安全対策により心配ないレベルまで安全は向上した

~マスコミは報道せず国民はこのことを知らされていない~

 2017.8.10
チームE 大野 崇

 

東電福島第一原子力発電所事故(以下、福島事故という)以降、原子力関係者は、事故原因を究明し、自然災害への備えや過酷事故への進展と拡大を防止する対策を強化し、欧米で実施されている原子力テロ対策を新たに追加する、など安全確保への懸命の努力を続けてきている。ところがその内容は一般国民にはほとんど伝わっていないばかりか本当に安全は向上したのかと懐疑的な目で見られている。

この理由は、マスコミが事実を報道しないことに大きい責任があるが、新規制により安全が向上したことを住民目線で分かりやすく説明してこなかった原子力規制委員会側にも問題がある。

  本稿では、安全対策により安全は心配のないレベルまで向上していることを述べ国民の理解を得る一助としたい。

 

1.福島事故 (1)(2)(3)(4)

  福島事故の直接的原因は津波である。地震により原子炉は自動停止し、非常用の電源が立ち上がり原子炉の冷却は正常に行われていた。1時間後に津波が襲い、原子炉建屋の電気室に浸水するなどして非常用の電源および蓄電池がすべて使えなくなった。この結果、原子炉の冷却操作ができなくなって炉心が溶融に至ったものである。

  原子炉に水を注入できなくなると燃料は露出して高温となる。燃料を覆うジルコニウムという金属でできているさや(被覆管)は水や水蒸気と反応して酸化被膜を形成して脆くなる。冷却水が注入されると、酸化皮膜が収縮して破れ、 燃料棒がバラバラに分断し、炉心は崩落する。この分断片がデブリである。デ ブリの破断面には高温の ジルコニウムが露出するので、水蒸気と激しく反応して大量の水素が発生するとともに反応熱で燃料は溶融する。

  1979年に米国のスリーマイル島の原子力発電所で起きた炉心溶融事故では、反応が収束した後も崩壊熱で溶融し、周りの構造材と共に2000℃~2200℃の溶融合金を作り、この一部が水平方向に押されて流れ、原子炉容器の下部に落下したとされている。

福島事故において原子炉容器から格納容器への移行メカニズムは未明であるが、格納容器内は高温高圧の状態となり、気密が保持ができなくなった。水素が外側の原子炉建屋へ漏えいしそこで酸素と出会って1,3号機において水素爆発を引き起こした。2号機も同じ運命をたどるはずが、原子炉建屋の窓が開いていたため水素爆発を免れた。また、4号機も水素爆発をしたが、3号機の高濃度の水素が共通配管から逆流して爆発したもので4号機自らの水素発生による爆発ではない。

炉心溶融を起こした1,2,3号機では放射性物質も環境へ放出されたが2号機からのものが一番大きい。2号機は格納容器からのガス抜きを行うベント操作に失敗して溶融炉心の放射能(放射性物質)が格納容器、原子炉建屋を経て開いていた窓から直接環境に放出された。その時の風向きと降水の影響で北西部地域の汚染をもたらした。1,3号機は一部ベントが成功し格納容器損傷は免れ、また、ベントは水を通して行うので放射性物質が濾しとられ、放出量は2号機に比べ大きいものとはならなかった。

 

2.新規制基準  (6)(7)

上記福島事故の反省に立ち、原子力規制委員会は規制を強化し新規制基準を制定しこれを順守することを再稼働の条件とした。強化項目は以下である。

(1)今回は津波という一つの要因で安全機能の全てが喪失した。このため、同じように一つの要因で事故をもたらすものとして、竜巻、森林火災、火山噴火の自然災害や内部での火災や溢水への対策強化を要求した。また、津波に対しては防潮堤や浸水防止扉を要求し、地震に対してはより強い地震にも耐えうるように耐震設計の強化を要求した。

(2)今回は炉心が溶融し格納容器の閉じ込め機能が喪失するという過酷事故が起こり環境汚染をもたらした。従来は、過酷事故は電力会社の自主規制としていたがそれを国の規制対象とし、過酷事故への進展と拡大を防止するための炉心溶融防止対策、格納容器損傷防止対策を要求した。また、米国で起きた9.11テロへの対策として意図的な航空機墜落対策を新たに要求した。

