原子力発電反対の風潮の広がりを憂う
第二十五話 原子力発電に隠すものはない
速やかに分かり易く情報公開を 04/10/18天野牧男
テレビで真実を把握できる時代
昨年2003年の4月5日だっかと記憶しているが、テレビをつけたら、バグダッドの大統領宮殿が川越しに見え、川との間の道路にアメリカの戦車が入ってくるところであった。宮殿からは兵隊なのか、宮殿の従業員なのか良く分からないが、大勢道路に沿って、戦車と反対の方向に逃げていく。これはまさに戦争の一場面である。どうもこの画面に関しては、筆者もアメリカ軍の司令官も全く同じ状況を見ているのではないかと思われた。
わが国においては、かつて戦争の状況は、「大本営発表、帝国陸軍は去る3月26日、どこどこにおいて・・・・・・」と言う発表でしか知らされなかった。それが今部分的にではあるが、目の前で同時進行で戦争が行われている。この情報の伝達の内容の違いは、恐るべきものがある。1昨年の9月11日には、ニュ―ヨークのワールドトレードセンターに突入していく飛行機を、自宅のTV画面で見ている。その後のすさまじい崩壊は、世界中の人々の頭に中に焼き付いてしまった。
このTVを中心としたメディアの世界が今日の世界であり、そのメディアは人々を、徹底的に教育している。もはや現代の大衆は、江戸時代の「知らしむべからず。依らしむべし」の大衆ではなくなっている。TVに現れる人たちの、画面での表情や発言は非常にその人を示してくれる。TVの視聴者はそこから隠すことの出来ない真実を、相当な程度で把握してしまってきた。
ツボを得た広報
去る8月9日発生した、関西電力美浜3号原子力発電所の事故は、5名の死亡を含む11名の死傷者という、労働災害としてもきわめて厳しい、また痛ましい事故であったが、その3日後の12日、フランスの団体EFN(原子力を指示する環境主義者協会)からニュース・レターが送られてきた。Causes of the industrial accident at Mihama in Japan「日本の美浜の工業事故の原因」というタイトルであった。このニュースが作られたのは、11日とあったので、事故の2日後には作成されていたものである。
その内容が実に的確で、国内での新聞発表などでも言っていないことが明瞭に記述されていた。まず見出しが「工業事故」である。日本の新聞が「原発蒸気噴出」というタイトルで記事が作られているのに、原子力事故ではないことを最初に打ち出している。また全体の系統図が挿入されており、その中に此処で破断したという指示が明瞭になされていた。このプラントがどう構成されているか分からない読者に、ただ復水管とか温度が140度の熱水とかいう言葉だけではなかなかつかみにくい情報が、きわめて的確に示されている。破断部の写真も載せられている。あの破断部の無残な写真とその部分の的確な寸法を示したスケッチが添えられていた。
これを見て驚いたことは、フランスの非営利の団体の情報が、非常に早く、的確で、しかも国内のどの情報、電力会社のホームページのどれよりも分かり易いということであった。この団体の会長は Bruno Comby 氏といって、環境学者である。以前から原子力発電に対する的確な情報をニュース・レターとしてまとめ送付したり、学会などで発表したりしておられる。こういった的確な情報がすぐ発信できるということは、Comby
さんやそのスタッフが優秀であるということはいうまでもないが、この広報のつぼを得た公表のやり方は、大いに学ぶ必要があるようだ。
(このニュース・レターは斉藤修氏が翻訳され、EFNのWeb Site で見ることが出来る)
速やかな公表がカギ
話が変わるが、何か事故や事件がおきた時、これは火災などでもよくあるのだが、通報が遅いというクレームがある。何か問題がおきるとどうしてもそれへの対応が先にたって、関係部門への通報が遅れるものである。火事でもやはり自分で消して、外部に知られないようにしたいという気持ちが、まず先にたつものである。こういった時いいから連絡すべきところへは連絡する。勿論何か起きた時だから、詳細は分からない。しかしとにかく連絡する。幸いその事故がほんの一寸したものであれば、いやどうもお騒がせしましたですむ。いやみの一つもあるかもしれないが、それだけである。若しそれが重大な事故であったら、連絡しておかなかったら大変である。とにかく何かあったらすぐ報告することが大切だ。
今でも新聞に、報告が遅かったと注意されたという記事を散見する。簡単なことだと思うのだがなかなか旨くいかないものである。
情報公開、透明性の時代
20世紀の後半わが国の経済や工業が素晴しい発展を遂げた高度成長の時代、時代は人を必要とし、終身雇用制度が定着していた。これは一生その会社で過ごすのであるから、その企業に対するロイヤルティが高いのは当然であった。今そういった雇用環境はすっかり変わった。従業員の方もいい働き口があったらすぐ転進する。企業も経営状態に応じて、リストラに走る。これでは昔のような従業員のロイヤルティを期待するのは無理であろう。
最近の企業でも役所でも不祥事件のほとんどの発端は、内部告発である。その仕事をしていた人の告発だからまず間違いない。彼だけは信頼していたのだが、というぼやきが出るようでは、時すでに遅しである。誰がどう考えているか分かる訳はないから、やはり企業はやましいことをやるべきではないということである。誰に何を見られてもいいという経営をすべきである。
それにこれは少し誤解を恐れないで述べるが、高度成長期には、ほとんどどの企業も業績が上がり、利益を伸ばすことが出来た。したがって何か失敗をしても、すこしそうっとしておけば、どんと利益が入って、そんな失敗はどこかえやってしまうことが出来た。しかし今はそうは行かない。一度何か穴を開けたら、埋まるどころか、どんどん広がってしまう。
もし何かうまくいかないことがあったら、なるべく早く公表して、自分ひとりではなく、上司も含めた多くの手を借りて、それ以上の損失にならないようにすることである。
