私の意見「産経新聞の『もんじゅ』に関する杜撰な記事」

 

                              2017.3.28 碇本岩男

 

1、まえがき 

 産経新聞が3月27日に「もんじゅ廃炉に障害、模擬燃料170体不足 ずさん管理」という記事を配信した。

 この記事がどういう取材に基づいて書いたのかは不明であるが、この記事の内容は事実を正確に伝えておらず、取材の杜撰さ、記者の杜撰な理解が際立っている。

 朝日新聞、東京新聞、毎日新聞は反原発を主張するために意図的に事実を歪めたと思える記事を書いてきている(注1)が、産経新聞はこれまで原発問題に関し比較的客観的な記事を書いてきていると思う。しかし、この記事は意図的に事実を歪めた訳ではないであろうが、事実とはほど遠い内容のお粗末な記事なので、事実、背景を説明しておく。

(注1)

 私の意見「真実は曲げられない」2014.8.16

 私の意見「島崎前NRA委員長代理の基準地震動過小評価騒動」2016.8.1

 

2、産経新聞の記事の内容

 産経新聞が配信した記事の内容は以下の通りである。(下線は筆者)

 

「昨年末に廃炉が正式決定した高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)の燃料取り出し作業に不可欠な模擬燃料が、少なくとも170体以上不足していることが26日、分かった。もんじゅの燃料は互いに支え合うような形で原子炉容器に入っており、燃料を抜く際は、燃料と同じ形の金属製の模擬燃料を代わりに入れる必要がある。異常事態にも燃料が取り出せない状況を放置していたことになり、日本原子力研究開発機構のずさんな体質に改めて批判が集まりそうだ。

 不足分は新たに製造する必要があるといい、燃料の取り出し作業だけで5年半と長期化している主な要因となっている。模擬燃料の新規調達については、4月に公表するもんじゅの廃炉に関する「基本的計画」にも盛り込まれる見通し。

 原子炉容器には現在、198体のプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料と、172体の劣化ウラン燃料の計370体の燃料が入っているが、原子力機構によると模擬燃料は約200体しかないという。

 この模擬燃料についても、平成2~3年にもんじゅに搬入されたもので、全てがそのまま使えるかは不明。1体ずつ検査して調べる必要があるが、関係者によると「全て作り直す必要がある」という話も出ているという。

 原子力規制委員会は、もんじゅの燃料が今も炉内にあることが廃炉作業における「最大のリスク」と指摘。原子力機構に対し可能な限り早期の取り出しを求め、燃料取り出しに時間を要する理由や具体的工程を示すよう求めている。

 原子力機構によると、取り出し期間を短縮するため、全てを模擬燃料に置き換えずに燃料を取り出すなど、新規調達をしなくて済む方法についても検討しているというが、安全面などで規制委の了承が得られるかは不明だ。

 もんじゅをめぐっては、政府が昨年12月に廃炉を正式決定。5年半で使用済み燃料を取り出し、平成59年に解体を終える大まかな工程を示した上で、今年4月に基本的な計画を策定する方針だ」

 

3、記事の杜撰さの指摘

<「もんじゅ」の状況>

 この記事の内容に触れる前に、原子力発電所の安全確保の考え方と、今の「もんじゅ」の状況について知っておく必要がある。

 原子力発電所の安全確保は深層防護の思想に基づき、最終的には公衆被曝の防止を確保することである。そのために、止める、冷やす、閉じ込めるという機能を確保するのである。今の「もんじゅ」の状況は、原子炉は止まっており、長期間運転していないので、炉心に装荷されている燃料集合体は新しい燃料集合体と同じで、崩壊熱もなく冷やす必要もないのである。燃料集合体が発熱していないために冷却材であるナトリウムが凍結しないように、逆に、ポンプ(入熱)で温めている状況である。原子炉は止まっていて放射線、放射性物質も出さない状態なので、今の「もんじゅ」の状態は閉じ込める機能も必要ないのである。即ち、「もんじゅ」の現状は、公衆被曝に繋がる危険性は実質的には0なのである。

<記事の杜撰さの指摘①>

「もんじゅの燃料は互いに支え合うような形で原子炉容器に入っており、燃料を抜く際は、燃料と同じ形の金属製の模擬燃料を代わりに入れる必要がある。異常事態にも燃料が取り出せない状況を放置していたことになり、日本原子力研究開発機構のずさんな体質に改めて批判が集まりそうだ。」

「もんじゅ」の燃料(集合体)は、1体毎に炉心支持構造物(炉心支持板)に支持されており、「互いに支え合うような形で原子炉容器に入っている」との表現は誤解を生む表現である。