(3)国会・政府事故調査委員会等で、「事故は起こらないとする安全神話」が安全への取り組みを躊躇する企業体質を産み、「過酷事故のマニュアル・訓練」などへのソフト面への取組みの遅れを産んだことが指摘された。これを受け、上記ハード対策以外に、「安全第一とする企業風土の醸成」、「過酷事故対策マニュアル・体制強化」への取り組みを要求した。

川内発電所における具体的安全対策を参考文献(7)に示す。
 

3.安全性は向上したか

原子力規制員会は、新たな規制基準は世界最高水準のものであるとしてその内容は説明するが、住民が知りたい安全が具体的にどの程度向上したかの説明を怠っている。では、安全対策を施した結果、安全は具体的にどの程度向上したのだろうか。事故の発生頻度、放射性物質の放出量、プラントの事故時耐性について安全性は確かに向上していることを示す。

 

3-1 事故の発生頻度 (8)(9)(10)

航空機の墜落事故報道はよく耳にし、交通事故は日常茶飯事である。それでも人は飛行機に乗るし車を運転する。それはリスクもあるが恩恵もあり恩恵の方を選んでいるからである。世の中はすべからくリスクと恩恵のバランスで成り立っており、原子力もその例に漏れない。放射線というリスクを有するが安価で安定した電力を産むからこそ原子力を利用してきた。しかし一旦事故を起こすとその社会的影響は大きい。そのため、原子力に対しては、他の疾病や事故等などによる社会的死亡リスクより小さいリスクが求められる。

それが一年あたりの個人の死亡率で、疾病や交通事故より十分小さい死亡率が原子力に求められる。疾病や交通事故など他の全死因による個人の死亡率は7.7×10-3/年(1年間に10万人当たり770人が死亡)(8)で原子力は10-6/年(他の死因によるリスクの約1万分の1)を目標とする。これを安全目標という。

年間あたりの事故の発生頻度に置き換えると、炉心溶融事故の発生頻度は1基の原子炉あたり10-4/炉年(1万年に1回)以下、格納容器の損傷事故の発生頻度は1基の原子炉あたり10-5/炉年(10万年に1回)以下を安全目標は要求する。(9)

では、今回実施した安全対策の発生頻度への寄与はどの程度であろうか。原子力規制委員会はその数値をまだ示していないが、福島事故以前に、電気事業者がアクシデントマネジメント対策の有効性を評価し、当時の規制当局に提出したものがある(10)。これは、新規制基準と同じ過酷事故の発生及び拡大防止策を施した場合にその有効性を評価したものであ。

 それによると川内発電所の場合、内的事象による炉心溶融の発生頻度は約6割、格納容器の損傷頻度は約7割低減されている。すなわち原子力による死亡率は従来より半分以下となっている。(炉心溶融:対策前8.1×10-7/炉年、対策後3.2×10-7/炉年(約6割低減)、格納容器損傷:対策前9.8×10-8/炉年、対策後3.1×10-8/炉年(約7割低減)

 

3-2 放射性物質の放出量 (11)(12)

 イギリスにおいては、上記の個人の死亡率以外に社会的リスクとして放射線の被ばくにより即発或いは癌による死亡に至る人の数が100名を超える事故の発生頻度を10-5/年(10万年に1回)以下とすることを安全目標においている。この時の放出量をCs-137(セシウム137)で200TBq(テラベクレル)と定めている。(11)我が国においても福島事故以降「事故時のCs-137の放出量が100TBqを超えるような事故の発生頻度は、100万年に1回程度を超えないように速成されるべきである」ことを安全目標(9)として定めた。100TBq*とは福島事故でのセシウム137の総放出量の100分の1で周辺住民の避難を必要としないレベルである。