問題があると自分ひとりで抱え込みがちなものであるが、問題を起こしたレベルと、解決しようとするレベルとが同じでは、なかなかうまく行くものではない。一度はしかられるかもしれないが、一つ上のレベルにそれを持ち上げることである。社内のレベルが上がると、見とおせる視野が広がる。上のレベルに上げれば、おいお前助けてやれと別の部門の援助をアレンジすることも容易になる。一時は屈辱かもしれないが、それで済むのと、何時までも話さないで、どうにもならなくなってから、頭を下げるのとでは大違いである。とにかく何かあったらすぐオープンにすることである。
その意味で企業経営の透明性が徹底して求められてきて、役員会の構成人員にも変化が出てきたが、経営を行うにはこの覚悟を持ってなされなければ、何時どういった問題が発生するかわからない。
隠すものはない、正しい報告を
今回の関西電力美浜3号機での痛ましい事故においても、確かに調査し、計測してその処置が取られなければならいことがなされていなかった。これが重大な手落ちであることは間違いないが、このことを意図的に隠す必要は全くなかったはずである。オリフィスやエルボーなどの流れの激しく乱れるところに、配管材の減肉現象が起きることは、周知のことであって、プラントのほとんどのところで、その処置はなされていた。
2年前の東電のシュラウドの問題も、技術的に充分説明できるも問題であった。格納容器の漏洩値を修正するような、不正なテストを行った後では、このことを公表できなかったであろうが、何もあの時そんなことをする必要はなかった。多少数字は悪くても、許容値はクリアーしていたと聞いている。問題はその少し従来より悪い数値について説明する手数を避けようとしたもので、プラントの本質ではない。また若し漏洩値が許容値を超えていたら、時間はかかるかもしれないが、漏洩箇所を探して修理さえすればいいことであって、原子力発電所の本質的な問題ではない。
どのようなことがあっても、正しく報告するという大前提を、関係者すべてが確認し、そのために費用がかかろうが、時間がかかろうが、それは許容する。この確認を今回の事故を契機として改めて行ってほしい。長い時間の範囲で考えると、この方がトータルのコストは下がり、運転の稼働率も高くなっている筈である。これは多くの産業界が安全の問題で経験していることと、全く同じであると考えている。
繰り返すが、昭和30年以来経験してきた原子力発電所の運転経験からも、今の原子力発電所は、その関係者にとって充分誇りとしていいものである。恐れることは何もない。堂々と事実を明らかにし、問題があったらそれを的確に改修していく。改修することはさらにそのシステム安全性を高めることになる。原子力発電所は一基だけではない。他のプラントの問題は直ちに自分のものとして反映させていくべきものである。
インシデント情報も共有を
1984年アメリカ、ペンシルバニア州のスリーマイルアイランド原子力発電所で、炉心溶融事故が発生した。放射性物質の漏出もあったが、幸い人身被害はなかった。しかしこれは、軽水炉ではもっとも重大な事故で、世界的に大きなショックを与えた。この事故から、こういったことを二度と起こさないために、EPRI Electric Power Research Instituteが中心になって究所が中心になって、その対策に乗り出した。
このために設立されたのがINPO Institute of Nuclear Power Operation という団体である。これは原子力施設の運転時に最高級の安全と信頼とを確保することを目的としており、
1)
発電所の定期的な評価
2)
運転員の訓練とその資格認定
3)
起こった事象の分析と情報交換
4)
特別援助計画
をその主要業務としている。
会員は原子力発電所を運転・建設している米国の電力会社であるが、原子炉メーカーや建設会社、さらに海外の電力関係機関の参加も認められている。
INPOの活動の詳細を述べるのはやめるが、EPRIからなどの優れたスタッフを集め、精力的な活動をしたことで、アメリカの原子力発電所の運転実績が大幅に向上するのに、大きく貢献したと言われている。ここではどんな事故でも事象でも、オープンな議論がなされ対策が採られてきた。
次の図に示すようなアメリカの設備利用率の改善は、このINPOの活動だけによるものではないが、ここ20年着実に進んでいる。
90年代の初め、アメリカの原子力産業界はますます複雑な課題に直面するようになった。このため、運転、技術、コミュニケーションおよび政治の各問題に関して専門情報や知識を結集できるように、1994年に原子力エネルギー協会(NEI)を設立した。この結果原子力産業界はNEIを介して、対外的に統一した立場で発言することが可能になった。このNEIの活動もまた、稼働率の改善に大きく貢献した。
わが国でも今これと同様な組織を作ることで、計画が進められていると聞いている。人間から過失を取り去ることは出来ないのだから、こういったシステムを作って、小さいことであっても必ずこういった場に出す。出された問題は必ず検討され、ほかの発電所の同様な部分を必ずチェックする。そしてその結果をきちんと報告することが大切である。
アメリカのINPOは電力が中心で構成されているが、日本では電力とメーカーとの関係もアメリカとはかなり違う。発注者と受注者以上のものが、特に技術の面ではあった。公正な受注、契約という難しさはあるであろうが、技術の進歩、改善のためには、それを越えて、電力もメーカーも同じ土俵で議論できるそういった組織に是非してほしいと願うものである。
改善の最善の手段は?
ここで詳しく論じるのはやめるが、技術でも管理システムでも、進歩し、改善するのには、現在の自分の
悪いところや、問題点を良くする事である。何が悪いか分かっているのでであるから、それを改善すればいい。勿論改善も容易ではないかもしれないが、何をやればいいかは分かっているのであるから、それをやればいい。
これが最善の方法であるが、それには今の自分のどこが悪いかを知ることがもっとも大切である。そのためにも、隠すことはよくない。隠すことは自分の進歩を阻害する一番の方法だからである。