「もんじゅ」判決文(要旨)における技術の誤解

平成15年2月2日

岩井 正三

 

この判決では、原子炉の潜在的危険性が重大だから瑕疵の明白性は必要なく設置許可は無効だと言い切っている。このことは仮に飛行機の運行差止め訴訟を起こせば、結果の重大性に鑑み明白な瑕疵の存在を主張することなく、人間の英知を無視して危険とされてしまうことになるまいか。

原子炉も同様、人間の英知で核反応を制御して適切にエネルギーを利用するものである。そのために多くの機器設備とシステムで構成されている。そして、多重防御の考えに立ってそれら機器の事故・故障を防ぎ、それが壊れたときには更にシステムとしての防御が働き、最終的には公衆が放射線から守られていることを問うものが安全審査であり、妥当性は総てのプロセスを含むものでなければならない。然るに、この判決では、ある機器が壊れると途中を抜きにして最終的に炉心崩壊に至る可能性があるからこの機器の安全性が絶対的に大切だという論理は上記の本質的原理を無視するものである。2次系機器の破損が炉心崩壊に至るから危険だというような定量的な工学的因果関係を無視した論理はその例である。

 

次の3点について、判決文要旨における技術の誤解を指摘する。

 

1.2次冷却材漏えい事故

  本ホームページの「“もんじゅ”訴訟判決(2審)文を読んで」で明らかにされているように、「変更許可申請」がなされていると明言しており、これに触れずに審査の不備を云々することは許されないことである。問題は総て対処済みのようであるからだ。
 「設置許可申請段階における安全審査とは基本設計の安全性に関わる事項を審査の対象とするものと解する」と判決の中で述べながら、安全審査の中で審査すべき安全性とは何かをはっきり把握しているようには見えない。極論すれば、ライナーが破れたり、蒸気発生器の伝熱管が破損したり、更には炉心が壊れても、公衆の被曝がなければ問題ないし、仮に被曝があった場合には被曝量が許容基準値以下に収まっているという判定があれば十分と考える。しかるに本判決ではライナー破損や伝熱管破損を直ちに炉心損傷の可能性ありとするような論理の飛躍を平気で行っている。そしてその時の公衆被曝量に何ら言及することなくこうした事象の重大性のみを強調しているようだ。
 2次冷却材の漏えい事故が次々と発展して「2次主冷却系の全冷却能力の喪失につながり、それによって1次主冷却系も冷却能力を失って炉心溶融が発生し、出力が暴走し、放射性物質が外部環境に放散することを高度の確率を以って覚悟」とは一体どういう技術的、科学的根拠を以って云えるのか。これは特別のグループが用いる 脅かしのストーリーそのものではないのか? さらに、どこか一つのループでナトリウムーコンク リート反応が生じても系統分離が維持されるという主張を国側がしていないと判決文の中で指摘しているが、「維持されないのか」と問うて指摘するのが公平というもではあるまいか。しかしそれはそれとしても出力暴走というのはとんでもない飛躍である。

 

2.蒸気発生器伝熱管破損事故

   蒸気発生器の伝熱管破損事故でその影響が逐次炉心に及んで炉心が出力暴走を起こす可能性があるという、上述したのと同様な全く根拠のない主張がみられる。これも一体どういう根拠でこういうことになるのだろうか。また設置許可申請当時知見の殆どなかった高温ラプチャーについては1.同様「変更許可申請」で取り扱われているようである

   蒸気発生器伝熱管破損事故に単一故障を仮定してないという厳しい文章での指摘があるが、蒸気発生器は単一故障適用機器ではないと考えられる。単一故障基準は「炉心を止める」、「炉心を冷やす」、「放射能を閉じこめる」の安全上の基本機能に関わる機器に適用するものであって、蒸気発生器はそうした機器には該当しないからである。

 

3.炉心崩壊事故

   炉心崩壊事故とは、事故により発生頻度が小さいが結果が重大であると想定される事象について高速増殖炉の運転実績が僅少であることに鑑みて評価を行い、放射性物質の放散が防止されていることを確認するものである。ところが裁判官はそれに対して、研究段階で実績が少ないが故に空想の出来事でなく現実に起こりうる事象として評価されるべきと先ず土俵を恣意的に変えてしまっている。今まで多くの内外の研究者が実施してきた発生頻度に対する評価を(恐らく一瞥だにせず)一言のもとに無視している。炉心崩壊事故は複雑な現象で高度な解析が必要なことは裁判官も認めているが、計算コードのパラメータサーベイで出てきた仮想炉心崩壊事故の放出エネルギー992MJを炉型やシステムの違う外国の例からみてこちらの方が妥当であると一方的に主張し、380MJを用いたのは正当ではないと指摘しているは何たることであろうか。しかも最新の設置申請者の評価では110MJであるとする報告は安全審査の正当性を補強するものではないとして、ライナー腐食や蒸気発生器伝熱管破損における最近の知見の反映不足を糾弾する一方で放出エネルギーの最新の成果を認めていないというダブルスタンダードがみられる。

 

 かくの如く裁判官は審査当局や顧問会の委員に代わって独断的な判断を下している。しかもその過程でいわゆる現代社会の基本となっている確率論的な考え方、現象の伝搬という基本的な工学事象を無視して飛躍した結論を導いている。更に単一故障に関する適用法についても大きな誤解をしている。

 

以上

本稿はメーカーOBの小討議の内容を集約し岩井正三が代表して意見するものである。