過酷事故が発生した時に格納容器が損傷すると100TBqを超える大量の放射性物質が放出されるので、新規制基準ではこの安全目標を守るため、福島第一原子力発電所と同じタイプのBWR(沸騰水型原子炉)に対し、放射性物質を濾しとる性能の高いフィルターベントを設け格納容器の損傷を防止しつつ放射性物質の放出量を抑制する対策を要求している。(12) また、PWR(加圧水型原子炉)に対しては、過酷事故時に代替冷却設備により格納容器を冷やし温度・圧力の上昇を抑制することを要求している。

では、この安全対策により放出量はどの程度となるかというと、川内原子力発電所では、新規制基準への適合審査でこの安全対策の有効性を評価している。その結果、100TBqに対し5.6TBqとなることから再稼働が認められている。(13)*:100TBq(テラベクレル)は100兆ベクレルのことで1秒間に100兆個のセシウム原子が崩壊して放射線を放出することを意味する。一見ものすごい数に見えるが1グラムのCs-137には約1兆の50億倍の原子が存在するからグラムでいうと1秒間に5千万分の1グラムが崩壊するに過ぎない。

 

3-3 プラントの事故時耐性 (14)

  福島事故を受け、欧州各国及びIAEA(国際原子力機関)は既存の原子力発電所の安全性を再確認するために総合安全評価を取り入れた。福島事故が、設計を超える地震と津波により原子炉の冷却に必要なすべての電源が失われ、それにより炉心の溶融が起こったことを教訓に、従来の安全基準で定められていた以上の事象が起こった場合に、それが過酷事故にまで繋がるものかどうかを検証することを目的に行うものである。

  例えば、地震の場合で言えば、設計上の耐震強度が600ガルだった場合、900ガル、1000ガルなどの耐震強度以上の揺れを受けた場合に、何が損傷し、どの機能が失われ、そしてそれが最終的に福島第一原発で起こったようなシビアアクシデントに繋がるかどうかを予測する。

  我が国においても、当時の原子力安全・保安院が福島事故の教訓反映事項として緊急安全対策30項目について改善を命じ、再稼働するときの条件としてこの総合安全評価(ストレステスト)の実施を義務付けた。電気事業者はこの評価結果を公開しており川内発電所1号機を例に、緊急安全対策により安全余裕がどの程度向上したかを見てみる。(14)

 

地震

炉心冷却:
地震により崩壊熱を除去する手段を失うと炉心は冷却できなくなり過酷事故となる。地震に一番弱い機器が非常用所内電源の高圧遮断器で、当初設計上の耐震強度は540ガルであるが余裕があるので907ガル迄耐える。907ガルを超えると電源が失われ炉心の冷却ができなくなるので、緊急安全対策は可搬型高圧発電機車から低圧遮断器を介して非常用所内電源へのつなぎ込みを要求する。結果1004ガル迄電源供給が可能となる。炉心冷却の地震に対する耐性は10%向上する。

  使用済燃料ピット冷却:

 使用済燃料ピットへの注水ができなくなると燃料が露出して放射性物質が環境へ放出される。地震に一番弱い機器が非常用所内電源の高圧遮断器で、当初設計上の耐震強度は540ガルであるが余裕があるので907ガル迄耐える。907ガルを超えると注水ができなくなるので、緊急安全対策は仮設ポンプによる淡水池・海等からの注水を要求する。結果、使用済燃料ピット自身が1080ガルで損傷するまで注水が可能となる。使用済燃料ピット冷却の地震に対する耐性は20%向上する。

 

津波

炉心冷却:
津波により崩壊熱を除去する手段を失うと炉心は冷却できなくなり過酷事故となる。津波に一番弱い機器が海水ポンプで、当初設計上の津波高さは3.7mであるが余裕があるので6.13m迄被水に耐える。6.13mを超えると海水ポンプは被水し崩壊熱を海へ放出できなくなるので緊急安全対策はタービン駆動補助給水ポンプによる崩壊熱の除去を要求する。結果15.0mでタービン駆動補助給水ポンプが被水するまで炉心冷却が可能となり、津波に対する耐性は240%向上する。

  使用済燃料ピット冷却:

