、試運転がトラブルの早期発見の良いチャンスであることに間違いありません。

試運転に当たっては、特に、変更点について確実にリストアップし、監視すべき点を明確にし、PLADISなどを利用してプラントの諸データを監視し、出来るだけ早く予兆を見つけ対応する試運転の高度化を進めました。

運転に入ってからも当然これらデータと比較しながら運転を続けているのでありますが、現状では異常が無いからといって、定検時、分解点検をしないですませるところまでは至っていません。

2-4定検の合理化に向けての検討

原子力発電所の経済性向上の一環として稼働率の向上が叫ばれるようになりました。1980年代の終わり頃には、国も関与した形で発電設備技術検査協会:(G)(現:原子力安全基盤機構:JNES)に定検合理化委員会が設けられました。

定検短縮と運転期間の延長が大きな検討対象として挙げられました。そしてワーキンググループにおいて機器毎の詳細な運転状況の調査が行われました。

定検短縮については作業の効率化や平行作業の導入などに並行して、検査項目の見直しが行われました。しかし、海外のように徹底した合理化までには至らなかったのが実情です。2,3の例を挙げます。

@制御棒駆動機構の保守・点検

制御棒駆動機構は110万kWクラスのBWRで185本ありますが、分解・点検は、当初、4年に1回位の割合で実施していました。そのため、定期検査期間のクリティカルパスの大きな部分を占めていました。運転中の運転性能データを採るだけでなく、今まで、廃棄していた部品を詳細にチェックし、殆ど磨耗や、老化現象も見られないことを証明し、10年に一度の分解点検にすることで了承が得られました。これは同じ設計の物が多数存在することから統計処理が可能となった例であります。

A格納容器漏洩テストの間隔

格納容器の漏洩テストは定検の最後に行われ定検のクリティカルパスの大きな部分を占めています。格納容器それ自身の溶接部からの漏洩、電気配線貫通部の漏洩は年数の経過と共に増加する量は極僅かです。海外ではこの点を考慮し数年に1度の漏洩検査を実施しているのが現状です。データを示すことにより試験圧力・試験時間の低減、部分耐圧試験の実施など改善は行われましたが、漏洩率は配管のバルブ等からの漏洩が支配的であるため、経時変化を示すことが困難で諸外国並みの合理化には至っておりません。

B運転期間の延長に向けて

運転期間の延長は稼働率向上の大きな柱の一つであります。長期運転の問題点の検討を行った結果、当初、再循環ポンプ等、高圧ポンプの軸封の寿命が課題として挙げられましたが、漏洩の原因を追究し改良型の軸封を開発しました。炉心・燃料も十分対応できることが確認されました。さらに、官民による海外調査も行われました。

規制緩和を目指した1995年の電気事業法の改定に当たり、タービン系の定検は火力発電と共に2年に1回と改定されました。しかし原子炉系は改定が見送られ、同じプラントで検査間隔が違うという矛盾が現れています。海外では18乃至24ヶ月の運転が常識化されているのに、結果として、わが国では長期サイクル運転ができないのが現状であります。

C保全技術の検討

このような検討と共に新しい保全技術の調査・検討も行われました。当時、米国で航空機の保全方式を参考に実用化され始めようとしていた、信頼性重視保全(RCM:Reliability Centered Maintenances)の検討も行いましたが、当時は、わが国の実情に合わないとして導入は見送られました。しかし現在、再検討が進められているとのことであります。

その頃、トラブルに端を発し、経年プラントの劣化対策が国レベルでも大きな課題になっていきました。委員会の名称も運転プラント高度化委員会と名前が改められ、各機器について運転経験や研究の成果から、予想されるエイジング現象が検討されました。

2-5経年プラント信頼性評価

@維持基準

高経年化プラントについて、建設時の構造基準の要求を維持することが求められていることについて、早くから矛盾点が指摘されていました。同協会(G)に維持基準の原案策定が依頼されたのも1993年であります。1996年には規格原案が出来上がりましたが、民間規格とすべきとの判断で機械学会に再評価の要請が出されました。報道関係と国民の理解を得ることについて懸念から、国として採用することが先送りされてきたことは誠に残念なことであります。

A定期安全レビュー

経年プラント信頼性評価の一環として1992年には、運転年数の長い3プラントについて運転開始以来の運転経験の反映状況、最新の技術的知見の反映状況を調査分析し、諸活動が適切に行われてきたかを評価する、定期安全レビューPSR(Periodic Safety Review)を実施するよう指示が出されました。その一環として、長期にわたる広範囲なメインテナンス・プランを示すことも要求されています。PSRの実施にはメーカーも全面的に協力しました。

