私の意見「『もんじゅ』の廃炉問題(その2)」

 

                          2016.10.14 碇本岩男

 

1、まえがき

 (その1)に続いて「もんじゅ」の廃炉問題を取り上げる。

前稿では「もんじゅ」が長く止まっている理由は何だったのかについて、報道とは異なる本当の理由を書いた。今回は「もんじゅ」の建設は何のためであったのか、「もんじゅ」を廃止すべき理由は何なのか、について意見を述べる。

 

2、「もんじゅ」の必要性

 「もんじゅ」の必要性(何故、「もんじゅ」を建設したのか)を述べるためには、エネルギー、核燃料サイクル、日本の国情などを述べなければならない。

 このテーマで既に筆者の意見を述べており(注1)、繰り返しになってしまうが再度述べることにする。

<エネルギーの重要性>

 エネルギー問題を考える時に考慮すべき観点として、よく3Eと略して言われる@Energy security、AEconomy、BEnvironmental conservationがある。

 エネルギーがあればこそ、国の隅々まで生活に必要な食料、物品が運ばれ、寒さ、暑さを克服できる環境が作られ、多くの品物が作られ、人の移動も容易に行え、高度な医療も行える。エネルギーがあるから、資源もなく狭い日本でも約1億3千万人が、比較的豊かに暮らせていけるのである。エネルギーのない江戸時代の日本の人口が約3千万人であり、しかもこの時代の多くの人が今とは比べられないほど貧しい生活をしていたことを考えれば、人が生きていくためにエネルギーがどれだけ重要、必要であるかは誰にでも分かることである。

 それほど重要なエネルギーが日本には必要な量のたった6%しかない。エネルギー自給率は世界の最低レベルであり、日本にとってエネルギーの確保、即ち@Energy security(エネルギーの安全保障)が最重要な問題であることも容易に分かることである。価格の高いエネルギーであっても必要な量は買わざるを得ないし、場合によっては、今の日本のように化石燃料に頼り、地球環境を考慮してエネルギーを選択する余裕もないのである。エネルギーが多くあれば、石油の代替ともなりうる水素も作れ、食料の増産も可能なのである。

<エネルギーの安全保障>

 エネルギーの安全保障とは、「日本に必要な量のエネルギーが安定的、かつ適切な価格で手に入れられる状態を維持すること」である。

この問題の根本的な解決策は、他国に頼ることなく手に入るように日本のエネルギー自給率を100%とする(100%に近づける)ことである。自給率が100%(近く)であれば、海外から調達した方が国内で調達するより安価な場合は、輸入するという手段が選択肢になる。この国内調達という選択肢がないと、どんなに価格の高いエネルギーであっても買わざるを得なくなる。円安にも係わらず、原油価格(LNG価格も同様)がピーク時の約1/3になっている現状は、今の日本にとって非常に幸運なことではあるが、OPECが減産を決め、これが守れるかはともかく、将来もこの価格で輸入できる保証はまったくと言って良いほどないのである。

エネルギー自給率の数値の意味は、国情(生活レベル、主要産業:工業、農業、水産業、観光業、国の位置、人口等)により異なり、例えば、常夏の位置にあり人口が少なく自然に恵まれた国は、エネルギーをほとんど必要としないので、エネルギー自給率が高くてもその国の指標としてあまり意味を持たない。従って、エネルギーによる恩恵で比較的豊かな暮らしをしている主要国の自給率で見る必要がある。

エネルギー自給率100%(以上)を達成している国は主要国の中でロシア、カナダ、オーストラリア、ノルウェイ、デンマークしかないが、アメリカ(約80%)、イギリス(約70%)、フランス(約50%)、中国(約90%)、インド(約75%)、ブラジル(約90%)も高い自給率になっている。ドイツは約40%、韓国は約20%である。原子力エネルギーを除くとフランスは10%程度、韓国は2%程度まで自給率が下がる。

日本の場合(韓国も同様)には、工業製品の輸出で成り立っている国(エネルギー資源に恵まれていないフランスには農業、観光資源がある)なので、エネルギー依存度が高く、他国よりエネルギー自給率の向上を目指していかなければならない。

自給率の向上以外の次善の策としては、海外からのエネルギーの調達(輸入)の多重性、多様性を確保する策が挙げられる。

エネルギーの安全保障でも原発の安全設計における多重性、多様性の考え方と同じであり、化石燃料の輸入元(地域、国)を多くする(多重性)、多くの種類のエネルギーを利用する(多様性)ことが、安定的、かつ適切な価格で手に入れるために重要になる。過去に、中東の石油だけに頼っていたためにオイルショックが起こり、アメリカの石油だけに頼っていたために太平洋戦争が起こってしまった事実がある。

