原子力発電反対の風潮の広がりを愁う

第二十一話 こんなにも脆弱な地球の大気(その1)

                                                  天野牧男

 

地球の環境についての論議が盛んですが、地球を覆っている大気がどれくらいあるのか、意外に認識が少ないように思われます。これは『21世紀の環境とエネルギーを考える Vol.24』(時事通信社)に掲載された筆者の同タイトルの記事の一部であります。同社の了解を得て掲載するものです。地球を林檎の大きさとすると、大気はその赤い皮の半分です。我々はこんなに脆弱な環境の中で暮らしているのです。


1.はじめに

 

 成層圏を飛ぶ飛行機から見下ろす景色は広々としていますが、此処に広がる地球の大気は意外に脆弱なものです。その中で人類が生き延びていくには、何が大切か先入観を捨てて考える必要があります。この問題の対応策の第一と考えられる原子力発電所に対して、何故依然として強い不安感があるのか、考えるのは我々すべてでなければならないと思います。

 

2.地球の大気

 

環境問題の論議が賑やかなこのごろですが、我々の生活している、生物にとってこれほど素晴らしい地球が、どんなに脆弱なものであるかは、あまり考えられてないようです。

ある日と言ってももう10年ぐらい前ですが、太平洋の上をアメリカに向けて飛んでいました。下を見るとそれこそ広々と太平洋が広がって、海面の波の模様まで、はっきりと見えました。少し前に船が一隻ちらりと見えましたが、今はただ海の広がりだけです。まさに大海原といった景観でした。その時アナウンスが聞こえてきました。時々飛行状況を説明してくれる、いつもの聞きなれた内容です。

「ただ今当機は高度1万2千メートル、時速960キロメートルで順調に飛行中です」 このアナウンスを聞いて、ふっと気になりだしました。1万2千メートルとは12キロメートルです。東京から横浜まで大体東海道線で30キロメートルあります。ええ!東京から横浜までの三分の一より少し長いぐらいか。そんな薄さなのか。その時そんな薄い大気の中で、こんなに景気良く、ジェット燃料を燃やして飛んでいていいのか、という気になりました。

我々が今、日常的に利用しているジェット機の飛行高度は1万から1万2千メートルです。大体気圧は地上の五分の一ぐらいになっていて、この高さまでを対流圏と呼び、その上が成層圏になります。成層圏は5万メートルの高さまで続きます。地球上の気象的な現象は、ほとんど対流圏でなされていて、雲が出来るのも、雨や雪が降るのもここから下の現象です。ジェット機がこの高度に来れば、もう雲はありませんから、その上は常に快晴です。空気が起こす気象的現象のほとんどがこの対流圏で、その対流圏の上限は、まさにジェット機が飛んでいる、一万2千メートルです。

大気が主として存在する対流圏は、地球の周りのほんの薄い領域でしかないのです。何か暖かい布団で我々を守ってくれているように思われた大気が、そんな僅かなものなのです。

 

3.大気はどれぐらいあるのか

 

地上の気圧は1気圧です。これは水柱で言うとほぼ10メートルになります。という事は空気の重さは1平方メートル当たり、約10トンということになります。地上の空気の密度

から計算しますと、若し地上の空気が、水のようにほとんど同じ密度で存在するとすれば、約7700メートルの高さになります。つまり地球上の大気は高さ7.7キロメートルの中にすっぽり入ってしまします。この値は対流圏の上限よりかなり低いものになりますが、これが地球上の空気の全量です。

  7.7キロメートルと言うと東京駅から品川駅ぐらいまで、成層圏といっても川崎より近い、蒲田ぐらいです。地球の直径は12,756キロメートルと言われています。今林檎の大きさを12.8センチメートルとしますとその周りの空気はどれだけの厚みにあるのでしょうか。対流圏の高さまでだと丁度0.1ミリメートルになります。手元にある林檎を輪切りにして、赤い皮の厚みを測ってみたら、0.2ミリメートルありました。地球上の空気はこの林檎の皮より薄くその半分です。

 


4.大気の歴史 

 

