「もんじゅ判決」と「イラク戦争」

2003年4月14日

エネルギー問題に発言する会 下浦 一宏

 

私は原子力を専門としない比較的若い世代に属する技術者であるが、本年1月27日付けの名古屋高等裁判所金沢支部における「高速増殖原型炉「もんじゅ」の原子炉設置許可の無効判決( 10 ), ( 11 )」や、「イラク戦争」等、最近の情勢について以下の感想を持っております。あくまで個人的感想であり、誤解、独断等に基づく不適切な表現があればお詫び致します。

 

1.将来のエネルギー源は大丈夫なのか?

少なくとも向こう10年程度を考えた場合には高速増殖炉(FBR)の開発は不要である。FBRが必要となるのは将来の世代であるが、彼らには現在の法廷での発言権がない。裁判官は将来の世代を支えるエネルギー源について、どのような見解を持っているのか? 将来の世代は裁判に無関係、ということであれば、「もんじゅ」の根本的存在意義についての議論が無視されることになるから、この裁判はナンセンスである。過去にエネルギー、環境問題が原因で衰退した文明もあることから( 1 )、決定に当たっては、冷徹なリアリストに徹すべきであり、他の技術分野よりも数段厳しい判断が要求される。

 

2.原子力広報について

 東京電力の一件により、素人を対象とした原子力広報(発電所見学等)は気休めに過ぎないことが露呈した。発電所見学では不正までは見抜けないからである。今後、世論が原子力に味方し、「もんじゅ」等の判決に良い影響を与えるには、技術者を対象にしたハイレベルの情報公開が不可欠であると思う。医療を考えても、新しい可能性に挑戦する勇気は、広報担当者ではなく、「実際に執刀する医師による十分な説明」からしか生まれない。説明が不十分であれば裁判で負ける点でも同じである。少なくとも今回、裁判官に対してなされた程度の説明が世間に公表されなければ、世論を味方につけることは出来ないと思う。その点で「エネルギー問題に発言する会」等の活動も重要である( 2 )

 

3.技術者のモラルについて

 法律も人間が書いたものである以上、法律遵守の余り、それがもたらす結果を考慮しない行動は間違いである。内情は知らないが、東京電力の技術者は供給責任の重要性を認識し、それを優先せざるを得なかったのではないだろうか?その意味で、昨年の夏ピークを過ぎてから不正を公表されたのは良識であったと思うし、今年の夏ピークまでに必ず原子炉を起動させなければならない。東京が停電すれば社会的影響は計り知れないであろう。社会を根底で支えているのは法律ではなく、現場の技術者の社会的責任感である。

 

4.イラク戦争について

今回の戦争は大量破壊兵器を口実にしているが、背後にエネルギー問題があることは指摘されている通りである。現代の文明形態は余りに石油漬けになっている( 3 )。将来の石油資源制約を考えると、いずれ産油国と消費国の間の対立は避けられない( 4 )。米国の貿易赤字、財政赤字を考えると、カネに困った中毒患者が石油売人に襲いかかった図に見える。戦後はイラクの石油により一息つけると思われるが、それでは根本的解決にはならない。

 

5.大量破壊兵器と電力供給設備

 米軍はバグダッドの電力供給設備の破壊を極力回避している。これは東京の1/2程度の人口を擁する大都市を停電させることは、生物化学兵器の使用と同様に非人道的行為と考えているためと思われる。停電は、水道、情報、医療等の停止を招き、都市生活が維持できなくなるため、イラク国民からの非難は免れない。また逆に、自国の電力設備への報復テロを招く危険性もある。一般に送電線は長大であり、テロ攻撃に対して極めて脆弱である。

 

6.戦争と報道

 イラクにしても北朝鮮にしても、どのように悲惨な状況に陥っていても、組織を内側から変革するには非常な困難を伴うことがわかる。今回、戦場の悲惨な状況がカメラを通して世界に報道されたのは、行き過ぎた軍事行動に対する抑止力となっている。実際、従来と比べて戦死者の数は少なく、日本製品(カメラ、ビデオ)は抑止力に貢献しているはずである。少なくとも報道されなければ、「人間の盾」などの意味も無い。

 

7.エネルギー自立化の重要性

今回の戦争の教訓は、エネルギー自立化の重要性である。米国や、英国の北海油田は既に生産のピークを過ぎている( 5 )。一方、フランスのように自立化した国は、外交上の自由度も増す。日本も経済力があり、米国にとって利用価値のある間はチヤホヤされるが、魅力が無くなれば切り捨てられる運命にある。Scientific Americanの論文( 4 ) を信用するならば、エネルギー自立化に関して残されている時間は、今後10年から20年程度である。もちろん量的需給だけでなく、使用形態等も含めて、エネルギーシステム全体の総合的な見直しが必要となる。

 

8.今後の原子力研究について

石油の資源制約を考えると、原子力(高速増殖炉)、再生可能エネルギー開発は、我が国の最優先事項であり、「炭素税( 12 )」「再生可能エネルギー法( 13 )」等の手段を用いてでも推進すべき課題である。原研の「低減速軽水炉」の計算結果を信用するならば、「金属ナトリウムを使わなくても高速増殖炉が実現可能である」という事を示している( 6 ), ( 7 )。従来のFBRよりも技術的飛躍が少なく「改良型ふげん」といった位置付けのようであり、実現性が高いと思われる。「もんじゅ」判決が「低減速軽水炉」の実現に追い風になるのであれば、災い転じて福となす可能性もある。いずれにせよ石油ショックにより強制的に京都議定書にハードランディングする危険性は避けるべきである ( 14 )

 

9.研究推進体制について

新たなタイプの原子炉開発を推進するには、例えばカミオカンデを完成させた小柴先生のような人材をトップに据えて、国家の威信を賭けて(アポロ計画のように)15年計画で取り組むべきである。(原子核反応の専門家であるし、円筒形の容器に水を満たしてチェレンコフ放射など観測する点でも似ている。京大原子炉で湯川秀樹博士が貢献された例もある( 8 )。)小柴先生は最近、核融合実験炉(ITER)への反対を表明されている( 9 )。核融合に関して異様に甘い見通しを聞くことがあるが、過去半世紀にもわたる多大な努力にも関わらず、発電(核融合反応の持続とエネルギー回収)の見通しが全くたっていない、という現実を冷徹に受け止めるべきである。タイムリミットを考慮すると、核融合研究者を新型原子炉開発に振り向けることも検討すべきである。

 

以 上

(参考サイト)

(1)   http://www.geocities.jp/goto0225/moai.htm

(2)   http://www.engy-sqr.com/

(3)   http://ecosocio.tuins.ac.jp/ishii/future_asia/future_asia.html

(4)   http://dieoff.org/page140.htm

(5)   http://www.hawaii.gov/dbedt/ert/symposium/zagar/zagar.html

(6)   http://wwwarsg.tokai.jaeri.go.jp/Rmwr/rmwr.html

(7)   http://wwwarsg.tokai.jaeri.go.jp/system/esal.htm

(8)   http://www-j.rri.kyoto-u.ac.jp/index.html

(9)  http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2002/1009/nto1009_10.html

(10) http://www.nisa.meti.go.jp/text/monju/monju.htm

(11) http://www.asahi.com/special/fbr/TKY200301270139.html

(12) http://www.jca.apc.org/~kikonet/index-j.html

(13) http://www.german-consulate.or.jp/jp/umwelt/energien/erneubare_energien.html

(14) http://web.kyoto-inet.or.jp/org/ma21f/