毎日新聞 編集局長殿
平成16年7月3日
エネルギー問題に発言する会
向山武彦
本年6月28日付け貴紙のIAEA資料に基づく原子力記事「IAEA:原発50年で予測、2030年に比率減少」につき意見を述べさせていただきます。
一言で言えば、貴紙のこの記事はIAEAの将来予測に関してひどく不正確なあるいは歪曲した記述となっています。
6月27日付け日経新聞の記事は貴紙と同じIAEAの資料に基づいて書かれていますが、貴紙記事を比較すると読者に伝えようとする内容の違いが大変大きい事に気が付きます。
貴紙記事では原子力発電の役割は将来は小さくなって行くとの趣旨であるのに対して、日経記事では原子力は長期的には現在以上に重要な役割を担うようになるとの内容になっています。
何故この様な違いが生ずるかはニュース源(IAEA Press
Release Saturday, 26June 2004)に当ってみれば一目瞭然です。
日経記事はIAEAの言わんとする事実を正確に伝えているのに対して、貴紙の記事はひどく偏った内容となっています。
なお、貴紙の記事がどのように偏った内容になっているかの指摘は参考資料において説明いたします。
原子力エネルギー利用の是非については社会の大きな関心事であることは貴紙も同意いただける事と思います。
ご存知のように原子力はいろいろな面を持つ技術体系です。この様な技術について議論するに当っては、可能な限り正確なデータ、情報に基づいて議論する事が必要です。
IAEAは原子力に関して高い専門性を有し、公正さが要求される国際機関であり、実際その様に国際的にも認められていることはご同意いただけると思います。
このIAEAが提供するデータや情報は多くの人々が原子力について議論し考える際の信頼できる情報源となります。
このようなIAEAの情報を貴紙はひどく不正確なあるいは歪曲された内容の記事として読者に伝えています。
貴紙が原子力に対してどのような立場に立とうと、それは許される事です。
しかし、多くの人が信頼している情報源からの情報をその情報源の名の下に不正確に、あるいは歪曲して伝えるということは、貴紙のように多くの読者を有し影響力の大きな新聞が決して行ってはならない事です。
不正確さの原因が理解力不足から来るものとすれば今後の質の向上に期待します。
意図的な歪曲とすれば、今後の職業倫理あるいは企業倫理の確立に望みを託すだけです。
より良い情報の提供に期待して、一言述べさせていただきました。
参考資料#1 記事比較
毎日新聞記事
2004年06月28日
040628_毎日_IAEA:原発50年で予測、2030年に比率減少
【ウィーン会川晴之】国際原子力機関(IAEA)は商業用原子力発電の開始から50周年を迎えた26日、原発の現状と将来予測を発表した。経済成長を続けるアジアを中心に原発建設が進むものの、巨額の建設コストや、廃棄物問題や安全重視などを背景とした原発見直し論の影響を受けるため、2030年の総発電量に占める原発のシェアは現在よりも減少すると分析している。
商業用原発は現在、世界30カ国で442基が稼働し、総発電量の16%を占めている。過半数が西欧諸国、北米諸国にあるが、今後は経済成長を続けるアジアを中心に建設が進むと予測している。
この1年間に新設された31基の原発のうち22基、現在建設中の27基の原発のうち18基をアジアが占めた。半面、西欧ではドイツ、ベルギー、オランダ、スウェーデンの4カ国が原発廃止を決めたほか、建設中の原発もフィンランドの1基にとどまった。
現在の状況が続けば、総発電量に占める原発のシェアは30年には12%に下がると予測、原発が見直された場合でも、天然ガス発電など他の発電所の建設数が大幅に上回るため、原発のシェアは低下すると予測した。
毎日新聞 2004年6月26日 21時00分
日経新聞記事
040626_日経_原発建設、アジアに集中・IAEA報告書
【ウィーン=高坂哲郎】国際原子力機関(IAEA)は26日、世界の原子力発電の利用状況などをまとめた報告書を発表した。欧米で新規の原発建設が極めて低調な一方、エネルギー需要が拡大する中国やインドなどアジアでは原発建設が相次いでいることを指摘。安全性の確保に向けて規制当局や原子炉運転の当事者に管理強化などを訴えた。
報告書によると現在、世界30カ国で計442基の原発が稼働中で、世界全体の電力需要の16%を担っている。