「もんじゅ」の炉心は、炉心燃料集合体(MOX燃料)、ブランケット燃料集合体(劣化ウラン燃料)、制御棒集合体、中性子遮蔽体等(これらを総称して炉心構成要素と呼んでいる)で構成され、炉心支持構造物である炉心槽の中に714体の炉心構成要素が炉心支持板で支持されて自立している。地震によって炉心構成要素が大きく変形して制御棒の挿入性を阻害しないように、炉心支持板だけではなく炉心槽で水平方向を支持している。しかし、原子炉は止まっており、制御棒は挿入されているので、今の「もんじゅ」の状態では炉心槽で過大な変形を抑制する必要はなく、炉心構成要素が支え合うことも不要なのである。従って、燃料集合体を抜く際は、燃料集合体と同じ形の金属製の模擬燃料集合体を代わりに入れるのは安全上の観点からは必要がないのである。

ただし、廃炉に向けた燃料集合体取出し作業として、必要な期間の運転後に行われる通常の燃料交換作業と同様な手順、方法で行うこと、即ち、同じ外形状、寸法の模擬燃料集合体と交換することは、作業の確実性という意味では有意義な方法ではある。

また、記事には、「異常事態にも燃料が取り出せない状況を放置していたことになり」とあるが、この異常事態とは何を指しているのかがまったくの不明である。燃料被覆管の破損などがあれば、新しい燃料集合体と交換すれば良いのである。

原子力規制委員会(NRA)も誤解しているが、原子炉容器(バックアップとしてガードベッセルも設置されている)、炉心支持構造物という最も信頼性の高い機器で支持された状態が炉心燃料集合体にとって最も安全な状態なのであり、模擬燃料集合体と交換するような具体的な異常事態など現実的にはないのである。ましてや、ブランケット燃料集合体を模擬ブランケット集合体と交換する必要性は実質的には0なのである。

万一、新規制基準(適合性審査)でこのような異常状態の想定が新たに必要と判断された場合には、耐震補強工事と同様、運転前までに模擬燃料集合体、模擬ブランケット集合体を準備しておけば良かっただけの話である。

従って、「燃料が取り出せない状況を放置していたことになり」という記事は間違いであり、「日本原子力研究開発機構のずさんな体質に改めて批判が集まりそうだ」は、ずさんな体質という間違った記事を書いたことによって批判も間違ったものになる。

<記事の杜撰さの指摘②>

「もんじゅ」(福井県敦賀市)の燃料取り出し作業に不可欠な模擬燃料が、少なくとも170体以上不足していることが26日、分かった。

原子炉容器には現在、198体のプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料と、172体の劣化ウラン燃料の計370体の燃料が入っているが、原子力機構によると模擬燃料は約200体しかないという。

この記事に間違いはないが、そもそも、模擬燃料(集合体)が約200体しかない理由、170体以上が不足している理由をきちんと取材すべきであった。

「もんじゅ」の建設時に、据付が終わった原子炉容器、炉心支持構造物(炉心支持板、炉心槽)の中に714体の炉心構成要素を装荷していくことになるが、約200体の炉心燃料集合体を装荷する前に、使用前検査を受検して合格しておく必要があった。

このため、まず、中性子遮蔽体、制御棒集合体、ブランケット燃料集合体(劣化ウランなので安全上は装荷しても問題が無い)と、炉心燃料集合体の代わりの模擬燃料集合体で、空気雰囲気の中、人的作業で714体の模擬炉心を構成したのである。この後、原子炉容器上部構造を据付、この模擬炉心状態で原子炉容器内を真空に引き、アルゴンガスを注入し、高温(200℃)アルゴンガス中での試験、その後ナトリウムを注入して、ナトリウム中試験を実施している。必要な試験を行った後、使用前検査を受検し、合格したことで、臨界近接、その後の出力上昇試験のために模擬燃料集合体と炉心燃料集合体の交換作業を行ったのである。

模擬燃料集合体は炉心燃料集合体と交換し、炉外に取り出した時点でその使命は終わっているのである。なお、模擬燃料集合体の設計、製作上の条件として取出し後の再使用は最初から考慮されていないものである。

ブランケット燃料集合体は前述の通り、劣化ウランの燃料であり、運転する前は安全上の問題がない燃料なので、最初から原子炉容器内に装荷できるものであり、このため模擬ブランケット集合体分の約170体は製作していないのである。約200体しかないのではなく、約200体しか必要なかったのである。