 燃料取換用水ポンプが津波で被水する迄使用済燃料ピットへの注水が可能となる。当初設計は3.7mであるが余裕があるので13.3m迄耐える。13.3mを超えると被水して注水ができなくなるので、緊急安全対策は仮設ポンプによる淡水池・海等からの注水を要求する。結果、27.0mで仮設ポンプ資機材保管庫が被水し仮設ポンプが使えなくなるまで注水が可能となる。使用済燃料ピット冷却の津波に対する耐性は200%向上する。

全交流電源喪失:

全交流電喪失時は炉心冷却及び使用済み燃料の冷却ができなくなる。緊急安全対策は可搬型の高圧発電機車による代替電源と仮設ポンプによる淡水池・海水等からの代替注水を要求する。結果、可搬型の高圧発電機車の燃料油が枯渇する迄の104日間は発電所単独で電源確保が可能となる。従前は約5時間で蓄電池が枯渇して全電源が失われるので電源喪失までの時間余裕は500倍向上する。水源については、仮設ポンプの燃料油が枯渇するまでの939日間は淡水池・海水からの注水が可能となる。従前は約1.8日で2次系純粋タンクが枯渇するので水源枯渇までの時間余裕は520倍向上する。

  最終ヒートシンク喪失:

 炉心及び使用済燃料ピットの燃料の崩壊熱は最終的に海に放出される。最終ヒートシンク手段が喪失すると崩壊熱が除去できなくなるので、緊急安全対策は、炉心については蒸気発生器による崩壊熱除去を要求する。また、蒸気発生器及び使用済燃料ピットへの注水については仮設ポンプによる淡水池・海水等からの注水を要求する。結果、仮設ポンプの燃料油が枯渇するまでの939日間は水源が確保され崩壊熱の除去が可能となる。従前は約1.8日で2次系純粋タンクが枯渇するので水源枯渇までの時間余裕は520倍向上する。

以上

 【参考文献】

(1)“福島原子力事故調査報告書(中間報告)” 東京電力、2011.12.2

(2)“東京電力福島第一原子力発電所事故の分析 中間報告書”、原子力規制委員会、平 26.10.8

(3)“考証 福島原子力事故 炉心溶融・水素爆発はどう起こったか”、石川迪夫、 2014.3.28、日本電気協会新聞部

(4)“福島第一原子力発電所事故の考証 (1)炉心溶融と放射能大量放出はどのようにお こったか”、石川迪夫、機械学会第21回動力・エネルギー技術シンポジウム、2016.6.16

(5)“福島第一原子力発電所事故 その全貌と明日に向けた提言 ―学会事故調最終 報告書”、日本原子力学会H26.3.11.、丸善出版

(6)“2016年02月17日更新 実用発電用原子炉及び核燃料施設等に係る規制基準について“(概要) 原子力規制委員会

 (7)“九州電力 川内原子力発電所 設置変更に関する審査結果について-概要-” 平成26年10月 原子力規制委員会

 (8)“「人口動態統計」(厚生労働省)2001年データ”

 (9)“【6】原子力規制委員会「平成25年度原子力規制委員会第2回議事録」、平成25年4月10日、原子力規制庁「安全目標に関し前回委員会(平成25年4月3日)までに議論された主な事項)」”平成25年第2回原子力規制委員会資料5、平成25年4月10日

(10)“(別紙)アクシデントマネジメント整備後確率論的安全評価報告書の概要について 平成16年3月26日 九州電力株式会社

(11)“UK Health and Safety Executive,”Safety Assessment Principles”2006“

(12)“福島第一原子力発電所事故の考証 (2)実測データに基づく耐圧ベントの除染効 果”、牧英夫・奈良林直・今枝宏紀、機械学会第21回動力・エネルギー技術シンポ ジウム、2016.6.16

(13)“川内原子力発電所1号炉及び2号炉 重大事故等対策の有効性評価成立性確認” 九州電力株式会社 平成25年8月1日   

(14)“東京電力株式会社福島第一原子力発電所における事故を踏まえた川内原子力発電所1号機の安全性に関する総合評価(一次評価)の結果について(報告)“平成23年12月 九州電力株式会社