原子力発電反対の風潮の広がりを愁う
第二十四話 小泉総理に求めるもの 「エネルギー問題総括委員会」の設立を
天野 牧男
この記事は月刊エネルギーの7月号に掲載されたものでありますが、同誌の了解を得てHPに加える事としました。わが国では各省の力が強く、省が中心となって、今日までの日本が出来てきました。特に高度成長の時期には、進むべき方向は比較的にはっきりしていて、それで上手く取り仕切られていた面が相当にあったように思います。
しかしこれからの国の運営には、はっきりした国家理念と、総合的に見た国益を考えた国家の経綸が必要であります。このために現在、内政の面では総理大臣がイニシアティブを取った、経済財政諮問会議があって、そこで省を超えた国の方針が議論されています。
わが国にとってエネルギー問題は、国内だけの問題だけではなく、国としての総合的な方針の立案部門が、やはり総理大臣の直下に持つ必要があると思います。この小論はその面での対応を求めたものであります。以下は月刊エネルギーに掲載したそのままです。
ある日の会談
先日ある昼食をしながらの会合で、数人がテーブルを囲んでいた。話のきっかけは、小泉総理の北朝鮮訪問からだった。一人が一寸おずおずとした感じで話し出した。
「私は、こ小泉首相というのはなかなかのものだと思うが、どうだろう」
間髪を入れず返事が入った。
「そうだよ。僕は戦後の首相の中では5人の一人、いや3人の一人に入るかと思ってますね」
「3人と言うと吉田さんは間違いないとして、後誰だろう」
「そう、うーん、一寸3人はむずかしいか。とにかく出色なのは、吉田、鳩山、岸、池田、佐藤、田中、中曽根それに小泉となると8人ですか。少なくても間違いなく5人には入りますね」
「最近中曽根元総理がよく出てきているけど、彼より上だね」
「そう、そのとおりだな」
これは全員の意見であった。
「我々会社で仕事をして来て、何が難しいかといって、斬新な目標を具体的に掲げて、部下にこれをやれというのが一番大変だったでしょう。言った以上達成しなければ、面子丸つぶれですからね。それを敢えて言うのは、言うのは簡単だけど、その場になるとやっぱり大変だよ。それなのに確かに圧倒的な支持で首相になりはしたけれど、まだまだ派閥の親分達が頑張っているところへ、自民党は俺の言うことを聞かなければぶっ潰すとか、郵政は民営とか言い切るのは大変だね。私はあれ一つで彼への考え方を変えましたね。単なる変人ではなかった」
小泉首相を評価する話は未だ続く。座談をしていたのは企業のいろんな分野で、長年仕事をしてきた人達で、ほとんどはもう退職している。
国家戦略を練る部局の必要性
この時の座談では出なかったが、国際的に見た時代は日々変化していて、戦後の高度成長期と国家戦略と同じではやっていけなくなっている。国内の行政においても、夫々の省が担当部門に対して、責任を果たしていくのでは十分ではなくなっている。例えばエネルギー問題でも、かっての様に原油の確保さえすればいいというだけのものではなくなっている。それだけでよければ経済産業省が対応していればいいのであるが、地球環境問題が重要な国際問題になってきた現在、当然ながら環境省との調整が必要になる。又国際的な関連となれば、これは外交的な問題でもある。これからの環境対応を踏まえたエネルギーの確保には、新しい技術の開発が重要であって、当然ながら文部科学省も関連する。更に原子力発電所の運営についても、発電所のある県などからの発言が強くなって、国や電力会社が進めようとする政策に待ったをかけることが、頻繁になってきて、原子力発電の運営に障碍になっているケースが増える傾向にある。
従来この国の政策の実行には、省中心で省益あって国益無しと言われて来ている。高度成長期のように、進む方向がはっきりしていた時代はそれでも未だ良かった。しかしこれからの国の経綸は、そういった手法で進められる時代ではなくなっている。
小泉首相が行った国の運営の改善の一つは、内閣府の強化であった。これには先般退任した福田官房長官を前内閣から続いて、この地位に任命し、その強化を委託した。福田官房長官はその信頼に答え、実質的なハイレベルの外交は総てここで動かされるようになっている。アメリカでは外務大臣は Secretary of the States 国家秘書であるが、事務的な外交は別として、国の方針に関するような事項はその国のトップが仕切るものだと思う。
これと同様にエネルギーの問題についても、世界の保有埋蔵量や、消費量の動き、環境の問題総てをにらんだ対応や計画が必要である。勿論長期的にわたる見通しを持つことも重要である。これは個々の省の問題ではなく、国家戦略であり、今のわが国の組織では官邸が中心になる必要がある。
色々なわが国の政治案件に対し、相当に目配りを効かし、十分な配慮がなされている小泉首相であるが、どうもこのエネルギー問題に対してだけは、必要な対応がなされていない。せいぜい国の公用車に政府が世界で初めて燃料電池自動車を導入ぐらいである。首相官邸のホームページでもここまで進んだ小泉改革というのがある。その項目は18あったが、エネルギーについては一言もふれていない。
エネルギー問題統括委員会を設立されたい
21世紀のわが国の最大の問題は食料とエネルギーであることは、世界の人口や経済の動きを見れば明らかである。又世界の資源は有限である。これに対し食料においてもエネルギーにおいても世界で最もそれを持たない国が、これからどう対処していくのだろうか。
国の政策として、エネルギーの分野で最も重要な役割を占めるのは原子力発電であるが、原子力をどう位置づけるかという重要な問題を明確にしないで、ただ電力の自由化だけを政策として打ち出しているのでは、安定した未来を設定する事が出来るとは思えない。
こういった問題を解決する為には、端的に結論を言うと、今の原子力委員会を解体し、その機能をエネルギー問題統括委員会という新組織をつくり、そこに合体する。その長は首相に次ぐレベルの閣僚にすべきである。かって原子力委員長は科学技術庁長官であった。それでもレベルが低いと思ったのに、今それが民間の識者になっている。皆相当な人格の方とは思うが、日本の原子力政策を作り、世論に時に逆らって、引っ張っていけるパワーの保有者のようには思えない。もし民間人から選ぶのであれば、土光さんぐらいの人でなければならない。
今この国も世論の国になってしまっていて、内閣支持率が下がれば、内閣も持たなくなる。森内閣がその例であるが、この世論がいかに移ろいやすいものであるかは、田中真紀子外相の解任時の内閣支持率が一気に30%下がったことでも分る。わが国における原子力発電の重要性や、今策定されている燃料サイクルの実現が大切なのに、世論というブレーキがかかると、運転が止まってしまい1年や2年は直ぐたってしまう。もんじゅがナトリウムの漏洩事故を起こしてから間もなく9年、未だ運転再開の計画も発表されていない。この新しい委員会は世論の動きを的確に把握し、国が必要とする方向に動かしていくものでなければならない。
このエネルギー問題に対処する部門には、専属の権威者の常勤のグループを作り、原子力政策や安全性などについて、十分納得できる説明をし、又地方自治体に対し、国の政策を了承させるだけの説得力を持つことが必要である。いくら優秀でも、現在のような大学教授の非常勤の片手間仕事でやっていけるものではないと思う。
これからの21世紀のエネルギー問題を乗り切っていくためには、こういった部署の設置と的確な運営とが如何しても必要である。卓越した小泉首相の真剣な対応を心からお願いするものである。