原発数が104基と世界最大の米国を含む北米地域では新規の建設計画はなく、西欧諸国でも一基にとどまっている。一方で、世界各地で建設中の27基の原発のうち18基は中国やインドなどアジアに集中している。
報告書は温暖化ガスの排出を抑える上で原子力発電が有効であるとも強調。中長期的予測として、世界の原子力発電量が2030年に現在の2.5倍に膨らみ、世界の電力需要の27%を占めると予測している。その上で、将来の原発普及には安全規制の強化や、一層の技術革新が必要と強調した。
(01:16)
原子力発電は1954年6月26日に旧ソ連で史上初の商業用原発が稼動してから50年がたつ。IAEAはこれを記念し、今月27日から6日間の日程でモスクワで世界の原子力専門家による国際会議を開催、今後の原発のあり方について話し合う。報告書は同会議に先駆けて発表した。
稼動中の原子力発電所
北米 121
西欧 141
アジア 98
その他 82
参考資料ー2、 IAEA報告に関する毎日記事の誤り及び歪曲の指摘
1.原子力発電の将来のシェア
1)IAEA予測では将来の原子力の寄与を「高」、「低」の2つシナリオに分ける。
低寄与シナリオ:
既存原発は寿命がきたら閉鎖し、新規建設は建設中及び建設決定のもののみと仮定する。
この仮定は原子力の将来について極端に保守的、否定的な仮定となっている。即ち、新たに建設されるものは現時点で建設決定済みのものしか考慮に入れていない。2030年までに現在決定済みのものしか新たな建設は無いことはあり得ない。しかしそれが何基になるかは予測できないので下限値として0を仮定しているに過ぎない。
IAEA記述
「この仮定の下では2020年までは原子力発電量は徐々に増加するものの、他電源に比べて増加の割合はゆっくりしている。その結果、原子力発電の割合は現在の16%から2030年には12%に下がる。」
高寄与シナリオ:
現在決定済み以外に穏当な追加建設を仮定。前記低寄与シナリオの不自然さを補った仮定。
この仮定は、IAEA報告の後段に記述されているように、中国やインドにおいて原子力発電建設を加速させようと計画中であり、さらに途上国でも原子力導入計画が有るので、この仮定は穏当なものである。
IAEA記述
「この仮定では、2030年には原子力発電は2002年の70%増しとなるが、他電源の発電量の伸びはこれより大きい。」
2)より長期にわたる予測
IAEA記述
「気候変動政府間パネル(IPCC)やIAEA等による長期予測
世界規模での人口増加、生活水準の向上に必要な全電力量を予測。
化石燃料の枯渇を考慮し、長期的経済的最適化により重点を置き、社会政治的現状には余り重きを置かない。
このIPCC予測によると、予測中間値(高低予測の)では原子力発電量は2030年までに2.5倍となり、全発電量の27%を占める。
この様に長期予測による原子力の役割は短期予測によるものよりさらに大きくなる。」
毎日新聞の誤り
毎日記事 「現在の状況が続けば、総発電量に占める原発のシェアは30年には12%に下がると予測、原発が見直された場合でも、天然ガス発電など他の発電所の建設数が大幅に上回るため、原発のシェアは低下すると予測した。」
上のIAEA記述より毎日の記事がIAEA報告の一部のみを取り上げ、それが全体であるかの様に歪曲した内容になっている事は明白。
これに比較して、日経の記事はIAEA報告の内容を正確に伝えている。
2.温暖化ガス発生が小さい事
IAEA報告書においては、温暖化ガス発生が小さい事が気候変動を避ける上で重要な選択要因になってくる事を詳しく述べており、原子力発電の役割が大きくなるとしている。
以下に報告書概要:
「NPPのライフサイクル温暖化ガス(GHG)発生は僅か2〜6グラム/kWh。風力、太陽光発電と同程度、石炭、石油、天然ガス発電の2桁小さい。
440基の原発が他電源で置き換えられると、毎年6億トン二酸化炭素が発生し、京都プロトコールでの削減目標の2倍の量となる。
拡大EUでは発生量取引枠組みが2005年1月からスタートする。
日本とインドでは、原子力がGHG削減の鍵の一つとはっきり認識されている。
今後は、中国やインドなど途上国での原子力発電が地球規模でのGHG削減にとって重要となる。
現状のままでは2030年以降それ程遠くないうちに、途上国からのGHG発生が先進国からの発生量より多くなるであろう。」
毎日記事にはこの点に対して何の記述も無い。原子力の利点について触れるのを避けたのであろうか?