ただし、日本がエネルギー調達の多重性を確保し、一国だけに頼っている状態ではないとしても、他国に日本の生殺与奪権を委ねていることは変わらない。エネルギーは戦略物質であり、ロシアがヨーロッパに大きな政治的影響力を持ち、アメリカがシェールオイル、ガスの開発を積極的に行っているのも、豊富なエネルギー資源を持ち、他国に輸出できるからである。

また、福島第一発電所の事故も、多重性という安全対策が、想定外の大きさの津波という共通要因で機能しなかったことが直接的な原因であり、世界全体のエネルギー不安(エネルギーの逼迫、高騰、政情不安など)という共通要因で、多重性という対策も機能しないリスクがある。次善の策と言っても、対処療法であり、エネルギー安全保障の根本的な解決にはならないのである。エネルギー自給率を高める(手段を持っている)ことがエネルギー安全保障を確保する基本である。

<エネルギーの種類、特徴>

エネルギーを人類が比較的容易に手にできて、使えるようにするためには「大量にあること」、「集中してあること」が必要であり、更に、「エネルギー密度が高いこと」も重要である。

一次エネルギーは大別すると3種類しかない。

@化石燃料(石炭、原油、天然ガス、シェールオイル、シェールガス、メタンハイドレードなど)

A再生可能エネルギー(水力、風力、地熱、バイオマス、太陽光・熱、波力など)

B原子力(核)エネルギー(核分裂、核融合:ウラン、プルトニウム、トリウム、二重水素、三重水素など)である。

この3種類のエネルギーには以下の特徴がある。

 化石燃料は、これまでは大量かつ集中してあり、エネルギー密度も比較的高い。しかも、取扱いが比較的容易であり、二次エネルギー等、他のエネルギーへの変換も容易なので、利便性が高い。最近では、中国を含む世界経済の低迷によりエネルギー需要が減少し、原油価格が下落しているために、枯渇問題、価格高騰問題は忘れられがちだが、この問題が解決されている訳ではない。また、地球環境保全(地球温暖化)問題は増々重要となってきている。

日本では石油はほとんど採れない(必要量の1%未満)が、石炭は、石炭エネルギーセンター(JCEC)調査によれば、確認埋蔵(資源)量(商業的回収率90%以上)は約49億トンあり、日本の輸入量が約1億トン/年なので、50年分程度は採掘できることになる。しかし、石炭の場合には、最新技術を駆使しても、CO2などの有害ガスの放出量は原発の40倍以上あり、地球環境保全上は大きな問題であり、更に、採掘する時の労働環境の問題、落盤事故の問題もあり、最も人的被害の大きいエネルギーという問題もある。

シェールオイル、シェールガスについては、岩石を水圧破壊し、化学薬剤を入れる採掘方法のため採掘費用が高額であったが、50ドル/バレルが採算ラインといわれる程度には安くなった。しかし、現在は原油安(40ドル/バレル程度)の影響で採算が悪化し、エネルギー収支比(EPR)が低いこと、土壌汚染の問題、化石燃料なので地球環境保全の問題があり、将来性のあるエネルギーとはいえない。

 再生可能エネルギーは国産エネルギーであり自給率向上に寄与する。太陽光エネルギーは大量(無尽蔵)にあるものの集中しておらず、エネルギー密度が著しく小さく、効率(設備利用率)が悪過ぎる。しかも天候に左右されるので、エネルギーの供給が不安定である。安定供給のためにはバックアップ電源、蓄電器が必要となり、土地価格が安い場所(僻地)などに立地しようとすると、送電網も新たに作る必要が生じるので、これも高価なエネルギー(電源)となる。また、風力発電は、不安定なだけではなく、周波数、電圧変動など、作った電気の品質に問題がある。水力は既に多くが建設済みであり新規立地の余地はほとんどなく、地熱には発電規模の問題がある。

 原子力エネルギーは、核燃料サイクルを含めると大量かつ集中してあり、他のエネルギーに比べてエネルギー密度が圧倒的に大きい。このため、効率的ではあるが、危険性も大きい(リスクが大きいのではない)。

原子力エネルギーは3E全てに優れたエネルギーであり、工学(科学)的意味の安全性についても優れている。また、エネルギー収支比(EPR)でも化石燃料、再生可能エネルギーより遥かに大きい値となっている。感情論を別にすれば、原子力エネルギーは安全で優れたエネルギーなのである。