今回急に廃炉ということにならなければ、模擬ブランケット集合体は、30年以上は不要であり、予算を制限されている「もんじゅ」で、そんな不急なものを作って持っておく方がおかしいのである。

<記事の杜撰さの指摘③>

原子力規制委員会は、もんじゅの燃料が今も炉内にあることが廃炉作業における「最大のリスク」と指摘

 この記事も間違いではなく、NRA田中委員長は記者会見でこのような指摘をしている。しかし、この指摘は、田中委員長の見識を疑うような指摘であって、この指摘が正しいのかをきちんと取材すべきであった。

 原子炉が止まっている状態の原子炉容器内に、崩壊熱のない燃料集合体が入っている状態でのリスクとは具体的に何を指しているのかの説明は一切ないのである。この原子炉が止まっている状態でのリスクを問題にするのであれば、これより遥かに大きいことになる運転している原子炉のリスクはどういうことになるのか、許容できるのかということになってしまう。

 こういう指摘をNRA委員長という立場でするのであれば、リスクを具体的に指摘しなければならない。根拠がないのであれば、反原発派の主張と同じであり、見識を疑われても仕方がないのである。

 そもそも、1995年の2次系ナトリウム漏洩以降、20年以上、ほとんど止まっていた「もんじゅ」であり、今もその状態が続いているだけである。それにも係らず、廃炉が決定しただけで、あわてて燃料集合体を取出す必要性はそもそもないのである。それを急がせるNRA(田中委員長)の意図がどこにあるのかも、明確に説明してもらう必要があり、このことこそ取材すべきことである。

<記事の杜撰さの指摘④>

全てを模擬燃料に置き換えずに燃料を取り出すなど、新規調達をしなくて済む方法についても検討しているというが、安全面などで規制委の了承が得られるかは不明だ。

 この文章は、記事の前半の内容と不整合であり、産経新聞の記者が、十分な取材を行って内容を理解してから書いているのではないことが分かる。

 「もんじゅの燃料は互いに支え合うような形で原子炉容器に入っており、燃料を抜く際は、燃料と同じ形の金属製の模擬燃料を代わりに入れる必要がある」と書いたならば、置き換えずに燃料を取り出すことを検討していることに対しては非難する記事にすべきであり(ただし、科学的には間違い記事になるが)「安全面などで規制委の了承が得られるかは不明だ」とNRAの判断待ちにしているのはおかしいことになる。NRAがこの方法を認めたら、「燃料と同じ形の金属製の模擬燃料を代わりに入れる必要がある」と書いたことは間違いということになるのである。

 「もんじゅ」廃炉との決定に至ったNRAの勧告もこれまで指摘してきた(注2)ように間違いだらけである。③で指摘したことも含め、「もんじゅ」の安全面についてNRAがまともな判断ができる知見を有しているかが疑問であり、NRAの了承も、科学的意味での安全の観点からは意味がないのである。これらの背景もきちんと取材すべきであった。

 

(注2)

私の意見「原子力規制委員会と『もんじゅ』」2015.12.8

私の意見「原子力規制委員会と『もんじゅ』(その2)」2015.12.15

私の意見「『もんじゅ』の廃炉問題(その3)」2016.10.17

私の意見「『もんじゅ』の廃止処置」2017.2.9

 

4、まとめ

 原子力報道では読売新聞と同様、客観的な記事が多い産経新聞であるが、3月27日に配信した「もんじゅ廃炉に障害、模擬燃料170体不足 ずさん管理」は産経新聞の記事とは思えないほど、日本原子力開発機構(JAEA)を貶めるために印象操作を行ったと疑われる内容であった。これは、記者がきちんとした取材をしたのではなく、杜撰な取材によって、記者の思い込みで記事にしてしまったためであろう。

 「もんじゅ」の廃炉が正式に決まったのは2016年の12月21日であって、JAEA職員は、それまで「もんじゅ」の再稼働に向けて対応をしてきたのである。廃炉に向けた準備は始まったばかりであり、限られた予算の中で行おうとすれば、色々な課題が出るのは当然のことである。

 NRAは何故か燃料取出しを急がせているが、原子炉は止まっており、崩壊熱もない燃料集合体が信頼性の最も高い原子炉容器、炉心支持構造物に支持されて原子炉容器内にある状態は安全な状態であって、あわてて取り出さなければリスクなどないのである。

 新聞記者が取材するのであれば、NRAの言うことを鵜呑みにすることなく、多くの関係者、専門家に取材をして真実の報道に繋がる取材をしてもらいたいものである。

 

以上