私の意見「『もんじゅ』の廃炉問題(その3)」
2016.10.17 碇本岩男
1、まえがき
(その1)(その2)に続いて「もんじゅ」の廃炉問題を取り上げる。
(その1)では「もんじゅ」が長く止まっている理由は何だったのかについて、報道とは異なる本当の理由を書いた。(その2)では「もんじゅ」の必要性、即ち、もんじゅの建設は何のためであったのかを書いた。今回は最終稿として「もんじゅ」を廃止すべき理由は何なのか、それが妥当なのかについて意見を述べる。
2、「もんじゅ」を廃止すべき理由
<原子力規制委員会の勧告>
2015年10月21日、28日に原子力規制委員会(NRA)の今年度の第35回、37回会議があり、「もんじゅ」保守管理不備問題について議論があった。10月21日は日本原子力研究開発機構(JAEA)の監督(所管)官庁である文部科学省(MEXT)から対応を聴取している。11月2日にはNRAの臨時会議があり、JAEAとの意見交換が行われた。11月4日に第39回会議があり、NRAがMEXTに対して半年以内に運営母体を見直すよう勧告を出すことを決定し、11月13日付で大臣宛に勧告文(原規規発第1511131号)が出された。
この勧告文ではMEXTに対し、おおむね半年を目途に以下を求めている。
1、JAEAに代わって「もんじゅ」の出力運転を安全に行う能力を有すると認められる者を具体的に特定すること。
2、「もんじゅ」の出力運転を安全に行う能力を有する者を具体的に特定することが困難であるならば、「もんじゅ」が有する安全上のリスクを明確に減少させるよう、「もんじゅ」という発電用原子炉施設の在り方を抜本的に見直すこと。
この勧告については(その1)で示したように、NRA側の事実誤認、非論理性もあって、多くの批判がある。本来であれば、事実誤認、非論理性を理由に、MEXTがこの勧告を一旦拒否し、NRAと、事実を追求すべきとことん議論するべきであった。
しかしMEXTはこれを何の異論もなく受け取ってしまい、「もんじゅ」の在り方に関する検討会(座長:有馬朗人氏)を立ち上げた。約6ヶ月掛けて検討してもらったが、ここで検討したのは、勧告の内容はそのまま受け入れ、結局、JAEAに代わる組織が備えるべき要件だけであった。この要件とは、@研究開発段階炉の特性を踏まえた保全計画の策定及び遂行能力、A現場が自律的に発電プラントとしての保守管理を実施するための体制、B実用発電炉に係るものを含めた有益な情報の収集・活用体制、CJAEAにより培われた技術の確実な継承と更なる高度化、D社会の関心・要請を適切に反映できる強力なガバナンス、の5項目あるが、理想論、抽象論をまとめたものであり、具体的に特定するための要件とは言い難いものであった。このため、具体的な組織の特定に至る前におおむね半年という時間を消費してしまったのである。
MEXTは電事連にも協力を要請したが、軽水炉の再稼働が進んでいない状況で、「もんじゅ」の運営を手掛ける余裕など、どの電力会社でもないのである。しかも、「もんじゅ」はナトリウム冷却炉であり、電力会社にこれをすぐに運転、保守するだけの技術もないのである。こんなことは、勧告が出された時点で分かり切ったことであり、JAEA以外に「もんじゅ」を担える組織など現実的にはないのである。
勧告を受け入れた時点で、『勧告に書かれている「もんじゅ」の出力運転を安全に行う能力を有する者を具体的に特定することが困難であるならば、「もんじゅ」が有する安全上のリスクを明確に減少させるよう、「もんじゅ」という発電用原子炉施設の在り方を抜本的に見直すこと』との対応を迫られることになり、「安全上のリスクを明確に減少させるよう、抜本的に見直すこと」となる具体策の有力案が、運転(再稼働)しないことになり、必然的に廃炉ということになるのである。
JAEAは旧原研と旧動燃が合併してできた組織であり、現在の職員数は4000人ぐらいである。研究内容は原子力関連とはいえ多岐に亘っており、核分裂原子炉(軽水炉、高速炉、ガス炉)を用いた研究だけではなく、核融合、加速器、再処理、廃棄物処理、地層処分などに関する研究を行っている。職員のほとんどは研究職、技術職である。
JAEAは、研究炉、臨界実験装置のJPDR(BWRで発電炉)、JRR-1〜4、NSRR、FCA、JMTR、常陽、ふげん(ATR原型炉で発電炉)、HTTRなどを建設、運転、保守を行ってきた組織である。即ち、研究炉だけではなく発電炉も運転してきた組織であり、「もんじゅ」と同じ敦賀にあるふげんを1978年から20年以上運転した実績があるのである。
熱出力は、常陽が140MWt、ふげんはATR原型炉なので熱出力が557MWt、電気出力が165MWeと比較的大きくなっている。「もんじゅ」はナトリウム冷却高速増殖炉(FBR)の原型炉であり、電気出力が280MWe、熱出力は714MWtで、常陽、ふげんよりは大きいが、標準的な軽水炉の電気出力約1200MWe、熱出力約3400MWtから見れば、かなり小さい規模である。
JAEAにはFBR発電炉の運転経験はないものの、発電炉としては「もんじゅ」とほぼ同規模のふげんの運転実績があり、FBRとしての運転経験は、「もんじゅ」と同じナトリウム冷却の高速(増殖)炉である「常陽」がある。また、大洗工学センターでのナトリウム試験施設の運転経験も豊富であり、「もんじゅ」でも40%出力運転試験を経験している。
これら実績を踏まえれば、ナトリウムの取り扱い技術に優れ、これまでの、常陽、ふげん、「もんじゅ」の出力運転、保守・点検経験を有しているJAEAという組織が、技術的観点から客観的に考えれば最も適しているのである。JAEAという組織が「もんじゅ」の運転、保守を行える技術的能力がない、というNRA主張はまったく説得力に欠けているのである。
こんな間違った勧告が理由で廃炉に向かうのは不合理どころか日本の恥である。
<再稼働費用>
新聞報道(注1)では、「もんじゅ」を再稼働し、10年程度運転するには新規制基準対応、燃料費、電気代、人件費で5800億円程度掛かるとの政府(文部科学省)の試算があると報道された。これを裏付ける資料が10月7日の第1回高速炉開発会議の配布資料として公開され、総額が5400億円+αとなっている。(注2)。
この5400億円+αの内訳は、支出で、運転保守・維持管理費が16年間で3200億円、新規制基準対応(設計含む)で1500億円+α、起動前点検と性能試験で320億円、人件費・固定資産税等で630億円、逆に収入として売電分270億円となっている。
しかし、この試算にはいくつかの疑問がある。まずは年間200億円とされる運転保守・維持管理費であるが、この内訳が示されていない。ナトリウム冷却炉であり、ナトリウムは常温では固化するので、200℃程度に維持する必要があり、現在は原子炉停止中(崩壊熱もない)なので、200℃程度に維持する電力が必要である。この電気代は運転が始まれば不要なはずであるが、単純に現在と同じ年間200億円として16年分で計算している。人件費、固定資産税は別途見込んでいるので、この年間200億円の費用とは何なのであろうか?