<核燃料サイクルの必要性>

 エネルギー自給率が6%程度しかない日本では、準国産エネルギーとも言える原子力エネルギーを有効に利用することは当然のことである。

ウランの確認埋蔵(資源)量に基づく可採年数ついては、100年程度(注2)とされてきたが、シェールオイル、シェールガスが採掘されるようになったのと同様、ウラン価格が上昇すれば、これまでは採算が合わなかった新たなウラン鉱山からの採掘が期待できるので、可採年数は数百年規模になると言って、核燃料サイクルに反対している識者もいるが、これは間違いである。ウラン鉱床は鉄鉱石やアルミ鉱石などと違って広い地域に一様にあるものではなく、一つの鉱床に存在するウラン量は限られており、採掘すれば枯渇していくだけである。このため、品位(ウラン)含有率の低い鉱床で採掘を続けられるというものではなく、シェールオイル、シェールガスとは根本的に異なるのである。

2014年に国際原子力機関(IAEA)が「ウラニウム2014:資源、生産、需要」が発表したウラン資源量によれば、確認資源量は約459万トンで、現在の需要量の約6万5千トンから計算しても70年程度しかなく、推定資源を合わせても約764万トンであり、120年程度しかない。世界的には地球温暖化対策、エネルギー安定供給の観点から、今後、原発の数が増えてくることが予想され、ウラン需要量は増加するので、ウラン資源量の余裕などまったくないのである。

1970年代前半はバレル当り3ドル程度であった石油価格が2010年には100ドルまで高騰(現在は約40ドル)したように、ウランを含め、エネルギー物質は戦略物質であり、需要と供給の経済的原則だけで価格、取引量が決まらず政治的要因、投機的要因も大きいのである。この意味でも、海外に頼らず、核燃料サイクルによって自前のエネルギー資源(核燃料資源)を持つことがエネルギー安全保障の観点で重要なのである。

天然ウランについては地中のだけではなく、海水からのウランの捕集によって、ウランが長期に亘って手に入るという主張もある。コストも現状の2〜3倍程度なので、核燃料サイクルより安いとの主張である(注3)。ただし、海水からのウランの捕集は研究段階(小規模)の捕集結果であり、2〜3倍程度というコストもこの研究結果に基づく試算(注4)である。即ち、現状では、海水からのウランの捕集技術は、核燃料サイクル技術のように実用化、商業化された技術ではなく、ウランが長期に亘って安定的、かつ適切な価格で手に入るかを見通せているという状態ではないのである。

また、核燃料サイクルの確立については、エネルギー安全保障の観点だけではなく、地球環境の負荷低減の観点からも重要である。地球温暖化ガスをほとんど出さないだけではなく、廃棄物処理、限りある地球資源の有効利用の点からも重要であり、プルサーマルを行っても軽水炉だけではウラン資源の1%程度しか有効利用できず、しかも有効利用できないプルトニウムなどが限りなく累積していくので、廃棄物処理問題の解決方法まで無くすことになるのである(注5)。

従って、自前(国産)のエネルギーが得られる核燃料サイクルという多様性を確保する手段を止める(放棄する)のは、安全保障という観点、地球環境の負荷低減からは大いに問題である。エネルギー資源を持たない日本は、エネルギーを確保するためのどんな手段も維持しておく必要があり、日本で核燃料サイクルを完成(商業化)させることはエネルギーの安全保障、地球環境の負荷低減の観点からは必須なことである。

原子力エネルギーを利用する技術は実用化、商業化されているとはいえ、高度に専門的な知識、技術が必要であり、必要になった時に始めればすぐにできるという技術ではないのである。このため、常に人材の確保と、技術を維持、向上させていく必要があり、核燃料サイクル(高速増殖炉、再処理、燃料製造)技術も同様である。

 日本は世界で唯一、平和利用のための再処理(核燃料サイクル)を認められている国である。一度この権利を放棄してしまえば、技術を失うという問題だけではなく、政治的問題として、二度と再処理の権利をアメリカから認めてもらえなくなる可能性も高く、エネルギー自給率向上、エネルギー安全保障の確保の手段、高レベル廃棄物処理の手段を永遠に失うことに繋がってしまう。