今の地球上の大気がどうして出来てきたかは、既に色々な解説がされていてよく知られていると思いますが、46億年前、地球が出来た直後は地球も熱く、大量の水蒸気に包まれていたようです。 地球が冷えると水蒸気は凝縮して海になり、気体の大気が出来てきました。 その主成分である炭酸ガスと少量の窒素で構成されていました。 40億年前ごろ地球上に生物が発生してきだしましたが、この頃の生物は酸素によらない方法でエネルギーを得ていました。

30億年前あたりからシアノバクテリアというらん藻類が現れ、光合成が始まりました。この群生がストロマトライトといわれる現在もオーストラリアの一部に残っているコロニーで、これによって大量の酸素が存在するようになり、地球の様相が大きく変わり出しました。

これ等の酸素が海水に溶けていた大量の鉄分と反応して、海水が赤く変色して行ったり、当然ながら大気の組成も変わって来ます。又珊瑚などの働きで、炭酸ガスが固定化され、段々大気は現在あるような窒素と酸素の組み合わせに変わっていきます。

更に大気の上層に今の成層圏になる部分が形成されて来て、オゾン層になって、うまく紫外線を吸収する事が出来るようになりました。話せば大変ですが、こういった大気の変化が実は生物の活動によって行われて来たということは、生物の活動が地球の大気の構成を大きく変化させるだけの規模であるということを認識させてくれます。

 

5.二酸化炭素の量と気象の変化

 

今から1万年前頃まで、シベリアと日本とは陸続きであったという説が有力です。日本民族の血にはツングースの血が入っているという、根拠の一つです。陸続きであったというのは、この頃気候が非常に寒く、極地が氷結して海水面が100メートルぐらい下がっていたからだと言われています。

最近沖縄の島で、10から30メートルぐらいの海底に、階段や石垣などの人工物が沈んでいるのが相次いで発見されているようです。この付近でそんなに大きな地殻変動があった痕跡はないようですので、これも海面の上昇があったことを示すものと思われます。しかもこれは人工物ですから、人類の歴史を考えると、1万年以上前の事とは思われません。

こういった気象の変化は、地球上の現象によって生じたもので、勿論人類とは何の関係もないものですが、比較的短い期間の間に、大きな変化が現れています。これを見ても地球の気象は非常に変わり易いものであると思わざるをえません。今我々がやっていることが、現在のような快適な気象条件を維持する方向に行くのか、大きく損ねる方向に行くのか、予測は難しいと思いますが、人口がさらに増大して、恐らく21世紀の中ごろまでには90億人に近ずくでしょう。これは当然人類の活動を活発にするでしようから、それによって地球上の大気に、特に大きな影響をあたえないような、限りなく注意深い検討が必要だと思います。

上の図に示されていますが、現に最近の地球の平均気温は上昇して来ていますし、さらにその傾向が続きそうに見えます。

 

6.無残なユングフラウの肌

 

先年スイスへ行って、着くと早速ケーブルカーでユングフラウヨッホに登りました。勿論ユングフラウを真近に見るためです。ケーブルカーを降りて、さらに上階に上がるために坂道を登るのですが、この高度になると、歩くのはかなりきつくなります。やっとエレベータにたどり着いて、見晴台に出ました。中央に広がるのがアレッチャー氷河、その右にドライエッケホルン、フッスホルンと広がってユングフラウ、ミッターホルンと続きます。左にはグリンホルン、フレッシャーホルンそしてメンヒとなります。アイガーはメンヒの陰に隠れて此処からは見えません。いずれも雪と氷河とに削られた生なましい岩壁とそこに積もる雪の白さとが構成する壁面でした。まさにアルプスでなければ見られない、白い広大な展開でした。思わず息を呑んで見守りました。

と盛んに水の流れる音が聞こえて来だしました。見ると氷河の端にも、水が解けて流れる溝がえぐられています。丁度9月でしたから真夏の太陽を受けたあとなので、そうなのかなと思いながらユングフラウをもう一度見上げると、今まで写真で見てきたユングフラウとは何か違います。ユングフラウ、処女峰は身に白衣をまとっていた筈です。どうも今見る処女は、無残にもその白衣が剥がされています。流れる水の音を聞き、このユングフラウの無残な山肌を見ると、何か地球が変わりつつあるのだという印象を深くさせられた事でした。