日経記事では「温暖化ガスの排出を抑える上で原子力発電が有効であるとも強調。」
と正しく情報を伝えている。
3.毎日記事記述 「巨額の建設コストや、廃棄物問題や安全重視などを背景とした原発見直し論の影響を受けるため、」
IAEA報告書にはこの様な記載は無い。特に「巨額の」、「原発見直し論」などの記述は歪曲以外の何者でもない。
コストに関して報告書では、燃料費を含む運転経費が安い為、他電源のように燃料費高騰の影響は受けないこと、建設コストは他電源の3倍と大きいが、運転コストの安さが建設コストの高いことを凌駕するようになることも有る、と述べている。
廃棄物や安全性については報告書では、国際的な枠組みで問題解決に努力している事が述べられており、毎日記事のような「廃棄物問題や安全重視などを背景とした原発見直し論の影響を受けるため、」等の記述は一切無い。
コストに関するIAEA報告書の記述:
原子力の場合運転コストが安いので燃料費の変動に対して余り影響を受けない。
核燃料費が倍となっても発電コストは2〜4%上昇するだけなのに対して、天然ガスコストが倍となると発電コストは60~70%も上昇する。
NPP建設コストは化石燃料発電プラント建設コストの3倍にもなる。
高い建設コストは自由化市場では非常に不利。
特に西欧や北米では最近は、投資は原子力を避けて天然ガスに向けられている。
しかし、ガス価格が上昇しつづければ状況は変わるであろう。
原子力の安価で安定した運転コストが高い建設コストを凌駕するのは電力需要増加の速度による。
また、原子力の増加はその国がどのような代替を持っているか、短期的戦略より長期的戦略をどれだけ重視するか、温暖化ガス発生など現在では経済性評価に入れていない要因をどれだけ重視するか、にも依存する。
このように、電力需要増加が緩やかで代替が豊富な西欧や北米では1999年のフランスでの建設を最後に新規建設は無い。但し、フィンランドでは経済性評価の結果、原子力有利との判断に戻ってきた。
毎日記事の記述:偏見に基づく歪曲された記述といわざるを得ない。
4.毎日記事「西欧ではドイツ、ベルギー、オランダ、スウェーデンの4カ国が原発廃止を決めたほか、建設中の原発もフィンランドの1基にとどまった。」
4カ国が原発廃止を決めた背景として報告書では、「電力需要増加が緩やかで代替が豊富な西欧や北米では1999年のフランスでの建設を最後に新規建設は無い。但し、フィンランドでは経済性評価の結果、原子力有利との判断に戻ってきた。」
その他にも新たに原発建設に向う動きについて以下の記述が有る:
「フランスでは寿命の来たNPPを新しいNPPで置き換える事業か間もなく開始される。」
「米国では3コンソーシャムが建設運転一括ライセンス申請を行った。建設運転一括ライセンスは許認可の合理化と2010年までの新規建設を奨励する為のNRCが導入した新たな方策の一つ。」
「今年5月のスイスの選挙では2対1で段階的廃止投票を拒否した。」
「フィンランドでは2005年からNPP1基の建設が始まる。」
毎日記事ではこの様な原発回帰への動きを一切無視して、原発衰退との印象を与える歪曲的な記載のみに終始している。
5.まとめ
IAEAの報告書は、原子力発電の弱点とされている事項も取り上げて、そのうえで、この弱点は克服でき、そればかりか、温暖化ガス排出が少ない等の利点は将来重要となり、この点が経済性評価に組み入れられるようになると原子力発電の役割は今以上に大きくなる、と主張している。
これまで述べたように、毎日の記事はIAEA報告の内容を理解できない為か、或いは意図的にか、一方的に弱点に関する記述のみを取り上げ、IAEAが主張する将来の重要な役割は全く紹介していない。
IAEA報告書紹介の形をとった不正確かつ不誠実極まりない記事と言わざるを得ない。
以上