また新規制基準対応の工事期間が性能試験を入れても7年というのもいかにも長い。そして、売電価格を8円/kWhとしていることは逆にいかにも安い。再エネの最近のFIT価格の27円/kWhは論外としても、火力発電の発電単価の14円/kWhでも電力、国の負担にはならないはずであり、売電価格は、460億円程度は期待できるはずである。この他、人件費も「もんじゅ」の職員はJAEAであり、「もんじゅ」の運転の有無に係らず、解雇しなければJAEA研究員として働くのであるから国家の経費としては変わらないので、ここに含めるのが適切かも疑問である。
疑問が残る運転保守・維持管理費、人件費、売電価格などを考えると、「もんじゅ」の再稼働に本当の意味で必要な経費は新基準対応費、起動前点検と性能試験であり、2000億円程度である。
この2000億円が高いか安いかは、投資対効果の問題で色々な議論があるとは思うが、今年度の補正予算で28兆円という規模の景気対策を行うことを考えれば、この2000億円(5000億円でも)も国内で消費する費用であり、景気対策になる。28兆円規模から考えれば、2000億円は問題にならない額である。従って、この再稼働費用が廃炉理由にはまったくならないのである。
今回の廃炉問題も、点検漏れが発端となったが、点検が計画通りに行われなかった理由は、「もんじゅ」が長期停止している中で安全上の観点で点検しなければならない点検などそもそもなかった(勿論、財産保護という観点での点検は必要であるが)という技術的理由以外に、点検するための予算が不十分であったという理由がある。MEXTが、たかだか数十億円規模の予算をケチったために、これまで1兆円も掛けてきた「もんじゅ」という国民の財産を失うかも知れないはめになったのである。
核燃料サイクル、「もんじゅ」に関しては、反原発派ではない識者の中でも、経済性を理由に懐疑的な人もいる。(注3)しかし、技術を一度失ってしまうと、二度と手に入れることはできない場合も多くあり、日本にはないエネルギー資源のみならず、現状では世界の先端であるエネルギー資源確保の技術も失ってしまうことになるのである。新たに一から技術を作り上げようとするとそれこそ膨大な費用が掛かり、5000億というレベルではなく、数十兆円規模の開発費が必要になるのである。こんなリスクに繋がる「もんじゅ」廃炉を、数千億円の再稼働費用をケチって決めるというのもあってはならないことである。
3、まとめ
3回に分けて「もんじゅ」の廃炉問題について意見を述べた。
筆者の意見をまとめると以下の通りである。
・「もんじゅ」が長期に止まっている理由は技術的な問題ではなく、政治的問題と、日本の行政に係る手続きに膨大な時間が掛かるからである。
・NRAの勧告は、多くの識者が既に指摘しているように、NRA側が事実誤認をし、間違った指摘をしているのである。この間違った勧告の内容を検証することなく受入れ、廃炉という選択肢を含む抜本的見直しを検討することが問題なのである。関係閣僚会議の結論は、このため間違った前提に基づいており、政府の最終結論は同じ過ちをくりかえすべきではない。
・無資源国、エネルギー自給率6%、工業立国の日本にとって、エネルギー安全保障は最重要項目なのである。現在、化石燃料が低価格で安定に入手できているとしても、いつ高騰してもおかしくはなく、エネルギー自給率向上、地球環境の負荷低減にも寄与する「もんじゅ」を含む核燃料サイクル技術は日本にとっては失ってはいけない技術なのである。
・報道されている「もんじゅ」再稼働費用の5000億円は疑わしく、せいぜい2000億円以下であり、しかもこれは国内で消費される費用である。2000億円という額は、平成28年度の景気対策のために組まれた補正予算の28兆円規模から考えれば、十分小さい額であり、この再稼働費用が「もんじゅ」廃炉の理由にはならない。
以上
(注1)毎日新聞朝刊、2016.8.29、2016.9.21
(注2)「『もんじゅ』の運転終了までに係るコスト試算」MEXT、資料3-4
(注3)「『もんじゅ』は研究開発施設として見直せ」池田信夫、GEPR、2016.05.30
「核燃料サイクルに未来はあるか」池田信夫、GEPR、2016.09.30