 

.今後の原子力発電所の保守の目標

わが国の完璧主義ともいえるプラント改良の結果、一時は、プラント稼働率、従業員被ばく、廃棄物量の何れをとっても世界の優等生の地位を獲得しました。しかし、欧米諸国では規制緩和が進み、特に米国ではNRCが発電所の性能指標を示し、その成績の良いプラントは基本検査のみを実施するなどの改善を取り入れた結果、運転性能の著しい改善が見られています。わが国では原子力発電所の計画外停止率は低いレベルを維持しているにもかかわらず、プラント稼働率はそれら各国の後塵を拝する状態になってしまいました。しかし、グローバリゼーションの波を受け、日本でも電力自由化が進められる中で、先ず彼らレベルに到達することが先決でありましょう。

それには単にトラブルを起こさないという考え方から、運転プラントの保守・保全についての管理規定を充実させ、それに基づいて確実に管理をして行くことにより、検査の合理化を進め、国はその結果を評価するといあう、リスク評価ベースに定期検査の考え方を見直す必要を痛感します。

維持基準が東電事件という高い代価を払って漸く日の目を見るようになりましたが、それを持ち出すまでもなく、これらは皆古くて新しい課題であります。

情報公開の必要性は益々増大していますが、公開の方法についてもなんでも新聞発表するというやり方から、もっと広範囲な情報を公開する発表方法について検討することが極めて重要だと考えます。規制強化では原子力のおかれた問題は解決しないということを銘記すべきです。

3-1分解点検の考え方の明確化

定検時の検査や分解点検は、法律や規定により義務付けられているもの、行政指導によるもの、発電所の判断や前例によるものなどがあります。法律や規定が定められた根拠、何故分解点検を実施するのかを、誰にでも分かるように解説書として示すことが望まれます。リスクゼロは有り得ないという前提に立ち、今までのように分解点検した場合のリスクと、状態監視により分解点検しないで管理する場合のリスクを比較し、コストバランスを考えた保守・検査法を導入していかなければ世界の競争に勝てません。昔、ある電力のトップが「トラブルがあると保守していないではないかと非難される状況では保守担当に定検短縮を要求しても無理だ」と言われたことを思い出します。

3-2無駄な分解・点検を省くために

ポンプや特殊弁などは、同一設計の物の数は少ないので、どのような論理で点検期間を延長するか難しい点があります。しかし、運転中の振動、音、温度、漏洩、配管の閉塞、電動機の負荷、潤滑油の変化等を試運転時のデータを含め、科学的に分析・評価すれば分解点検しなくとも十分安定運転ができることを証明できるはずです。定期検査における分解点検結果、特に割れ、磨耗、腐食、絶縁劣化、漏洩の痕跡等の評価も予兆発見の大きな手掛かりとなるでしょう。わが国では分解点検が建前となっていることから、運転中検査技術が進歩しないのは残念なことだと思います。

3-2運転中保守と機器交換

もう一つは矢張り運転中保守(オンラインメインテナンス)ができる条件整備が必要でしょう。現に欧米等では、プラントの安全が確保されるという説明がつけば、期間を限定しプラント運転中の分解・点検、準備してある同一機器への交換が通例となっているようであります。交換したものは後でゆっくり分解点検すればよいわけです。わが国でも法律上は不可能ではありませんが、使用前検査等の条件があり僅かの例を除き、殆ど実施されていないのが現状です。

3-3保守しやすいプラントとするために

最近のプラントは、機器の分解点検のための機器の移送や保守スペースの設置などについても工夫を施しています。保守間隔の長い機器の開発と導入もこれからは世の動きでしょう。ABWRの再循環ポンプは水漬ポンプの採用で軸封をなくす設計とし、制御棒駆動機構も摺動部分を極力なくす設計として保守間隔の延長を図りました。計装制御系は技術の進歩を逸早く取り入れ、診断装置の組み込み、ユニット化等により保守性は著しく改善されています。

現場の経験を生かし、故障の起こりにくい機器・システムはどうしたら可能か、保守しにくい点はどこにあるのか、保守の落ちは無いかといった点からの反省を常に心掛けていくことが必要だと考えます。

保全学会の場でも合理的な保全や保守計画についての研究が進められておりますが、これらが実プラントに早期に導入されることを期待して、“こぼれ話”を終わらせて頂きます。