 また、世界を考えてみれば、エネルギーの恩恵を受けて比較的豊かな暮らしをしている人、国は僅かであり、エネルギーを必要としている人、国は多くある(テロが起こる要因は世界に貧困、格差があり、これに起因する教育不足によるものであろう)。化石燃料は取扱いが容易であり、価格高騰の問題はあるものの、技術的、経済的弱者への配分を考えなければならないエネルギーである。日本のように技術力が高い国が、新たな資源(エネルギー)を生み出せる核燃料サイクルを推進し、平和利用していくことは、世界の平和、弱者救済にも貢献することにもなるのである。

<「もんじゅの」必要性>

「もんじゅ」は日本で唯一の高速増殖原型炉であり、発電も行える。高速増殖炉プラントとして全てのシステム、機器が揃っている。このため、「もんじゅ」を運転することにより、高速増殖炉の運転経験、発電実証、保守・点検、取替燃料の設計、製作という技術伝承、技術向上が図れ、今後の実証炉、実用炉開発に向けた貴重なデータ、経験が得られるのである。さらには、プルトニウムの有効利用(消費)、研究炉として実証炉、実用炉開発のための照射試験の実施、MA分離・変換技術の実証、革新的機器開発も行えるのである。

「もんじゅ」はこれまでに1兆円の経費をかけて、作られ、維持されてきた国民の財産である。その活用を、科学的、技術的理由ではなく、その時の政治的理由、あるいは、科学を無視した規制基準の運用を理由として止め続けること、ましてや廃炉にすることなどはあってはならないことである。

核燃料サイクルの確立に向けた高速(増殖)炉の開発は、ロシア、中国、インドが積極的に進めており、フランスも再び開発を進めている。

ロシア(カザフスタン含む)は実験炉(〜BR10、BOR60)、原型炉(BN350、BN600、BN800)と順調に開発し、実証炉BN1200が開発中である。中国は実験炉CEFRが2010年に臨界となった。インドはトリウム燃料サイクルを目指し、実験炉FBTRは1985年に臨界しとなり、原型炉PFBRも運転間近である。

ロシアは資源大国ではあるが、エネルギーが戦略物質であることから高速炉の開発を続けている。中国、インドは人口が多く、エネルギー不足問題の根本的解決に向けて開発している。フランスもエネルギー資源がなく、これまでも原発立国として進んできたが、将来を見据えて、経済性を理由に中断していた高速炉開発(ASTRID)に再び乗り出している。韓国も高速炉開発に向けた研究は継続している。国として確固たる意志で原子力政策を進めている国は、小さな失敗はあっても着実に開発は進んでいるのである。

核燃料サイクル、高速増殖炉の実用化、商業化までには多大な時間と費用が掛かる。それでも無資源国で工業立国としか生きられない日本は、この技術開発を成し遂げなければならないのであり、日本が開発を停滞できる理由はまったくないのである。

福島原発事故があっても、日本が無資源国であり、工業を生業とするしか道のない国であることが変わるわけではなく、核燃料サイクルの確立、高速(増殖)炉の開発が必要であることも変わっていないのである。(次稿に続く)

 

3、まとめ

エネルギー自給率が著しく低い日本にとって、エネルギー問題は日本の存亡に係わる重要問題であり、エネルギー安全保障の確保は、いつでも最重要課題である。

核燃料サイクルは、日本のエネルギー自給率を高め、エネルギー安全保障を確保し、地球環境の負荷低減に寄与するための重要な手段(技術)であり、一度手放してしまうと、政治的、技術的理由で二度と手に入らない手段となりうるのである。現状では化石エネルギーの入手が容易、豊富という状況であったとしても、「備えあれば憂いなし」と言うように、エネルギー資源を持たない日本は、将来のリスクを回避するために、エネルギーを確保するためのどんな手段も放棄せずに維持しておく必要がある。

このためには、日本の貴重な財産でもある「もんじゅ」の有効活用は必要なのである。

 

                                   以上

 

(注1)「核燃料サイクルの必要性」私の意見、2015.3.16

    「高速増殖炉「もんじゅ」計画、必要性は変わらない」GEPR、2015.9.4

(注2)原子力・エネルギー図面集2015

(注3)<池田信夫blog>

「核燃料サイクルは必要か」2012.11.02

    「非在来型ウランの埋蔵量について」2013.2.11

「核燃料サイクルの出口戦略」2013.2.24

「再処理をやめれば最終処分場はできる」2013.11.19

「核燃料サイクルというフィクション」2013.12.09

(注4)「モール状捕集システムによる海水ウラン捕集のコスト試算」、玉田正男、瀬古典明他、日本原子力学会和文論文誌、2006年

(注5)「混迷する核燃料サイクル問題を原点から考える」河田東海夫、GEPR、2015.9.7