名古屋高裁金沢支部の「もんじゅ」判決に思うこと
平成15年2月17日
(エネルギー問題に発言する会)
小笠原英雄
本件に関しては、既に多くの方々のご意見が披露されており、「いまさらの感無きにしもあらず」ですが、過去に軽水炉の安全設計や「もんじゅ」の設計・建設にも関与させていただいた一技術者として、一言発言させて頂きたく思います。
この判決は、つまるところ、判決理由の始めのほうに書かれている「原子炉の潜在的危険性の重大さの故に、(省略)違法(瑕疵)の重大性をもって足り、明白性の要件は不要」と裁判長が言いたかったことに尽きると思います。技術的な理由がその後、縷々述べられていますが、これらは小林弘昌氏のかなり系統的な反論に詳述されているように、技術的には如何様にも議論が可能な、リスク/ベネフィットの哲理を無視した論理であり、「瑕疵」の重大性を補強する材料にはなり得ないと思います。
「もんじゅ事故」の経緯を見ますと、二次ナトリウム系Cループの温度測定用の熱電対の折損による影響で「中間熱交換器Cの出口のナトリウム温度高」警報が中央制御室で観測され、その6秒後に火災検知、1分12秒後にナトリウム漏洩警報が発せられております。即ち事象発生のかなり早い時点から運転員は状況を監視しており、約1時間半後に手動で原子炉を停止しております。この間、漏洩量について微小漏洩を前提とした監視が行われたため漏洩ナトリウムが増加したとの批判が後で問題になりましたが、漏洩は継続したもののかなり緩やかな現象推移であり、ましてや原子炉側への影響が懸念されるようなことはなかったのです。漏れたナトリウムの全量は約640kgであったそうで、原子炉格納容器の外で発生した事象であり原子炉系全体として安全性を揺るがすような事態ではなかったと判断されます。即ち、原子炉は十分余裕を持って停止、冷却され、漏れたナトリウムによる火災は拡大することなく消火されております。このような事故が起こることは、安全性の問題よりむしろ発電所としての運転信頼性、経済性に係ることで、商業炉であれば経営上懸念されるところでしょう。原子炉の安全性は一般の方に対する放射線安全性の問題であり、原子炉本体から系統的にかなりの「距離」離れている2次系の事象を「原子炉の潜在的危険性」に結びつけた今回の判決には、「恣意的」なこじつけの感を否めません。今回程度のナトリウムの中規模漏洩事象がかなりの規模の炉心熔融事故(過酷事故)に発展する確率は無視できるほど微小なはずです。この点では、当該判決が出た直ぐ後の1月30日付け読売新聞の社説「疑問多い「設置許可無効」の判決」は全く当を得た論説になっていると思いました。
また原子力発電設備においては、それぞれの事象や事故の種類の中で最も厳しい結果をもたらすと思われるものを代表事象・事故として解析等により評価しており、今回の温度計折損によるナトリウム漏洩事象は設置許可申請書添付資料第十章記載の2次ナトリウム漏洩事故に十分包絡される事象であり、原子炉本体に対する影響で安全審査が影響を受けるものではないと思います。「もんじゅ」について行われた変更申請は安全審査のやりなおしの位置付けではなく、今回の事故対応として計画された設置許可申請書添付書類第八章記載の設備の変更によって原子炉の安全性に悪い影響が生じないか、その後の知見による影響はどうかとの観点で実施されるべきものと解釈いたしております。
今回の判決を「補強」する位置付けと思いますが、判決理由としていくつかの技術的判断が説明されております。蒸気発生器伝熱管破損事故については、解析書に取り上げられているウェステージ型の破損より厳しい(多分批判派の主張でしょう)とみられる高温ラプチャ−型破断を検討していないのが「瑕疵」に相当するとするものですが、前者が徐々に伝播して、放っておくと破損の規模が拡大して行く(従って、水素検出器が用意されている)タイプであるのに対し、後者の場合は水蒸気が噴出しますので蒸気発生器の2次側の圧力上昇によりトリップ信号が早くたちあがり事象の終息を早めます。このあたりは専門家の高度な技術的判断によっており、如何様にも議論が出来るところで、裁判官の判断に承服できない論客は多数存在することでしょう。また、炉心崩壊事故にまで言及していますが、軽水炉では安全審査の俎上で扱っていない発生確率の極めて低い(ことに格納容器の外側で生じた今回の事故を初期事象とする場合は更に「遠い」関係にあると思いますが)事故であるにも拘わらず設置許可申請書で言及しています。これは、「もんじゅ」の炉心出力密度が軽水炉よりかなり大きいために取られた判断だと思いますが、「炉心崩壊事故は(省略)安全評価がされなければならない」と決め付ける権限が裁判所にあるのでしょうか。さきにも述べましたように、ベネフィットにはリスクが付きまとうわけですから、このような判断は技術開発の芽を摘み取り、国民が将来享受すべき繁栄を、早い段階で否定することになるのではないでしょうか。
そこで残念に思いますのは、2次ナトリウムの温度計測用熱電対の折損事象が、旧動燃事業団大洗工学センターにおける長年の実証試験の経験、世界的にはむしろ軽水炉より歴史的蓄積の古いナトリウム冷却炉の経験にも拘わらず発生したことです。流れているナトリウムの温度分布は、保温材を通した熱の放散とナトリウムの高い熱伝導率の故に放物線分布に近い分布になるため、流れの中央の温度を計測する必要があります。したがって流動の影響を厳しく受けるわけで、温度計の支持構造の剛性には十分な配慮が必要です。「もんじゅ」には条件のもっと厳しい1次系ナトリウムの温度計測用熱電対も使われているわけですが、こちらのほうには問題が無いようです。「もんじゅ」の設計が最終段階に近くなったとき、配管等に敷設計画中の計測点を徹底的に低減することをメーカーグループから提案したことを覚えております。「もんじゅ」は原型炉ですが試験用発電所としての位置付けがあり、過度事象を含めてプラントの運転特性をできるだけ詳細に把握したいとする旧動燃事業団側との調整が行われて最後の設計になったと思います。計測点数が増えるとそれだけ故障の確率が増すことになります。そのような懸念が現実のものとなり残念です。
しかし、エネルギー資源の乏しい我国にとっては、自前の資源に恵まれていたり、隣接国間の融通システムを有したりの欧米等とは異なった独自の判断に基づくエネルギー確保のための開発戦略が不可欠です。百年の計のために高速炉計画は推進願いたいものです。個人的には宇宙開発や素粒子物理学の研究に投資するより大切ではないかと思います。